第5話

■ 偉須火の回想


 七歳頃の亜斗璃と偉須火、森の外れで傷ついた戦士に出会う。

 戦士、木の根元で座り込んでぐったりしている。

 偉須火、亜斗璃、戦士に駆け寄る。


偉須火「ぼくが治してあげるよ(唄う)」


 戦士の戦争の記憶。

 炎の化け物に襲いかかられるようなイメージ。

 次々と焼かれていく仲間の戦士たち。

 傷ついた戦士の背後から炎の化け物が膨れ上がる。

 偉須火、炎に喰い殺されそうになる。

 偉須火、全身を炎に包まれる。

 しかしそれは、幻影。


偉須火「(叫ぶ)いやぁっ!」


 炎の化け物が跳ね返される。

 戦士、跳ね返された炎に包み込まれる。

 戦士、炎に焼かれる。悲鳴を上げて苦しむ。


戦士「熱い! 熱い! 怖い! 助けてくれ!!」


偉須火「熱い! 熱いよ! 怖い! 助けて!!」


 偉須火、戦士、実際には炎に包まれていないが、恐怖で泣き叫びながら転げ回る。


亜斗璃「偉須火!?」


 亜斗璃、偉須火を抱きしめる。


亜斗璃「だいじょぶ。痛くない、熱くない……(唄う)」


 戦士と偉須火を包んだ炎が消える。

 戦士、安らかな顔で眠る。


亜斗璃「ほら、もう、大丈夫」


 偉須火、呆然とする。

 自分の手足を見る。炎に焼かれていない。

 戦士を見る。安らかに眠っている。


偉須火「今のは……なに……?」


亜斗璃「今のって?」


偉須火「亜斗璃は見てないの?」


 亜斗璃、首をかしげる。


亜斗璃「うん」


 偉須火、愕然とする。


偉須火「ぼくは……何?」



■ 白麓山の噴火が見える丘


偉須火「あの日……。自分の中に流れ込んでくる、あの傷ついた戦士の恐怖を、俺は、受け止めることができなかった。亜斗璃が居なければ、あの戦士は、俺のせいで死んでいただろう」


ソウル「それってーのは、どんな力なんだ?」


偉須火「感情同調能力。エンパシーだ」


ソウル「他人と同調しちまうのか? ご苦労なこったな。それが、人の心を喰うってことか?」


偉須火「そうだ。だが、普通は、自己制御が出来るものらしい。母、伽那璃は、自分の意志で能力をコントロールしていたようだ」


ソウル「すげぇ母ちゃんだったんだな……。で、亜斗璃は?」


偉須火「あいつは、他人の感情を自分の中に招き入れたりしない。唄でパワーを与えるだけだ」


偉須火「俺は、人の心を喰う魔物だ。自分では力をコントロールできない。安全弁がないから、俺に依存した奴らが腑抜けになってしまう危険も、いつかの戦士のように、殺してしまう危険もある」


