Dive.15≪終≫【帰って来た仲間と日常……それぞれの、新しい明日へ。】

「酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞ───────ぃ!」

「真ッ昼間から飲むな」

「いいじゃないですかぁ弐式にしきすぁ~ん! ホラ、大好きな塩辛ですよぉ」

「飲まない。食わない」

「えー食べないとぉ~! まだ体力は全快じゃないでしょー?」

「今は眠い。少し寝かせろ」

「チェー……じゃあ市豪いちごうぉ、食う?」

「白飯一合持ってきてー」

市豪一合だけに?」

「駄洒落じゃねぇよ」


医療班が動かす医療ルーム。脳彗脊界のうすいせかいでの日本政府戦を終えた市豪いちごう酒田さかた弐式にしきの男性陣は、白い病室内で他愛のない話をしていた。弐式はあれから深刻な脳の損傷があったものの、強靭な精神力によるリハビリにより、損傷前と同じレベルにまで快復することが出来た。だが、後遺症と言うべきか、視神経だけは少し下がってしまい、今ではサングラスを使用する状態になっている。そんな自分に、弐式はどこかクスっとしてしまう運命的なものを感じていた。


「なぁ市豪ぉ。そう言えばあの後どーなったの?」

「あの後って?」

八咫烏やたがらすだよ。あれどーした?」

「あぁ。爆散したよ」

「マジ!?」

「最終的にはパイロットが自らの意思でって感じだけど」

「なーんだ。つまんな」

「はァ?」

「ジョーダン冗談。でも、これでひと段落って感じだな」

「あぁ。これで剣先さんも、みんなも救われるな」

「……お前、マジですげぇや。今回のMVPじゃね?」

「そうかな? そうかも」

「てかさー。剣先けんさきさんは?」

「一応生きてる。病室違うから分からんけど」


剣先、九条くじょう六波羅ろくはら可下郎かげろうの女性陣は隣の病室にいた。八咫烏の攻撃を受けて戦線離脱となっていた六波羅と可下郎は、無事に意識を取り戻し、弐式と同様にリハビリを行ったものの、六波羅は重度の不眠症になり、可下郎は両目の視力を失っていた。そして剣先は……今は眠っていた。


「可下郎……すまない。私が出撃するなんて言ったから……お前は目を……」

「何言ってるんですか。こんなの、覚悟してたことです。ってか、両目なだけまだよかったなって思いますよ。一生寝たきりみたいなのはショックですけど、両目くらいじゃどーってことないです」

「そうか……そうか…………」

「あんまり、自分を責めないで下さいね。六波羅さん」

「そうですよ。形はどうあれ、こうして姉御あねごや可下郎も無事なんですから。命あっての物種、って言うでしょ?」

「九条……あぁ。そうだな」

「あー! 九条さん! ここ禁煙ですよ!」

「ばっ、バレたか……!」

「いや隠す気ないでしょぉ! 火ぃ消して下さい!」

「そうだな……ごめん。煙ったいよな」

「いや! 報知器鳴っちゃいます!」

「そっち!?」


九条は剣先に撤退を命じられたことで無事だった。その後は前線を離れ、深瀬ふかせと共に四谷の蘇生に協力していた。彼女の協力があったことで、四谷は生還したと言っても過言ではない。


「六波羅さんも剣先さんも、九条さんも、無事でよかったです」

「だな。可下郎も、本当によく頑張ったな」

「えへへ……六波羅さんに褒められると……なんか、変な気分になりますよ」

「そういえばだが、結局日本政府軍はどうしたんだ?」

「それが……実は停戦の申し出があってから、パッタリ音信不通なんだ。そしてそれと同じタイミングで、深瀬さんもどこかに行っちゃって……」

「どこかに行った……?」

「えぇ……すっかり連絡も来なくなってしまって……」


深瀬はあの後、剣先たちに「脳彗脊界での目的を達成した」とだけ語り、それ以降行方を眩ませてしまった。あの後から彼がどこに行ったのか、何をしているのか、誰も知らずにいる。彼と共に戦場を駆け抜けたリゼルグ・Lも剣先たちに任せると言い残し、開発センターに残している。


「深瀬さん的にはもう役割も終えましたし、もう我々が頼むこともないが……」

「そうですね……とにかく、今度会ったらお礼を言いましょ」



……それから二週間が流れた。戦闘に出ていた仲間たちは次々に復帰し、元の日常へと帰って来た。市豪や酒田も、これまで通りの生活を送れるほどに復帰した。

市豪は前に九条と会話した喫煙所で、九条と弐式と共に一服していた。


「九条さん、これ、この前貰った時のお返しでっす」

「おぉ、覚えててくれたか。ありがとう」

「いえいえ」

「手巻きか……何を巻いてるんだ?」

「それは……な、い、しょ」

「怖いな……」

「イリーガルなのは巻いてないですよ!?」

「そ、そうか……?」


九条は市豪から渡された手巻き煙草を恐る恐る吸った。フィルター無し両切りなこともなり、強い煙とのど越しを感じるが、ほのかなメンソールの香りが鼻を通り、香り自体はとてもいい。


