この『恋文』という作品は手紙文だ。
妻への手紙であり、同時に小説であるという多重構造の小説だ。
最初に結論を言うと。
傑作なので読んだほうが良い。二分くらいですぐに読める。
傑作の理由については、いまから少しだけ無用な読み解きをさせて欲しい。
それをおすすめレビューとしたい。
まずタイトルと一行目は、一読すると相違している。
そして読み終えた本作の文章の最後の語句は遺書とは思えない。
仮託した名言は過去形なのに、最後の語句は現在形だ。
何故だろう。
本作は情感豊かな語りかけの中に、いくつかの違和感をおぼえる記述がある。
その理由を以下に書く。
あくまでもレビューワーの私見、想像である。
遺書とはなにか。
誰かへ残すものを記した文をいう。
この場合の受け取り人は妻。
妻だけがひとりで手紙へを読んでいることを、前提としている。
『恋文』という作品を読む際には、この〝妻が読んでいる〟という状況は想定されなけばならない。
重ねて言う。
語り手である筆者は、この『恋文』という作品の最後の読者に妻だけを指定したのだ。
結婚してからは、おそらく妻が彼の著作の最初の読者であったはずだ。
愛読者でもあったの妻は幸せだったと思う。
そして彼は最後の読者として、ずっと自作を愛読してくれた妻を選んだ。
彼が最後に残したものは、手紙形式の作品。
それも彼女だけへ向けた作品。
妻のための最高の贈り物を彼は遺したのだ。
最後の言葉が現在形なのは、魂を変換して残した文に、その気持ちがずっとあるからだと思う。
本来、手紙とはいつ届いたものであれ、それを読んだときに手紙が語りかける言葉は、常に現在にあるのだから。
以上。
かくのごとに、本作品は傑作である。
愛する妻への遺書という衝撃から始まる本書は、小説家である男の生々しい人生観と、不器用ながらも確かな愛情が胸を打つ傑作。
作中の男は、自分の人生を「生きた、書いた」と振り返る。
しかし、型破りな『彼女』との出会いによって、最後のピースである「恋した」が満たされていく過程が、淡々とかつユーモラスな文章で描かれていく。
打算から始まった関係が、いつしかかけがえのない絆へと昇華していく描写には、スクロールをしながらにっこりしてしまった。
他人の人生を描き続けた
この作家の生き様を表す文には舌を巻いた。そうだ、確かに文字で他人の人生を構築している……と。
人生の最後に最も愛する女性へ向けて書いた「人生最後の感謝の文章」。
読後、切なさと温かな余韻がいつまでも心に残る、至高の一話だった。
「これは遺書だ。」という冒頭から、物語は一気に静かな深みへと引き込まれます📘🌙
初対面で作品の矛盾を指摘した妻と、その批評を受け止めた作家の関係は、唯一無二の “作者と読者” の夫婦像として描かれます💬💞
生前は執筆に没頭し、妻との時間を十分に取れなかった “僕”。
それでも妻は責めず、新作を楽しみに待ち続けた姿が胸を打ちます🌿💗
死後、魂となってノートPCに宿り、一文字ごとに存在が薄れながら綴る恋文は、静かで、切なくて、温かい余韻を残します💻✨
スタンダールの「生きた、書いた、恋した」という言葉を自らの人生に重ね、最後に伝える “愛している” が、物語全体を美しく締めくくります💐💫
短編ながら、人生・創作・愛が凝縮された名品でした📚💖