第4話
■ 崩れた神殿跡
夜の廃墟。
巨大な月が降るように迫っている。
被災した人々が、憔悴しきった様子で、着の身着のまま集まってきている。
額に黒い布を巻いた偉須火、崩れ落ちた瓦礫の円形ステージに立つ。
茄都、老人に毛布をかけてやりながら、ステージを見る。
茄都(M)「偉須火……」
偉須火、唄い出す。
村人たち(口々に)「おお……亜斗璃様……」
村人「亜斗璃様……(涙を流す)」
茄都(M)「(驚いて)えっ?」
ステージで唄う偉須火。
風もないのに、長い髪が舞い上がる。
茄都、背筋にゾクリと冷たいものが走って腕をさする。
■ 教会、屋根裏部屋
ベッドで亜斗璃が目を覚ます。
傍らに、彌杏。壁際に、ソウル。
亜斗璃「……み、あん……?」
彌杏「(手を握る)良かった。心配したわ」
亜斗璃「わたし……えっと……」
彌杏「白麓山が噴火したの。祈りの神殿が崩れて……危うく下敷きになるところだったのよ」
■ 亜斗璃の回想
崩れる神殿。
亜斗璃、悲鳴をあげて立ちすくむ。
亜斗璃「きゃあっ!」
彌杏「亜斗璃っ!」
天井が崩れてくる。
ソウル、飛び込んできて、ガシッと亜斗璃を抱きしめる。
ソウル「亜斗璃っ!」
ソウルに抱きかかえられる亜斗璃。
亜斗璃、無意識にその胸にしがみつく。
■ 再び教会
亜斗璃、ソウルに助けられた事を思い出す。
亜斗璃「ソウル? ソウルが、わたしを助けてくれたの?」
彌杏「(うなずく)そうよ。崩れる神殿に飛び込んできてくれて……」
ソウル「(壁際で、ニパッと笑う)よぉ、お嬢ちゃん。怪我がなくて、なにより」
亜斗璃「ありがとう、ソウル(身を起こす)」
彌杏「あっ、もう少し休んだほうがいいわ(亜斗璃を支える)」
亜斗璃「でも、わたし、行かなきゃ……」
彌杏「みんなのために唄いに行くの?」
亜斗璃「うん」
彌杏「亜斗璃、聴こえない?」
亜斗璃「え?」
彌杏「偉須火が、唄ってるわ……」
亜斗璃「偉須火が?」
亜斗璃、驚いて耳をすます。
■ 神殿跡
人々が、唄う偉須火の足下にすがるように手を伸ばしている。
村人「亜斗璃様……。亜斗璃様……」
茄都「(怯えたように)なんだ? これは……? 偉須火だと、判らないのか……?」
陶酔する村人。
偉須火の瞳が、茄都を捕える。
茄都「(クラリとよろめく)偉須火……なんだ、この感覚は……」
茄都、頭を押さえる。
偉須火、唄う。
偉須火の額に巻いた布がはじけ飛ぶ。
月明かりに、赤黒い、悪魔の翼と剣の紋章が輝く。
茄都「偉須火……まさか……おまえが伝説の……うたうた……い……」
茄都、胸を押さえて倒れる。
■ 教会、屋根裏部屋
亜斗璃「偉須火が唄ってる? うそ……。偉須火、唄えないって……」
彌杏「もしかしたら、唄えない理由があったのかもしれないわね」
亜斗璃「私にも言えない理由なんて……(うつむく)」
ソウル、深刻に話し込んでいる亜斗璃と彌杏にそっと近づく。
ソウル「あー、取り込み中みたいだけど、あのな、ちょっと、俺にも判るように説明してくんねーか?」
亜斗璃「あ、ごめんなさい(顔を上げてソウルを見る)」
亜斗璃「この那岐の里は、唄う巫女によって治められる都。唄う巫女は、病を癒す力を持つと言われ崇められるけれど、それは、ほんの少し。病は気からって言うでしょ? 唄によって、人々を前向きな気持ちに導くだけなのよ」
ソウル「つまり、暗示をかけるみたいなもんか?」
亜斗璃「ううん。違うわ。唄には、そういう力があるってことなの。人を酔わせる力、安心させる力……たまたま、私はそれが得意なだけ」
