ショートショートⅩⅧ「感情販売機」

北ノ雪原

感情販売機

「あぁ〜もういやだ。何もかもが嫌になった。あんのポンコツ上司め。何もできないくせに偉そうに…!」


 今日は上司に怒られた。

 しかも理不尽な事でだ。

 明らかに上司のミスなのに、お前のミスだと言い張り怒鳴られた。

 くっそう、あいつのせいで本当に毎日がしんどい。


 会社のすぐそばのコンビニで買った、アルコール度数9%ほどの缶酎ハイをガブ飲みしながら歩いている。

 その缶酎ハイは飲みやすいためすいすい飲んでしまえるのだ。と言えど度数9%。こんなにぐびぐび飲んでいては…案の定、目の前がすぐにぐらぐらと歪み出した。


 酔いは人の感情を増幅させる。


 楽しい時はより楽しく。


 しかし今は、負の感情がこれほどかというまでに増幅している。


「あーもーーー!!むかつくーーー!!」


 気がつけば私は、暗い夜道に一人でそう叫んでいた。

 まぁ周囲に人の気配は無いからいっか。

 そう思いながらフラフラと歩いていく。


 すると突然、自分の左側で何かが眩く光り出した。


「えっなにっ。」


 その方向を見やると、そこにはドリンクの自動販売機と思しき物体が鎮座していた。


 こんなところに自販機なんてあったっけ…?

 ここは私のいつもの帰り道。

 違和感が強いが、私は更なる違和感に気がついた。


「んーー、ん?怒り…悲しみ…楽しい…なんだこれ?」


 ダミーの缶の表面に、大きな文字でそれぞれ何か書かれているのだ。

 嬉しい、怒り、哀れみ、楽しい、悲しみなど…。

 それらは全て、人間の持つ感情だった。


 こんな飲み物見たことが無い。


 嬉しいは「あたたか〜い」。

 悲しみは「つめた〜い」。


 これは、感情によってドリンクの温度が違うのか…。


 私はそれに興味しか無かった。


 今の私の心は荒れに荒れている。


 目に入ったのは、「楽しい」という文字の缶。


 しかし待て、普通の自動販売機になら必ず書いてあるはずの、値段の表記が無い。

 お金を入れる部分すら無い。

 これは、タダでいいってことなのか…?


 私はとりあえず、その「楽しい」のボタンを押してみた。


 すると、下にゴトンと何かが落ちてきた。

 それを取ってみると、「楽しい」とだけ書かれた缶だった。

 軽く振ってみると、やはりドリンクと思われる液体が入っている。


 成分表示などは一切無い。


 怖い?いいや、私は興味しか無かった。

 楽しい気分になれるのならば、飲んでみたい。

 酔いが回っているのもあり、正常な判断が鈍っている。


 プシュリ、と小気味の良い音が鳴る。

 私はなんの躊躇いもなく、それを口に流し込んだ。


「ぷはっ!」


 味は…正直、あまり美味しいとは思わない。

 むしろ少し苦い。

 なんだこれ、やっぱ飲まなきゃよかったかなと思った矢先だった。


 手と足の指先や頭のてっぺんなど、体の末端から心臓にかけて突然ぐるぐると何かが巡るような感覚がした。

 なにこれ!?と思うのも束の間、私は途端になんだか楽しくなってしまって、気がついたらスキップなんてしていた。


「楽しい!楽しい!!アハハハ!!」


 私は気分爽快で帰ろうとした。

 だが、ふと思った。

 今のうちに、たくさん「楽しい」のドリンクを手に入れておいた方がいいのでは?と。


 どうせタダなのだ。いくらでも持っていっていいだろう。

 私はこれでもかとボタンを押し続け、大量の「楽しい」ドリンクを手に入れた。

 ちょうど大きな紙袋を持っていたため、それに入れて持ち帰られる。


 そしてふと、とある缶が目に入った。


 その缶に書かれていた文字は「絶望」。


 …これ、あのムカつく理不尽上司に飲ませようかな…?


