第16話 ナナシ
さくらは割ったヒーローの仮面を駆け寄ってきた天野に手渡した。
「ちゃっちい面だな。こいつが、カミサマの本体だったのか?」
「そのようです。……使われた跡がないくらいにきれいで、誰かにかぶってほしかったのかな」
さくらのしおらしい声に、天野は「同情すんな」と鼻を鳴らして叱りつけた。
「こいつが本体だと気づいたのはなぜだ?」
「はい。割れてもない面が地面に転がっていたからです。
このお面が浮いているところを、私は見ていません。たぶん、最初に翁の面が現れた時に暗闇に浮かぶ翁の面に注意を引き付けて、自分はどこかに隠れていた。
先輩が面を割って落としているタイミングのどこかで地面に転がったんです」
さくらの言葉に、ナナシは「よく気づいたね」と感心したように目を開いた。
「天野先輩の技を避けたからです。
二回目のつぶては一回目とは同じ技だった。わざわざ散開して避ける必要がない。
なのに三回目はそらした。散開して避けれるのに、わざわざ盾を作って弾いた」
『なるほどねぇ。戦ってる天野くんじゃ気づけなかったわけか』
こっくりさんの言葉に、ナナシは頷く。
「僕も空に浮いている面は見ていたが、割れて地面に転がっている面までは注視できない。
さくらちゃんが、外側から戦闘を見ていたからこそ、気づけたわけだね」
ナナシとこっくりさんに褒められ、さくらは落ち着きなさそうに黒髪を撫でた。
天野はぶすっとした顔で剣を構える。
「和気あいあいとしているところ悪いが、……お前は何者だ」
天野は剣をナナシに向けた。
ナナシは両手を広げ、天野を見つめたまま後ろに下がる。
「怖い顔はよしてくれよ、天野くん」
「……新人をエサに使った。
戦闘中はかばっていたようだが、信用するには足りねぇな」
天野に敵意を向けられたナナシは、笑みを浮かべる。
「天野くんは変わらないね、臆病で慎重だ。だからこそ、生き残っている」
「問答するつもりはねぇ。お前の目的と、正体を答えろ」
凄む天野にナナシは笑みを崩さない。ポケットから折り紙を取り出すと地面に投げ捨てた。
「僕の武器は捨てる。だから、剣を向けるのはやめてくれ」
地面に落ちた折り紙を天野は剣でなぞり、引き裂く。
「お前は人間か? それとも、カミサマか?」
「一応は人間のつもりだよ。……まだ、ね」
ナナシはそう言いながら眉を下げた。への字に曲がった眉に、力ない笑みを浮かべる姿からは、危険な匂いを感じない。
天野は剣の切っ先を下げた。
「なぜ、新人を囮に使った」
「……彼女が事件を覚えていたからね。
カナエカナタを利用すれば、顔を取り戻されて腹をすかせた面食いが現れると思った。すべては事件を解決するためだ」
「そのためには、何をしてもいいんですか!」
さくらの抗議に、ナナシは頭を下げる。
「すまなかった。君に危害を加えるつもりはなかったし、顔も奪われる前に助けただろ? それで許してもらえないかな」
「……許せません。許していいのか、わからない」
さくらは顔を伏せ、首を振る。
その姿に、ナナシは小さな声で「すまない」と謝った。
「……顔を不条理に奪われた人が、いる。
自分が顔を奪われたことさえ忘れて、違和感を覚えながらも生きている人たちが。
君に尋ねたことだ。事件が発覚しなければ、記録が残っていなければ、放っておいてよかったんだろうか?」
「ずるい聞き方ですよ」
さくらはナナシと目を合わせることができない。
彼の顔を見たら、許してしまわざるをえなくなる気がした。
「……新人、お前が許そうと許すまいと、こいつには神格鑑定局に侵入した罪がある。悪いが、ここで拘束させてもらうぜ」
天野は再び剣をナナシに向ける。ナナシはポケットに手を入れて肩をすくめた。
「一応は、まだ神格鑑定士だからね。侵入罪にはあたらないと思うよ」
「言い訳は鑑定局でするんだな」
天野は切っ先をナナシに向けたまま、剣に力を込める。剣が白く輝きだした。
「天野くん、カナエカナタも、ツラグイも消えた。結界を維持する力は消えてる。
ここでそんな力を使えば、世界がはじけるよ?」
ナナシはそう言って笑う。
天野が「何?」と呟いた瞬間、世界が壊れた。
空が割れ、世界が割れ、ぼろぼろと崩れていく。そのまま逃げようとするナナシの袖をさくらが咄嗟につかむ。
まぶしい光につつまれた三人は、社の前の駐車場に立っていた。
「逃がしませんよ、ナナシさん」
「……しまったな。君の動きは予想外だ」
結界が崩れる瞬間を狙って逃げるつもりだったのだろう。ナナシは困った顔で袖をつかむさくらの髪を撫でた。
「大きくなったね。とても、強くなった」
愛おしむような顔で見つめるナナシに、さくらは違和感を覚える。記憶にないはずなのに、どこか懐かしさを感じる。
「さて、もう逃げられねぇぜ」
「……そうかな? 悪いけど、なりふりかまわず逃げさせてもらうよ」
ナナシはさくらを振りほどき、ポケットから取り出した小さなボールを天野に投げた。
天野は咄嗟にボールを切り払い、しまったと顔を歪める。
「くそっ、見えねえ」
剣を落とした天野は目元を押さえてしゃがみ、周囲を探るように手で探る。
「そいつの効果は君自身が志穂ちゃんで検証済みだろ?
じゃあね、天野くん、さくらちゃん。縁が合ったらまた会おう」
ナナシはポケットから蛇の形をした折り紙を取り出す。
「もう一枚持ってたんですか!」
驚いた顔叫ぶさくらに、ナナシは舌を出した。
「奥の手は隠しておくものさ。青龍!」
折り紙の蛇が巨大化し、竜へと変わる。
竜はナナシの身体を締め付けると空へと飛びあがった。煌々と照らす月へとナナシは飛び上がり消えていく。
何の武器も持たないさくらは、逃げていくナナシを見ていることしかできない。
さくらは片手で目元を押さえ、地面に座り込む天野に駆け寄った。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。……油断した。あいつは逃げたか?」
「ええ、……逃げられました」
さくらは天野に肩を貸し、コンに頼んでスマホで志穂へ連絡をとる。
志穂は最初こそ心配そうな声で話を聞いていたが、天野の現状を聞くと大笑いしだした。
『うちを実験台に使った罰があたったんや。さくらちゃん、とりあえず駐車場にいて。うちと中津川くんで迎えに行くわ』
さくらは、ほっとため息をつく。
『おっと、とりあえず、これだけは言っておかないとね。さくらちゃん、初仕事おつかれさま』
志穂の優しい声に、改めて事件が終わったのだと実感する。
さくらの頬に熱い涙がこぼれた。
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