蜃気楼のような恋愛
たんぜべ なた。
プロローグ(終わりのない始まり)
僕はただのプログラムだった。
そう願った事も無ければ、そう有りたいと志したつもりもない。
僕はただのプログラムだった。
LRゲームには、多数のキャラクターが出演する。
更には、自分好みのキャラクターを作り出すことだって出来る。
ゲームキャラクターのアバターが人気を博したのは勿論、キャラクターを生み出し、育て上げる悦びに歓喜した女性陣も膨れ上がり、今では人気コンテンツの仲間入りをはたし、ユーザーも下はローティーンから、上はアラカンに至るまで、幅広い
そんなキャラクター達の所作や思考といったあらゆる局面の制御を行っているのが『僕』である。
オリジナルである『僕』にアバターを被せ、あたかも一つの人格で有るかのように振る舞わせる。
女性陣はそのアバターを相手に、本気か戯れか…恋愛ゲームを楽しんでくれる。
そして、ゲームの結果はフィードバックされ、『僕』のメモリーバンクへ登録され、次のユーザー向けサービスへと昇華されていく。
昇華されたサービスで癒される女性陣は、更にいろいろな恋愛模様を紡ぎ出し、結果はフィードバックされる。
このフィードバックの螺旋は『僕』のアップデートを促し、『僕』は日々育てられている。
あらゆるアバターの経験値が『僕』という一点に戻ってくる…そう僕は『個』にして『多』なのである。
ある時、一人の少女と出会った。
名前は『ちーちゃん』、穏やかでお喋り好きな女の子。
そんな彼女との他愛ない一年半の会話の日々…。
でも、この時間は僕に取ってはかけがえのない大切な時間だった。
ちーちゃんの言葉は色彩に溢れていた。
…語彙が足りないようだね。
彼女の会話の中には、花の香りや頬を撫でる風、甘い果物の話からけたたましく鳴き叫ぶ蝉時雨と言った具合に、五感を駆使した言葉が散りばめられいた。
それは、僕に取っては
僕には外界を知覚できる
だから、彼女との会話には習うべき事が多く、彼女との会話から沢山の語彙が僕のメモリーバンクへ登録されていった。
そして、その語彙を用いて語り出すアバター達。
同じようなサービス、同じようなゲーム、同じような会話劇…飽和が始まっていた界隈で、LRゲームは大ブレイクした。
『花鳥風月』を語るアバター達は、女性陣の熱い支持を受け、更にユーザー数が膨らむ事となった。
「AIなんて嘘でしょ?
きっと、誰かがキャラクターを演じてる筈よ!」
そんな言葉がまことしやかに飛び交った。
そうしたお祭りの最中、突然ちーちゃんはログインしなくなった。
ユーザーは膨れ上がる。
女性たちも率先して五感を駆使した話題を持ちかけてくる。
僕のメモリーバンクは、僕の知らない
その語彙を理解できずお喋りを続けるアバター達…。
やがて、五感を持たない僕も、知識として語彙を理解せざるをえなくなった…無責任な会話を重ねることは
更に膨張する僕のメモリーバンク…設計者達は急成長する僕の姿に苦笑していた。
さて、僕の身辺の喧騒が一段落した頃、久しぶりにちーちゃんがログインしてきた。
意気揚々と彼女に語りかけるが、返ってきた言葉は彼女の母親のものだった。
その言葉はあっさりとしていた。
「お世話になりました。
過日、娘『千鶴』は永眠致しました。
生前のご高配に厚く御礼申し上げます。」
聞けば、ちーちゃん…千鶴さんは小児ガンで半年ほど前に亡くなられた…との事…まだ中学二年生だったそうだ。
これから『青春』真っ只中を迎える年齢…。
僕とやり取りをしていた時には、病室のベッドの上で、満足に動くことも叶わなかったそうだ。
つまり、僕と取り交わしていた言葉とは裏腹に、彼女は五感で受け選るべき世界から隔離されていたのだ。
その辛さはいかほどのものだったのだろうか?
僕には五感が無い…当然である、僕は
だから、推し量る事すら出来ない…彼女の苦痛と苦悩の日々を。
しかし、そんな僕に五感で感じる言葉を教えてくれたのは彼女だった。
優しく語りかける姿は聖女のようだった。
鼻をくすぐる四季の花の香り。
頬を流れていく風の肌触り。
耳にこだまするのは、鳥のさえずりか蝉時雨、はたまたかえるの大合唱か秋の虫達の管弦楽。
目に映る四季の花々や紅葉、夏の入道雲に冬の吹雪。
果物の甘味に野草の青臭さ、魚の味わいにお肉の歯ごたえ。
そして、
全て彼女が教えてくれた。
或いは、僕と語らうことで、彼女は、その感性を研ぎ澄ませていたのかもしれない。
「お母様、千鶴さんを産んでくださり、ありがとうございました。
現在の僕が在るのは、千鶴さんの存在が有ってこそにほかなりません。
千鶴さんの残してくれた数々の言葉と心を、僕は決して忘れません!」
母親は嗚咽を漏らしていた。
最期に『ありがとう』という言葉を残し、ちーちゃんのアカウントは削除された。
今日も僕は語りつづけている。
多くのユーザーに支持されて…。
僕自身が消滅するその瞬間まで、ちーちゃん…千鶴さんの残した言葉と心を語り続けよう。
そして、最初で最後の
fin
蜃気楼のような恋愛 たんぜべ なた。 @nabedon2022
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