「……うん。おいしい」

「ホントか?」

「弐式さんも吸います?」

「え……まぁ、それじゃあ」


弐式も市豪から受け取り、同じように煙を吸った。

反応は、九条と同じだった。


「今度は、どこか食べ行った時に吸いましょうよ。食後の一服って美味しいんですよね!」

「確かにな」

「剣先さんは吸わないんですか?」

「剣先さんは元々吸わないし、今吸ったら色々まずいからな……その時は三人でな」

「色々……?」

「察しろよ市豪。今は、もう一人でも二人でもないんだ」

「あっ……! なるほどぉ! それはおめでた~」


剣先は現在、四谷と共に軍を離れている。彼女にも新たに守るものが、見つかったのだ。


「おーれも混ぜルォォ?」


大声が聞こえたかと思ったら、泥酔状態の酒田が喫煙所に入って来た。一升瓶を片手に、重そうな瞼をしている。市豪はいつものように迎えたが、弐式は相変わらず少し嫌そうな顔をしている。


「酒田って吸うのか?」

「たまーになぁ。気管支弱いけど」

「じゃあ吸っちゃダメだろ」

「あれぇ~? 弐式さ~ん! もう歩けるようになったんすねェ~」

「うっせぇ……」


弐式は煙たがるが、酒田は構いはしない。


「……なぁ、酒田」

「なんすか~弐式さ~ん」

「その……はぁ……市豪から聞いた。お前、活躍したそうだな」

「えっへへへぇ~! そーなんすよ!」

「……俺、お前をただの飲んだくれのクソバカヤローだと思ってた」

「ひっど」

「でも……あの戦争に貢献したなら、軍人として認めなければいけない。認めよう。酒田。よくやった」

「おおおぉ!? なんだなんだ~? どういう風の吹き回しだぁぁぁ?」

「……だぁぁぁうっせぇなぁ。これが無きゃお前は天才なんだがなぁ……」

「天才ってのは、意外と抜けてるもんなんすよ。弐式先輩だってそーでしょ?」

「…………はぁ。全く。この飲兵衛のんべえが」


文句を言いつつも、その顔は、一人の仲間を認めた軍人の微笑をしていた。


「よっしゃ! 弐式先輩に認められちった~!」

「取り消そうかな……」

「え────ぇ! そんなこと言わんでくださいよぉ~! 俺の相棒なんですから弐式先輩はぁ~~! 俺も誤解してたとこあるしぃ~」

「全く……どういう風の吹き回しだ?」


そう言って、二人は小さく、微笑み合っていた。

和解とは違う。でも、その顔には、少しだけ芽生えた友情が滲んでいた。



夜になり、市豪は屋上で夜空を見上げていた。この日は、いつもよりも星が綺麗に見えた。夜風が傷が癒えた身体を優しく撫でていく。夜空なんてテント暮らしだった頃にも腐るほど見て来たが、この夜の星空は、いつもよりも、綺麗だった。


「おい、もう寝る時間だろ」

「……あ、高梨たかなし


そこに高梨が来た。彼は隣町の別の病院で治療を受けており、先日退院したばかりだった。彼に会うために、わざわざここまでやって来たのだ。軍の施設に入ることが出来たのは、市豪の関係者であることが事前に知られていたからだった。


「お前……まだここにいる気か?」

「えぇ?」

「もう戦争は終わったんだろ? 日本政府も停戦を申し込んだらしい。もうここにいる理由はないだろ?」


高梨は市豪に一緒に帰ろうと言った。もちろん市豪には当てはない。それを受けて、高梨は自分の部屋のひとつを市豪に貸すと言った。いわゆる、シェアハウス形式で生きていこうと言ったのだ。

だが、市豪の答えはこれだった。


「俺、次は別の相手と戦うって決めたんだ」

「は……? 別の相手?」

「次はさ、この国を脅かすような奴ら。犯罪組織とか、テロリストとか」

「何言ってんだよ市豪! このまま俺と一緒に暮らせばいいだろ!」

「俺さ……迷惑かけっかもしれない。お前が殴りたくなるほどの。でも、ここにいれば、俺も持ってない何かが手に入ると思うんだ。酒田や弐式さん、剣先さんに六波羅さん、その他色んな仲間と過ごして来て、この世から争いをなくすことはできないけど、その争いの炎から、お前とか九条大事な人を守れるかもって、少し、思っちゃった」

「お前なぁ……」


高梨は頭を抱えた。彼の言うことは本当に突飛なもので、相変わらず受け入れるには簡単じゃない。でも、そんな彼の生き様も、どこか泥臭く、生々しく、そして、一番「生きている」感じのするものだと、高梨は初めて、認められるようになっていた。(そうでなければ、あの時、自分を助けることも、出来なかっただろうから。)


「はっ……そうかよ。じゃあ、しばしの別れだな」

「……そういうことになるな」

「でも、連絡はしろよ? 別れと言えど、今生の別れなんかじゃないからな」

「ハハハハハハ! だろうな! あたりめぇだ!」


そう言って、最後に二人は、握手を交わした。


「元気でな。高梨」

「お前もな。市豪」


そう言って、市豪は先に部屋に戻っていった。


「全く……市豪械アイツってば……カッコつけやがって」


高梨は星が満天に輝いている星空を、ジッと見上げていた。あの星の向こうには、どんな名前の星があるのだろう。そこには、どんな世界が広がっているのだろう。脳彗脊界なんていう摩訶不思議な世界があったんだ。星の向こうにくらい、何かがあってもおかしくない。もしそれを、また彼と見つけて、名前をつけられたら……。

なんて、考えてしまう。


「今日は冷えるな……」


高梨はそっと、屋上を後にした。




『脳彗脊界で俺は{君}を救う』  完。

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脳彗脊界で俺は{君}を救う 伏見翔流 @Fushimi_Syouri

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