彌杏「でも。この里には、特別なうたうたいが現れることがあるんです。災いを打ち壊す……と伝えられてます」
ソウル「そいつは、どんな具合に特別なんだ?」
亜斗璃と彌杏、顔を合わせる。
亜斗璃「うん……。人の心をね……食べてしまうの」
ソウル「な……?」
■ 神殿跡
人々が、肩を寄せ合うようにして、自分の家に帰っていく。
村人「亜斗璃様のおかげで、今夜は眠れそうじゃ……」
村人「うんうん。きっと、山の怒りもすぐ収まるよ……」
偉須火、瓦礫の陰にうずくまる。嘔吐する。
偉須火の額に輝く紋章。
悪魔の翼を持った剣。
茄都(OFF)「偉須火」
偉須火「(ハッとして顔を上げる)なんだ?」
茄都「大丈夫か? 偉須火……」
偉須火「人前で唄うのは、緊張するな(微笑む)」
茄都「(複雑な表情)まあ、そういうことに、しといてやるよ(布を差し出す)」
偉須火「(布を受け取る)ありがとう。茄都」
偉須火、額の紋章を隠すように布を巻く。
茄都「白麓山の噴火も小康状態のようだ。おまえが抑えたのか?」
偉須火「いつまで持つか、あやしいがな……」
茄都「だったら、すぐに村人を避難させたほうがいいんじゃないか?」
偉須火「かもしれない。でも、どこに? 寒さをしのげる場所はそう多くはない。せめて日が昇るまで休めたら……」
茄都「確かに、お年寄りも多い。安全な避難は難しいかもしれないな」
偉須火「避難で済むのか、移住になるのか……」
茄都「里を捨てるということか!?」
偉須火「…………」
偉須火、白麓山を仰ぎ見る。
白麓山、煙を上げているが大きく噴火している様子ではない。
偉須火「このことは、亜斗璃には言うな」
茄都、思い詰めた顔でうなずく。
■ 教会・礼拝堂
偉須火が茄都と入ってくる。
亜斗璃、走って行く。
亜斗璃「偉須火っ!(抱きつく)」
偉須火「(笑顔で)怪我はないか?」
亜斗璃「偉須火、偉須火……(胸で泣きじゃくる)」
亜斗璃を抱く偉須火を、複雑な顔で見る茄都。
偉須火「みんなは、落ち着いたよ」
亜斗璃「偉須火……どうして、唄えないなんて……」
偉須火「(笑って)だって、亜斗璃と違って、音痴だから……」
亜斗璃「嘘」
偉須火「ごめんね、亜斗璃……」
偉須火(呟く)「俺は、不安も、恐怖も、痛みも、全部、食べてしまうから……」
亜斗璃「それは……自分の体に取り込むってことよね?」
偉須火「さあ、どうかな。わからない」
亜斗璃「伝説のうたうたいは、その体に全ての人々の苦しみを吸収して、むしばまれて、いずれ、枯れ木のようになって死んでいくと言うわ。そんな……。そんなこと……」
茄都、偉須火が瓦礫の陰で嘔吐していたことを思い出す。
茄都(M)「あれは……」
偉須火「俺に、山の怒りを鎮められるかどうかはわからない」
亜斗璃「(驚いて)そんな凄いこと考えてるの? 偉須火」
偉須火「ここは、白麓山に近すぎる……。だが、里のみんなはここから離れて生きてはいけないかもしれない。若くて元気な者たちだけなら、朝になって日が昇れば避難できるだろう」
偉須火、ソウルを見る。
ソウル、黙ってうなずく。
偉須火、亜斗璃の頬を撫で、優しく微笑む。
偉須火「亜斗璃は、ソウルと、安全なところにお行き」
亜斗璃「えっ?」
偉須火「そして、よその土地へ旅立つみんなの心を、癒やしておあげ」
亜斗璃「偉須火は? 偉須火は一緒じゃないの? 偉須火は一人でどうするつもりなの!?」
