ある山深い集落の伝説

をはち

ある山深い集落の伝説

飛騨山地の、豪雪と急峻な岩肌が支配する地に、古くから「船を祀る」集落があった。


その船は、一本の巨木を丸ごとくり抜いて造られた「刳舟(まるきぶね)」である。


板を組み合わせたものではなく、継ぎ目一つない、まるで生き物のような美しい舟だった。


村の掟により、男が妻を迎え、新たな家族を成した家には、必ず村からこの舟が贈られた。舟を授からぬ限り、家は成り立たないとされていた。


贈られた舟は、家の屋根裏の梁に固く結わえつけられる。夜が来れば、家族は必ずその舟の中で眠る決まりだった。


布団を敷き、舟底に身を横たえ、木の香りに包まれて眠る。幼い頃からそう教えられ、誰も疑問に思わなかった。


村に伝わる言い伝えによれば、遠い昔、この地の先祖たちは海を渡ってここへ辿り着いたという。


あるいは、はるか太古、この山岳地帯が海底であった名残りかもしれない。


エベレストの頂上で海の化石が見つかるように――だと村の古老は語ったが、真偽のほどは定かではなかった。


ただ、その舟は先祖の記憶そのものであり、決して失ってはならぬ神聖な守り神だった。


半年前、運命の夜が訪れた。前触れもなく大規模な山崩れが村を襲った。轟音とともに土石流が家々をのみ込み、木造の家屋は紙のように潰れ、流された。


村は一瞬にして壊滅した。しかし、奇跡が起きた。その夜も、すべての村民は屋根裏の舟の中で眠っていた。


家が崩落し、土石流に呑み込まれても、彼らは舟の中にいた。継ぎ目のない一本の巨木から削り出された舟は、驚くほど頑強だった。


激流の中で木片や岩に激しくぶつかりながらも、決して壊れず、まるで生まれたままの姿で流れを滑った。


村人たちは、暗い土石流の中で目を覚まし、舟にしがみつきながら叫び合った。やがて流れは緩やかになり、山の麓の広い河原へと彼らを運び出した。


朝日が昇る頃、舟から這い出した村民たちは、互いの無事を確かめ合い、呆然と立ち尽くした。村は失われた。だが、人は全員が助かった。


ただ一つの、古くからの風習が、彼らの命を救ったのだ。


今、麓の仮設の集落で、村民たちは新たな家を建て始めている。新しい家にも、やはり屋根裏に舟を吊るす。夜になると、家族は舟の中で眠る。


もう誰も、それを奇妙だとは思わない。意味も分からず守り続けてきた習慣が、知らず知らずのうちに我々の命を繋いでいたのかもしれない――


そんな静かな驚きが、今も彼らの血の中に、深く刻まれている。そして、我々の血の中にも――






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ある山深い集落の伝説 をはち @kaginoo8

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