ソウル「だから、本当に必要とされるまで、唄わなかったのか?」


 偉須火、シニカルに笑う。


偉須火「言っただろ? 音痴だから、だよ」



■ 雪の平原


 降りかかるような月が夜空に迫っている。

 偉須火のもとに、亜斗璃が来る。


亜斗璃「偉須火……」


偉須火「おまえのことは、ソウルに頼んだ」


亜斗璃「えっ?」


偉須火「みんなが、『亜斗璃』を求め、皆が、『亜斗璃』にすがろうとする。おまえは、ここを離れたほうがいい」


亜斗璃「でも、そうしたら、偉須火はどうなるの?」


偉須火「大丈夫。俺は、人の感情を喰うバケモノだから」


亜斗璃「そんな言い方しないで……」


偉須火「この先、おまえは、どこに行ってもその力を必要とされるだろう」


亜斗璃「うん……そうかもしれないね」


偉須火「伽那璃のような莫大な力があるわけでもない、半端な俺たちは、本当の意味で、誰かを救うことなんて出来ないのかもしれない」


亜斗璃「お母様は特別だもの」


偉須火「だが、伽那璃を知るこの里の老人はどうだ? おまえの中に伽那璃を見、伽那璃を望んでいる。多分、どこに行っても、伝説のうたうたいはついて回る……」


亜斗璃「しかたないよ」


偉須火「ここに居て、俺が着いていられるなら、おまえに無理をさせずとも良かった……。伽那璃の娘、亜斗璃という信仰そのものが、おまえを護ってくれたから……」


 偉須火、ゆっくり剣を抜く。


偉須火「……正直、この里を、一人で出してしまっていいのかと、迷っている」


亜斗璃「偉須火……」


偉須火「おまえの喉を切り裂き、声を奪えば、亜斗璃、おまえはこのさだめから解放されるだろうか?」


 偉須火、亜斗璃を抱き寄せる。

 偉須火、剣を亜斗璃の喉にあてがう。

 亜斗璃の潤んだ瞳。

 その額には、天使の翼を模した紋章がある。

 亜斗璃の目尻を涙が伝う。

 額に黒い布を巻いた偉須火の、意志の強そうな瞳。


亜斗璃「偉須火はいつも、わたしのことばっかり……」



■ 子供の頃の回想


 じゃれあって笑いながら遊ぶ、子供の頃の二人のイメージが月に浮かぶ。

 亜斗璃、転んで泣く。

 偉須火、優しく抱き起こす。

 偉須火、泣いている亜斗璃の頭をポンポンしてなだめる。


 偉須火、転ぶ。雪の上に座り込んで泣きそう。

 亜斗璃、慌てて駆け寄る。

 偉須火、泣きそうな顔でそっぽを向いて(泣いてないやい)と手書き文字で。

 亜斗璃、そんな偉須火の頭を抱きしめる。

 亜斗璃、手書き文字で(よしよし)と言いながら偉須火の頭を不器用に撫でる。


偉須火「おれは、兄ちゃんなんだからなっ!」


 偉須火、がんばって立ち上がる。

 膝小僧をすりむいている。



■ 回想戻り


亜斗璃「昔から、いじっぱりなんだから……」


 偉須火、ふふっと優しく微笑む。


亜斗璃「愛してるわ……偉須火……」


 亜斗璃、目を閉じる。

 剣が月明かりに煌めく。

 二人、じっと動かない。


偉須火「幸せにおなり……」


 雪原に突き刺さる剣。

 偉須火、優しく亜斗璃の額にキスをする。



■ 神殿を見下ろす丘


 旅装束の亜斗璃とソウル。

 神殿跡で唄う偉須火の姿を見る。


亜斗璃(M)「なんて、切ない声……偉須火……」


ソウル「行ってもいいんだぜ、亜斗璃」


亜斗璃「(驚く)えっ?」


ソウル「いちばん大切なヤツのところへ、さ」


亜斗璃「でも、偉須火が行けって……」


ソウル「あいつ、言ってたぜ。女は実力で奪い取れってな。負けを認めたヤツを認めないとも言っていたな……。あいつは一人で闘おうとしている」


亜斗璃「一人で……」


ソウル「決してあいつは負けないだろう。己の敗北は、せっかく護ったおまえに、運命が降りかかってくることを意味するからな」


 ゴウッと山が鳴る。

 グラグラと地面が揺れる。

 轟音とともに、白麓山が噴火する。

 もうもうと噴煙が上がり、マグマが火口から流れ落ちる。

 噴石が飛ぶ。

 村人たちが悲鳴を上げる。

 丘の上にも噴石がどかどかと落ちてくる。


 ソウルが、亜斗璃を抱きしめる。


ソウル「大きいぞ! 早く逃げないと危険だ!!」


亜斗璃「でも、偉須火が!」



■ 偉須火


 噴火を見て、白麓山に手をかざす。

 額に巻いた黒い布がはじけ飛ぶ。


