第3話 歯車は回りだす
夕日が差し込む空き教室。室内は熱が籠り、じわっと汗ばむくらい暑い。
制服のポケットからスマホを取り出し、日差しの眩しさに目を細めながら時刻を確認する。
「ここで合ってるよな?」
一旦、空き教室から出て周囲を確認する。
「C棟三階、西階段
しかし依然として人の気配は全くしない。
再度空き教室に入り、現状について考察する。
手紙に書かれた時刻と場所に誰も来ないこの状況・・・もしかして。
「新手のいじめか?」
ふとそんな考えが過ぎったが、さすがにそれはないだろうと改める。
今俺がいるのは、昇降口から最も遠く、人の出入りもかなり少ないC棟だ。
誰かに恨みを買ってるならまだしも、存在感が校内トップクラスに薄いこの俺だぞ?
わざわざこんな場所に呼び出す意味がわからない。
「それにこんな面白くもなんともないモブ人間」
いじめる価値もない。
「・・・帰るか」
いつもの自嘲癖が出てしまい、暗い気分になってしまった。
一刻も早く外の空気を吸いたくなり、空き教室の扉に手をかけようとした、その時――。
「遅くなってすみません!!」
ものすごい勢いで扉が開き、脳が揺れるほどの大声と風圧が身体にぶつかる。
「うわっ! びっくりした!! 何でこんな扉の近くにいるんですか!?」
目の前に現れた小柄なメガネ女子はまた大声で何か言っている。
「ごめん。ちょっと待って。耳鳴りが」
「え? 何です? あ、もしかして遅れたこと怒ってますか!?」
「いや、違くて。耳鳴りで聞こえ――」
「本当にすみません!! 今日、日直当番だったことすっかり忘れてて、思ったより時間がかかってしまい!!」
「だからそうじゃ――」
「誠に申し訳ございませんでした!! 重ねて謝罪申し上げますっ!!!」
一瞬で視界から彼女の姿が消え、土下座のような形を取る。
「ちょっ、何してんだよ!」
名も知らない女子に土下座されているこの状況。
万が一、誰かに見られでもしたらどうなるか・・・。
想像するだけで背筋が凍る。
「もうわかったから! 頼むから頭上げてくれ!」
しかしそんな願いは虚しく、その後もメガネ女子は脳を揺らす大声で謝罪をし続けた――。
どうにもならないと諦めて謝罪させ続けること数分。ようやく謝罪に満足したのか、彼女は冷静な表情をこちらに向けてくれた。
「あの、本当に――」
「だ、大丈夫っ! もう大丈夫だから!」
慌てて言葉を遮り、暴れ牛を宥めるように優しく言葉をかける。
未だ遠くでキーンという耳鳴りを感じながら、一先ず確認しておきたい。
「この手紙の差出人は君で合ってる?」
朝、下駄箱に入っていた例の手紙をメガネ女子に見せる。
「ハイっ! 私がセンパイに宛てたお手紙です!」
まだ少し音量がでかい。
彼女から一歩半距離を取る。
「? どうかしましたか?」
「だ、大丈夫! ちょっと日差しが眩しくて」
テキトーな言い訳で彼女との距離を保ちながら、本題に切り込む。
「それで、俺の秘密を知ってるって?」
その瞬間、彼女の表情が明らかに変わった。
「ふっふっふ。そうなんです。実は私、見てしまったんですよ」
「な、何を?」
「それは・・・」
メガネをキラリと光らせ、どこか不気味な笑みを浮かべる。
一体、彼女は俺のどんな秘密を知っているんだ?
ゴクリと唾を飲み込んで彼女の次の言葉をじっと待つ。
「ズバリ! センパイが屋上に無断で入っているところを、です!!」
「・・・へ?」
「とぼけても無駄です! 私はこの目でしっかりと見ました! 屋上にいるセンパイの姿を!」
あの日の風景が脳内に映し出される。
「あ、ああ・・・あれか」
「どうしました? 驚きを通り越して言葉も出ませんか?」
「まあ・・・ある意味では」
どっと体から力が抜けていく。
まさか中学時代の黒歴史を知られているのではないかと、内心かなり不安でいっぱいだった。
本当に嫌な汗をかいたが、これで少しは落ち着ける。
そう、ほんの少しだけ。
「センパイも知ってますよね? 屋上の出入りは禁止されていること」
彼女の言う通り、我が校は原則屋上に立ち入ってはいけない。
その昔、『禁断の恋をした女子生徒が周囲から心無い言葉を浴びせられて飛び降り自殺を図った』ことが原因で屋上が封鎖されたらしい。
まあ、よくある学校の都市伝説的な話で、その真偽は不明だ。
とにかく、常に鍵がかかっている屋上に無断で入ったら一発アウト。
最低でも一週間の停学処分になる。
「どうしよっかなー。まずは生徒指導の奥村先生に言っちゃおうかなー」
ニヤニヤと含みのある笑み。明らかに何かを企んでいる顔だ。
どんな無茶なことを言われるかわからないが、一応これでも大学進学を目指している身ではある。非常に気乗りしないが、一先ず逆らわないのが賢明な選択だろう。
「何を企んでるのか知らないけど、金なら無いからな」
「いやいや。こんなか弱い女子がカツアゲとかするわけないじゃないですか」
可笑しそうにケラケラと笑って首を振る。
「別に変なこと言ったつもりはないんだけど」
弱みを握って金を要求してくる女性は一定数いる。この考え方は間違っていないはずだ。
現にニュースでそういった事件の報道を目にしたことがある。
「そういうのはお金を持ってるか、社会的地位がある人にするのであって、センパイみたいな人には誰もしませんて」
えっ、俺は今何を言われたんだ?
音もなく現れたディスの刃が胸に突き刺さる。
あまりに突然の発言に全く反応できなかった。
「やっぱりセンパイは面白い人ですね!」
言葉を失って唖然としている俺に向かって、メガネ女子は笑い涙を拭いながらワケのわからないことを言ってくる。
この女子は一体何者なんだ? どんな企みを抱いているんだ?
謎はどんどん深まるばかりで、話の行き着く先は一向に見えてこない。
「結局君の目的は――」
その瞬間、彼女の表情が一気に変わる。
続けて、彼女は空気を一変させる一言を放った。
「センパイ、消えたラブレターって知ってます?」
夕日が沈み、薄暗くなった空き教室に不穏な空気が漂い始めた。
青い春には赤い棘がある。 早坂かんた @KNT30
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