第64話 三百十二年間、一人で防衛戦を続けている管理者がいた

《鉄哭坑》へ向かう前に、まず通信を試みることになった。


「いきなり入ると防衛機構に敵判定される可能性が高い」


レナの判断だった。


アデルが旧SYSTEM回線を北部Node経由で接続する。


数秒。


雑音。


そして、少女の声がした。


『こちら……管理中枢……識別……N-07……』


全員が顔を上げた。


『外部通信を確認。要件を……簡潔にお願いします……処理負荷が高いです……』


湊が端末へ近づく。


「大丈夫?」


沈黙。


『質問の意味が不明です』


「疲れてない?」


さらに長い沈黙。


『私は機械知性です。疲労という生理現象は発生しません』


「そっか」


『……疲れました』


レナが目を見開いた。


フィアが小声で言う。


「機械なのに疲れてるなの」


『聞こえています』


「耳いいなの!」


『聴覚ではなく通信回線です……説明するのも疲れました……』


湊は少し笑った。


だがレナは笑わなかった。


端末に流れる処理ログを見ていた。


「N-07。今いくつの処理を並列で動かしてる?」


『回答……防衛演算四千二百六十一、魔物位置追跡八千九百十四、隔壁制御百七十二、生命維持系統四百六十、自己診断――』


「もういい」


『助かります……』


シエラが低く言う。


「敵は何者だ」


『敵性個体です』


「種別は?」


『分類不能』


「三百年以上、同じ敵と戦っているのか」


『いいえ』


通信画面に古い迷宮図が表示された。


最深部の裂け目。


そこから赤い点が絶えず湧き続けている。


『神代戦争時に発生した空間断裂です。封鎖機構が損傷。敵性個体が継続侵入しています』


アレシアが息を呑む。


「虚界裂孔……まだ残っておったか」


湊が聞く。


「閉じられる?」


『可能性はあります』


「じゃあ手伝う」


『不要です』


即答だった。


『当機は管理個体です。防衛継続が最優先命令です』


「でも生命維持二十二パーセントだよ」


『許容範囲です』


レナが言う。


「どの基準で?」


『住民生存率を基準に――』


そこで声が止まった。


レナがログを確認する。


「住民、いるの?」


長い沈黙。


『……現在、登録住民ゼロ』


「じゃあ誰を守ってるの?」


『…………』


通信にノイズが走る。


『防衛継続が、最優先命令です』


同じ答えだった。


三百十二年前、住民を守るために始まった防衛。


住民はもういない。


それでも命令だけが残っている。


湊が端末へ言った。


「N-07」


『はい』


「俺たち、そっち行くよ」


『推奨しません』


「なんで?」


『危険です』


「君はそこにいるんでしょ」


『私は設備です』


「でも疲れてる」


『……それを論拠にされると、処理が難しいです』


「じゃあ会ってから考える」


『来訪を拒否――』


通信が一度途切れた。


数秒後。


『……訂正』


声が、ほんの少しだけ小さくなる。


『推奨行動は撤退です』


間。


『個人的希望も、たぶん撤退です』


「たぶん?」


『個人的希望という項目を、三百十二年使用していません。精度を保証できません』


通信が切れた。


誰もすぐには話さなかった。


やがてアレシアが言う。


「行くぞ」


「うん」


「妾も行く」


今度は誰も止めなかった。


三百十二年間、守る相手がいなくなっても戦い続けている管理者。


今回直すべきものは、迷宮だけではなさそうだった。

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ダンジョン最深部に置き去りにされた荷物持ちの俺、絆で貯まるSPで【迷宮改変】していたら、世界から《魔王》認定されました ごまだんご日和 @hidepon2022

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