第2話『夏の扉』をデスメタル調で歌って」

あゝ甲子園

第二話


「なあ、兄ちゃん!聞いてるん?今年もやるで、アレ!」

甲子園球場へ向かう道すがら、あたしは兄の腕をぶんぶん揺らした。じりじりとアスファルトを焼く太陽が、やけに眩しい。


「アレってなんや。熱闘甲子園ごっこか?」

「ちゃうわ!第二回!甲子園のど自慢大会や!」

あたしが胸を張ると、兄は心底うんざりした顔でため息をついた。


「お前、去年落ちたやないか。松田聖子の『夏の扉』をデスメタル調で歌って」

「あれは時代が追いついてへんかっただけ!フレッシュ!フレッシュ!フレッシュ!ってシャウトするんが新しいねん!」

「審査員のお爺ちゃん、腰抜かしてたぞ」

「とにかく!今年は違うねん。秘策があるんやから!」


そうこう言ううちに、球場の特設会場に到着した。熱気と喧騒が渦巻いている。

あたしはエントリーナンバー「38番」のゼッケンを胸につけ、深呼吸した。


「はい、次の方どうぞ!」

司会者の声に、あたしは元気よくステージへ駆け上がった。


「38番、山田花子です!歌います!沢田研二さんで、『勝手にしやがれ』!お願いします!」


どよめきと、かすかな笑いが客席から漏れる。

司会者がマイクで口元を隠しながら言った。

「あ、去年のヘビメタ聖子ちゃんやないか(笑)。今年はジュリー?また渋いとこをいくね」

「はい!大人の魅力で勝負します!」


イントロが流れる。

あたしはマイクスタンドを握りしめ、目を閉じた。

そして、サビ。


あたしはおもむろに学帽を取り出し、斜めに被った。

「♪アアア~~~アアア~~~アアア~~~」

歌いながら、ステージの隅に置いていたパイプ椅子に足をかけ、ポケットから取り出したハーモニカを吹き始めた。


客席の兄が頭を抱えているのが見えた。

そう、今年の秘策は『男はつらいよ』の寅さんバージョンで歌う『勝手にしやがれ』や!

間奏では「それを言っちゃあ、おしめえよ」という名台詞もバッチリ決めた。


会場は爆笑の渦。でも、手応えはあった。

歌い終わり、寅さんよろしく帽子に手をやってお辞儀をすると、大きな拍手が湧き起こった。


結果は、カーーーーン、という間の抜けた鐘の音一つやったけど。


「……何がしたかったんや」

帰り道、すっかりしょげ返ったあたしの隣で、兄が呆れ果てて言う。

「うう……寅さんの悲哀とジュリーの退廃美が融合するはずやったのに……」

「何も融合しとらん。分離事故や」


その時だった。

「お嬢ちゃん、おもろかったで」

後ろから、人の良さそうな声がした。

振り返ると、日焼けした顔に人の好い笑みを浮かべた、がたいのいいおっちゃんが立っていた。手にはアイス最中を持っている。


「え、おっちゃんも見ててくれたん?」

あたしが馴れ馴れしく言うと、おっちゃんは「おお」と頷いた。

「わしも昔、よう無茶なサイン出しとったからな。気持ちはわかるで。はっはっは」

「やろ?あたしの挑戦、わかってくれる?」

「ああ、わかるわかる。野球も歌も、セオリー通りだけじゃつまらんからのう」


あたしがうんうんと頷いていると、大会関係者らしい人が慌てて駆け寄ってきた。

「監督!こんなところにおられたんですか!」

関係者はあたしたちを見て、にやっと笑った。


「なんやお嬢ちゃん、蔦さんを知らんのか?この大会、昨年と一昨年、二連覇しとるチャンピオンやがな」


え?

あたしと兄は顔を見合わせた。

この人の良さそうなおっちゃんが?連覇?


「え、おっちゃん、すごいやん!何歌ったん?」

あたしが目を輝かせて尋ねると、おっちゃんはアイス最中を頬張りながら豪快に笑った。

「わしは歌っとらん。審査員じゃ」


関係者が笑いをこらえながら付け加える。

「そらそうや。やまびこ打線で甲子園を沸かせた、あの池田高校の蔦監督やがな」


「「ええええええええええええっ!?」」


あたしと兄の絶叫が、夏の甲子園の空に響き渡った。

伝説の監督は「ほな、また来年な」と手をひらひらさせ、悠然と去っていった。


「……兄ちゃん」

「……なんや」

「来年、あたし……『狙いうち』歌うわ」

「もうええわ!」


あたしの心に、早くも来年の大会への熱い火が灯っていた。

蔦監督、見ててや。来年こそ、あんたを唸らせたるからな!


(了)

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