第3話曲は弾き語りでベンチャーズ、パイプラインでお願いします!
あゝ甲子園
第二話
なあ?兄ちゃん聞いてな?今年もやるんやで
熱闘甲子園!
あ?実況解説でもするんか?
違うんや、第二回甲子園のど自慢大会や。
去年落ちたやないか?
そう!ガンズのJungleでな(笑)
前回は前回や、ガンズ知らん(笑)ゆうか、な。
今回は決めるで。
夏の甲子園のど自慢大会会場予選始まり
はい、次のかた
どうぞ!
はいっ!曲は弾き語りでベンチャーズ、パイプラインでお願いします!
司会者「あ!去年も来たね?(笑)きみ。
こんどはなに?バンドいらないと?」
「はい、ええ、今日は一人で、この魂のギター一本で勝負です!」
俺は胸を張り、大事そうに抱えたアコースティックギターをポンと叩いた。
司会者はマイクを口に当てて笑いをこらえている。客席も「弾き語りでパイプライン…?」とざわついているのがわかる。
審査員席の初老の男性が、隣の女性審査員に小声で尋ねているのが見えた。
「歌詞、あったかな…?」
知るか!そんなもん!
俺の魂が歌詞なんや!
「では、準備はよろしいですか?」
「はいっ!」
俺はマイクの前に立ち、チューニングを確かめるふりをして精神を集中させた。
客席の隅っこで、兄ちゃんが呆れた顔で腕を組んでいるのが見える。見てろよ、兄ちゃん。これが俺のロックンロールや。
深く息を吸い込み、俺はピックを握りしめた。
ジャカジャーン!と、まずは威勢よくコードをかき鳴らす。
会場が、しん…と静まり返る。
次の瞬間、俺はマイクに向かって叫んだ。
「テケテケテケテケテケテケテケテケ!」
そう、口で。
口であの有名なリードギターのリフを奏でながら、ギターではマイナーコードを三つ、ひたすら繰り返す。
これが俺の編み出した新奏法、『魂(ソウル)の口(マウス)ギター』や!
「テケテケテケテケ!」
会場がどっと沸いた。いや、沸いたというか、爆笑の渦に包まれた。
司会者はついに我慢できなくなったのか、腹を抱えてうずくまっている。
審査員席のおばちゃんは、ハンカチで目元を押さえている。笑いすぎて涙が出とるんやろな。
ええぞ、ええぞ!掴みはOKや!
俺はさらにノッてきた。
「打ち寄せるぅー!波のようにぃー!」
突然、俺はオリジナルの歌詞を歌い始めた。
「俺の情熱ぅー!止まらへんのやぁー!テケテケテケテケ!」
ギターを弾き、口でリフを奏で、そして魂の歌詞を歌う。一人三役や。
もはやベンチャーズの原曲がどうとか、そんなことはどうでもええ。
これは俺の、『パイプライン』なんやから。
間奏に入ると、俺はギターを置いてブルースハープを取り出した。
去年、ガンズで落ちた反省を活かし、今年は飛び道具も用意してある。
「プァーーーッ!ピロピロピロ~~~!」
甲高いハーモニカの音が、会場に響き渡る。
もう誰にも俺を止められへん。俺は甲子園の浜風、いや、ハワイの波になったんや!
演奏を終え、ハーモニカをポケットにしまい、ギターを抱え直して深々と頭を下げた。
割れんばかりの拍手…と、大爆笑が俺を包んだ。
やりきった。俺は、すべてを出し切った。
汗を拭いながら審査員席を見ると、審査員長らしき男性が、震える手でマイクを握っていた。
「き、君…」
ゴクリと唾を飲む俺。
「君は…ベンチャーズと、ロックンロールに謝りなさい…」
会場、再び大爆笑。
そして鳴り響いたのは、合格を告げる鐘の音ではなく、去年と同じ、あの間の抜けた音だった。
カーーーーン。
「…また来年やな」
会場の出口で待っていた兄ちゃんが、缶コーヒーを差し出しながら言った。
俺はそれを受け取り、一気に呷した。
「ああ。来年は…」
俺は空を見上げた。
夏の入道雲が、まるでダイヤモンドヘッドみたいに見える。
「来年こそは、YMOのライディーンを三味線で弾き語りや」
「もうええわ!」
兄ちゃんの渾身のツッコミが、甲子園の青い空にこだました。
俺たちの夏は、まだ始まったばかりや。
(了)
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