エピローグ

「それでは、全員が無事にそろったことと、春日井さくらさんの初仕事の成功を祝して、かんぱい!」


 課長の音頭で全員がグラスを掲げる。

 面食い討伐から数日、駅前の居酒屋でさくらの歓迎会が開かれていた。

 さくらはビールの入ったグラスを机に置く。そして、隣に座る男に問いかけた。


「それで、……なんで普通に混じってるんですか?」


「そりゃ、君の歓迎会だからね」


 ナナシはそう言って、ビールをすする。

 課長と一緒に店に現れた時は、驚いて声が出なかった。


「どうやって紛れ込んだんですか? 予約も通ってるみたいだし」


「ああ、課長とはよく話をするからね。最初から人数に入ってたんだよ」


 さくらは不思議そうな顔でナナシを見る。


「僕はね、誰にも覚えてもらえない代わりに、どこにしても不自然に思われない。

 課長はよく見る職員の一人、くらいで認識しているのさ」


「……私、まだ許してませんよ?」


 さくらはそう言ってビールに口をつけた。


「許さなくていい。ただ、僕は事件と関わることでしか、自分を保てない。誰からも認識されなければ、どこにもいないのと同じだ。

 ……けど、巻き込んだ人間は守るよ。命に代えてもね」


 ナナシはそう言って笑う。

 さくらが何も言えずにいると、天野が不機嫌な顔で歩いてきた。一瞬、ナナシに気づいたかと身構えたが、何も言わずにさくらの前に座る。


「新人、初仕事おつかれさま」

「天野先輩も、お疲れ様です」


 さくらは天野にビールを注ごうとして、彼が飲んでいるのがジュースであることに気づく。


「天野先輩は車ですか?」


「……いや、俺は」


 口ごもる天野に絡むように、志穂が背後から肩に手をかける。


「天野くんはね、お酒が飲めへんのよ」


 志穂はケラケラ笑いながら、言った。


「さくらちゃん、おつかれ~」

「志穂さん、この前はありがとうございました」


 さくらは志穂に頭を下げる。志穂は「気にせんでええよ」と手を振った。


「天野くんね、こんな見た目やけどお酒は飲めへんし、幽霊とかも苦手なんよ。意外やろ?」


 志穂の言葉に、さくらは「えっ?」と天野を見る。天野は、視線をそらしジュースの入ったグラスに口をつけた。


「この格好もね、剣を持って歩いとったら職質くらって、剣を隠すのにどうしたらええかって考えた結果なんよ。

 ギターケースと剣のサイズが同じくらいって気づいて……」


「余計な事、言うんじゃねぇよ」


 天野が志穂をこづく。志穂は「ごめんね」と笑いながら、ナナシの空になったグラスにビールを注ぐ。


「職員さんも、忙しいのに来てくれてありがとう」


「いや、僕も招待いただいて、ありがたいことです。よろしくお願いします」


 ナナシはそう言って頭を下げた。

 志穂も天野も、事件の直後はナナシに対して警戒心を強めていたのだが、本当にナナシのことを忘れているらしい。


「君だけが特殊だ。……君だけが、僕を覚えてられる」


 ナナシはそう言って、さくらを見つめる。


「その理由を、今は言えない。また、縁が交わる時があれば、その話をすることもあるだろう」


 ナナシはそう言って立ち上がり、課長のところへ歩いていった。

 ナナシを追いかけようとしたが、中津川が歩いてきたことにより、阻まれる。


「すまないね、春日井さん」

「……中津川さん、そんな顔でどうしたんですか?」


 中津川は眉間にしわを寄せながら、スマホの画面を見せる。


「このメールなんだけど、意味がわかるかい?」


 さくらはスマホの画面を見て、頷く。


『名前のない男に気をつけろ』


 送信エラーでさくらに送られなかったメールだ。


「中津川さん、そのメール送りなおしてもらえますか?」


 中津川は「わかった」と送信ボタンを押す。

 さくらはカバンからスマホを取り出し、画面を見た。待ち受け画面でコンがお神酒を飲んでいる。

 さくらはメールが届いたことを確認し、中津川に礼を言った。

 いつの間にか、ナナシの姿は消えている。

 なぜ、さくらだけが彼のことを覚えているのか分らない。いつか、彼のことを忘れることがあるかもしれない。

 けれど、このメールが彼のことを思い出させてくれる気がした。



 こうして、春日井さくら最初の事件は幕を閉じた。

 これから彼女は神格鑑定士として様々な事件に関わっていくことになる。

――けれど、それはまた別の物語。




面食い(ツラグイ/メンクイ)

等級:4級

属性:顔を隠す神

権能:対象に新たな姿をかぶせる


滋賀県H市周辺で確認された神格。

対象となった人間に強制的に仮面をかぶらせる能力を持つ。

仮面をかぶらされた人間は、記憶・感情などを吸い取られ、一時的に顔を失ったような状態になる。

仮面がなじむと新たな顔として形成され、以前の顔に関する記憶を失う。

権能によるものか、事件の調査資料やデータなどの改変も確認された。

権能の対象は人間だけでなく、あらゆるものの表面が該当するものと思われる。

データの改変が行われた理由に関しては、追加検証が必要である。

本体以外にも複数の仮面が目撃されており、吸い取られた記憶、感情、データは、仮面の複製に使用されるものと推測される。

顔が戻った被害者への追加調査から、記憶やデータの欠落等はなく、あくまで覆いかぶされたことが原因であることが判明している。

また、データが復元されたことにより、十年以上もの間、活動が隠蔽されていたことも発覚した。

神格鑑定士、天野霧人ならびに春日井さくらにより討伐されたため、これ以上の詳細は不明である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新人鑑定士 春日井さくらの調査記録 ~顔を奪うカミサマ~ @Philo4460

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画