偉須火「くっ……」


 額に悪魔の紋章を輝かせながら、山を鎮めるように唄う。



■ 再び、丘の上


亜斗璃「ソウル……」


 亜斗璃、潤んだ瞳でソウルを見上げる。

 ソウル、ニッと笑う。


ソウル「俺は、おまえの唄が好きだ。たとえ結ばれることはなくとも、おまえが唄い続けるのなら、俺は、それを聴きとどけよう」


亜斗璃「ありがとう。好きよ、ソウル……(微笑む)」


 亜斗璃、身を翻し、丘を駆け下りる。

 地震に翻弄されながら、しっかりと偉須火を目指して走る。


亜斗璃「偉須火!」


 亜斗璃の髪が風を孕む。

 走りながら額の布をほどく。



■ 瓦礫の神殿


 亜斗璃、ステージに駆け上がる。


偉須火「亜斗璃! おまえ……」


亜斗璃「ひとりじゃないよ」


偉須火「……亜斗璃」


亜斗璃「わたしも、いっしょに唄う」


偉須火「山の怒りを鎮める」


亜斗璃「うん」


偉須火「俺は力を抑えられない。おまえまで巻き込まれるぞ」


亜斗璃「だいじょぶ。偉須火と一緒だから」


偉須火「一緒だから危険だと言っている。俺は、お前を喰ってしまうかもしれない」


亜斗璃「そんなこと、怖がってたの?」


偉須火「あたりまえだ!」


亜斗璃「(ふっと笑う)ずっと、一緒だったでしょう? わたしを、信じて」


 偉須火、目を伏せる。

 思い切ったように顔を上げ、亜斗璃に微笑む。


偉須火「ありがとう、亜斗璃」


 亜斗璃、花が咲くように笑う。


 偉須火と亜斗璃、唄い出す。

 二人の歌声が重なっていく。

 二人の周りに、共鳴するように、やわらかな風が吹く。

 亜斗璃の額の紋章が光る。

 偉須火の額の紋章も光っている。

 二人、どちらからともなく手を繋ぎ合う。


 山が炎を吐き出す。

 噴石が飛ぶ。


 二人の唄と拮抗するように、山が唸る。



■ 丘の上


 ソウルが、呆然とその様子を見ている。


ソウル「す……げぇ……」


 二人の唄の力が、優しく山を包み込むように広がっていく。

 白麓山の噴火が徐々に収まってくる。


ソウル「自然を操る……だと? あいつら……なにもんなんだ?」



■ 瓦礫の神殿


 亜斗璃、偉須火、唄い続ける。

 二人の足下に積もっていた雪が溶け始める。

 神殿の周りに、ところどころ緑が芽吹く。


 白麓山の噴火の炎が小さくなる。


老人「(雪が溶けたことに気づく)おお……。雪が……」


 噴石を避けるようにうずくまっていた人々が、順に顔をあげてゆく。


村人「これは……いったい……?」


 老人、雪が溶けたのを見て、涙ぐむ。


老人「ありがたい……ありがたいことじゃ……」


 偉須火、亜斗璃の手をぎゅっと強く握る。


偉須火(M)「亜斗璃、もう少し……」


 亜斗璃、偉須火を見つめる。

 絡まる視線。


亜斗璃(M)「うん……」


 白麓山の炎が消えていく。


村人「おお……山が……」


 村人たち、「山が……」と口々に呟く。


茄都「偉須火の闇を、亜斗璃が包み込んでいる……のか?」


彌杏「光と闇……。この世を包む。全ての理……」


茄都「……彼らは、対のうたうたいだったんだ……」


彌杏「伽那璃様のお子たちですものね……」


 唄いながら、亜斗璃が微笑む。

 偉須火、丘の上のソウルを見やる。



■ 丘


 ソウルが、座り込んで瓦礫の神殿を見下ろしている。


ソウル「ちぇ。マジ、すげぇぜ、おまえら……」


 光が射す瓦礫のステージで、双子が唄っている。

 周囲にはところどころ地面が顔を出している。

 山から流れていた溶岩は動きを止め、火口からは白い煙が上がっている。



■ 地面


 風がやむ。

 遠くで鳥の鳴き声。

 村人たち、空を見上げる。

 煙っていた空から太陽が差し込み、光のスジとなる。

 ぽっかり丸く雪が融けた地面に、光が当たる。


 その地面に、小さな花が一輪、土から顔を出し、花開く。


おしまい

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【漫画原作応募用脚本】亜斗璃-ATORI- 東條零 @Lei_Tojoe_09

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