 そんな思考が私の脳内に稲妻の如く走り、気がつけばその缶のボタンを何の躊躇も無く押していた。

 やられっぱなしじゃいられないのだ。

 仕返ししてやると、私はパンパンに膨らんだ紙袋を持ち意気揚々と帰路についたのだった。


 翌朝。


 私は「絶望」と書かれた缶に、その文字が見えないように適当なステッカーを貼り、あの上司に近づいた。


 後で飲むからとカバンにしまわれてしまっては、どうなったか結果も見れないし、何よりきちんと飲んだかこの目で確かめたい。


 そのため、私は紙コップも用意した。


「すみません、今よろしいですか?その…昨日はすみませんでした!それで…お詫びといいますか…美味しい飲み物をご用意しました。いかがでしょうか。今お注ぎしますね。」

「ん?やけに気が効くな。」

「い、いえ!これくらい当然です!」


 そう取り繕いながら、私は紙コップにその「絶望」缶に入ったドリンクを注いだ。

 そして上司に渡す。若干手が震えている。

 大丈夫だよ、自分。


 上司は何の疑いもなく紙コップを手に取り、口へと運ぶ。ゴクゴクと、「絶望」が喉を通るのを見届ける。


「ど、どうでしょうか?」

「ふむ、不味いな。やはりお前のすることは全て失敗するな。」


 そう言われ、私は頭に血が上り、今すぐにでもあの「楽しい」缶のドリンクを飲みたい衝動に駆られた。

 しかしグッと堪える。

 この目的は、この後の上司がしっかりと「絶望」に堕ちるまで見届けることなのだ。


 この飲み物の効果は30秒程で現れる。

 私は「ははは」と引き攣った表情で苦笑いしながら、その場を離れ自分の席へと戻り、その席から上司の様子を観察した。


 すると、ちょうど30秒後、上司の様子がおかしくなった。


「う、うぅぅ…うあ、うわあぁぁぁぁ!!!!」


 頭を抱え込みながら、大声で叫び出したのだった。

 その尋常ではない様子に、社内の人たちがざわつき始める。その上司にかけ寄り、大丈夫ですかと声をかける者たち。


 上司は、「絶望だ…絶望だ…!!」と叫んでいる。

 よし、ドリンクの効果は覿面だったのだ!


 そう喜ぶのも束の間、気がつくと疑いの目は、私に向けられていた。


「あなた今、何か飲み物を差し出していなかった?何を飲ませたの?」

「何か幻覚剤でも入っていたんじゃないか?」

「おいどうなんだ?君は昨日ひどく怒られていたんだろう?その腹いせか?」


 あ…あ…私…。


 これはまずいと思い、私は自分のデスクに置いてあった「楽しい」缶をすぐに開け、ゴキュゴキュと音を立てて飲み込んだ。


 そしてすぐに私の様子もおかしくなる。


「あはは!あはははは!!そうだよだって全部あいつが悪いんだもん!!!あははは!!だいせいこーーう!!楽しーーーー!!!!」


 こっちでは私が気が狂ったように笑い転げ、あっちでは上司が気が狂ったように頭を掻きむしっている。まさにカオスだった。


 私は他の社員の人達にどこかへと連れて行かれた。どこか遠くからパトカーのような音も聞こえてくるような…。


 もう、普通の生活には戻れない。


 けれどそんなのも、今は全てが楽しすぎてどうでもよく思える。


 上司の言う通り、私のすることは全て失敗するのだろう。

 はは、それもまた…。






 今日もどこかで不気味な光を放つ。

 その販売機を、あなたは見つけられるだろうか。

 見つけてしまったら、あなたならどうするだろう。

 そのドリンクを、飲んでしまうだろうか。









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ショートショートⅩⅧ「感情販売機」 北ノ雪原 @kitanosetsugen

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