偉須火「大丈夫。亜斗璃が心配することは、なんにもないよ……(ニコッと笑う)」
■ 白麓山の噴火が見える丘。
偉須火、噴煙を見上げる。
ソウルが偉須火を追ってきている。
ソウル「いいのか? 俺が連れてっても」
偉須火「(振り返る)亜斗璃を助けてくれてありがとう。礼を言う」
ソウル「いや、まあ、勝手に体が動いちまっただけだよ」
偉須火「女は実力で奪えって言ったろ? 合格だ」
ソウル「おまえ、亜斗璃に代わって、どんな唄を唄うつもりだ?」
偉須火「那岐の里の民は、心が弱い。危険と隣り合わせの生活には耐えられないんだ」
ソウル「どういう意味だ?」
偉須火「亜斗璃では若者を元気づけるのが精一杯だ。そもそも、老人たちはここを離れるのを拒むだろう。そして、この里が噴火で住めなくなるくらいなら、白麓山と心中する道を選ぶかもしれない……」
ソウル「心中って……」
偉須火「そんなばかなと思うだろう? だが、それが……。うたうたいに依存して己の苦しみから逃げてきたこの里の民の弱さだ」
ソウル「そんなふうには見えないが?」
偉須火「亜斗璃の唄は優しい。癒やしの唄だ。子守唄のような……」
偉須火「だが……」
ソウル「だが?」
偉須火「伝説のうたうたい。伽那璃は違った」
ソウル「伽那璃?」
偉須火「俺たちの母親だ。彼女は、優しい唄から滅びの唄まで唄い分けられる、本当の魔女だった」
ソウル「魔女だって?」
偉須火「そうだ。俺たちがまだ幼い頃、この里を遙か南の国の侵略部隊が襲った。防衛設備もなにもないこの里など、赤子の手をひねるより簡単に支配できると思ったのだろう」
ソウル「ひでぇな」
偉須火「だが、お前も思わなかったか? そんな不用心な里なのに、近隣諸国は武力で攻め入ろうとはしない」
ソウル「ああ、確かに」
偉須火「伽那璃は、唄った。滅びの唄を。悪意を持った魂を、まるごと喰らい尽くす唄を」
ソウル「な……んだって?」
■ 伽那璃の回想
村の娘が兵士に襲われている。
あちこちで、家が打ち壊されている。
小さな亜斗璃が、さらわれる。
亜斗璃「きゃあ! お母様! 偉須火っ!」
偉須火「亜斗璃っ!」
偉須火、さらわれた亜斗璃を追いかける。
兵士「ええい、邪魔くさい小僧め!」
偉須火、殴り飛ばされる。
偉須火「きゃあっ!」
偉須火、地面に転がり、傷だらけになる。
亜斗璃「(兵士に担がれながら)偉須火っ!」
偉須火「くっそ……亜斗璃……」
ゆっくりと伽那璃が偉須火を抱き上げ、兵士を睨み据えると、唄い出す。
偉須火の額が赤黒く光る。
偉須火「あっ!」
偉須火、伽那璃に抱かれたまま、自分の額を抑える。
兵士たち、苦しみだし、バタバタと倒れる。
亜斗璃を担いだ兵士も倒れて「くおお」と唸って息絶える。
亜斗璃「あああん!(泣く)」
偉須火、母の腕から飛び降り、亜斗璃に走り寄って抱き寄せる。
偉須火「亜斗璃!」
亜斗璃、偉須火に抱きついて泣く。
伽那璃、唄い続ける。
■ 回想戻り
ソウル、難しい顔をしてその話を聞いている。
ソウル「それは……どういう力だ?」
偉須火「わからない。何かの異能には違いない」
ソウル「亜斗璃は、滅びの唄なんか唄えないって言ってたぞ?」
偉須火「ああ。そうだな。亜斗璃には唄えない」
ソウル「じゃあ、おまえは、どうなんだ?」
偉須火、ニッと口角を上げる。
つづく
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