ぬいぐるみ生産場ガイドブック 第二版
この話はたぶんフィクションである。
はじめに
「工業用」として大量生産され、市場に出回っている「量産型」のぬいぐるみたち。彼らはどこかに存在する「ぬいぐるみ生産場」で産まれ、商品用としての選別を受けたぬいぐるみなのだ。そんなぬいぐるみ達の故郷――「ぬいぐるみ生産場」について、一人でも多くのの方々へ知っていただきたい。そのような願いのもと、周知活動の一環として以下のようなガイドブックを作成した。貴方が持つぬいぐるみの故郷について、少しでも詳しく知っていただけたら幸いである。
生産場とは?
その名の通り、愛玩用のぬいぐるみを作るためにある施設。ぬいぐるみ達はみんなここで誕生する。
生産場には、ぬいぐるみを産んで育てる役割を担う「親ぬい」と施設全体の管理を主な仕事とし、ぬいぐるみ達のお世話も行う「召使ぬい」、そして出荷を待つ「子ぬい」達でそれぞれ構成されている。ぬいぐるみたちは例外なく、穏やかで優しい心の持ち主である。
ぬいぐるみの区分
・親ぬい
次世代のぬいぐるみを作って育てる役割を担う。我々のような部外者が「親ぬい」の姿を見ることはない。「親ぬい」には母型と父型が存在し、父型より母型のほうが圧倒的に多い。また、大量生産をクリアすべく親ぬい達の繁殖力は非常に高くなるよう進化してきた。基本的に同種の間のみで交配することを求められている。
①母型ぬいぐるみ(以下、母ぬい)
ぬいぐるみを出産し、大人になるまで育てる。妊娠期間は短く、着床から数日で出産する。産まれた子ぬいは母型の元で愛情をたっぷり受けてすくすく育つ。また、スキマ時間で後述する「おうち」をきれいにしたり、テリトリー内の雑用も行う。
②父型ぬいぐるみ(以下、父ぬい)
妊娠していない母型には積極的に交配を求め、妊娠中の母型に対しては流産や事故から全力で守る。特定の家を持たず、「同種の」母型が住むおうちを転々とする。しかし、タイプの違う母型と交配すること(雑種の誕生)がまれにある。
日中、おうちの外を手入れするサブの役割もある。生産場の中で最も個体数が少ない。
・子ぬい
まだ出荷されていないぬいぐるみ達の呼称。子ぬいの中には体が完成しきっており、出荷を間近に控えた成人のぬいぐるみも含まれる。出荷の時が来たぬいぐるみたちは親元を離れ、選別を受ける。ここで「美しさ・心の強さ」が特に秀でている子ぬいは良質な遺伝子を残すべく新たな「親ぬい」へ、雑種や規格外の子ぬいは「召使ぬい」へ、残った大多数の子ぬいは「商品用」へ分けられる。親ぬい以外のぬいぐるみ(商品用・召使)達は役割に応じて施術を受ける。
・商品用ぬいぐるみ(以下、商品用)
出荷後の選別・施術を終え、人間の世界に行くぬいぐるみ。彼らをより多く、より良質に輩出することがぬいぐるみ生産場の存在意義と言っても過言ではない。前述の通り、殆どのぬいぐるみたちは商品用となる。人間達の癒しとなることが彼らの使命であり、いつも主人の味方でいるよう心がけている。
選別を受けたぬいぐるみの中で唯一、親に二度と会えない個体でもある。
・召使いぬいぐるみ(以下、召使)
生産場の全体的な管理や他のぬいぐるみ達とのコミュニケーションに従事するぬいぐるみ達。出荷後、異種間で産まれた「雑種」と先天的または後天的な障害があったり、商品として成り立たないほど崩れていたりする純血種がここに選別される。
その仕事内容は出荷時の作業や生産場内のメンテナンス、子ぬいたちの遊び相手や親ぬいのケアなど多岐に渡る。また、実子と別れた親ぬいたちにとって庇護欲を刺激され、陰ながら大変可愛がられている。
その出自から人数は商品用よりもずっと少なく、これも召使たちの仕事が重労働である一因となっている。
生産場の構造
・繁殖区
大量の「おうち」が密集している。1軒のおうちにつき1体の母ぬいが住んでおり、産まれた子ぬい達は母と一緒に暮らし、親ぬいの愛情をたっぷり受けて育つ。父ぬいは特定の住処を持たず、母ぬいたちの住むおうちを転々とする。
また、雑種の産まれすぎを防ぐため、おうちは種ごとにまとめられており区間と区間の間はある程度閉鎖されている。特に、違うメーカー・違う界隈の境界は断絶されており関わりも殆ど起こさない。
・検品区
出荷を迎えたぬいぐるみを選別し、商品用と召使に施術を行い、更に商品用ぬいにさまざまな加工を施す区画。工房のような造りで、選別のために必要なスペースから施術に使う道具、出荷作業をサポートするからくり器械などが揃っている。繁殖区と人間界を隔てる区域でもある。
・再生墓地
生産場の外れにある、寿命を迎えて動かなくなったぬいぐるみを葬る場所。ぬいぐるみの遺体は召使たちによって丁寧に分解され、原料ごとに分別される。これらを再生可能資源として人間達と取引し、生産場に必要な物資を調達しているらしい。
「出荷の日」
文字通り子ぬい達の出荷及び選別が行われる日のことである。不定期だが一定のスパンでやってくるとされている。この日になると、おうちで待機していた「成人済みの子ぬい」たちは親との別れを告げ、検品区へ向かっていく。
召使たちは子ぬいたちの誘導・選別・施術・商品用への加工など数多の出荷作業に丸一日を費やす。元々召使たちは数がそこまで多くなく、総動員しなければこの膨大な作業は終わらない。そのためこの日は全ての日常業務がストップする。
・施術
施術とは、召使と商品用それぞれに行われる処置である。召使たちによって、一体一体へ心を込めて行われる。
召使となるぬいぐるみ達には、交配・出産の機能を失わせる手術を施す。規格外である召使たちの繁殖が進み、商品になれない子ぬいが増えるのを防ぐためである。また、手術によって召使の生殖能力を無くすだけでなく、繁殖欲を著しく減退させて業務に集中させる目的もある。
商品になる、言い換えれば人間の元に行くぬいぐるみ達は、「意識と体の繋がりを裁ち、そのまま心を体内に封じる」手術を施される。こうすることで、商品となったぬいぐるみたちは人間を怖がらせるこたなく「モノとして」大人しくしていることができるからだ。一方彼らの意識はその体の中にはっきりと存在し続け、寿命を迎えるその時まで人間界を見守る。そして……召使たちは手術を行う際、商品達の幸せを祈って「幻を見せる」お守りを封入している。例え辛いことがあったときでも、一度眠りにつけば故郷の幸せな「夢」が彼らを癒してくれると信じて。
ぬいぐるみ達の文化
交易
人間の元で癒しを与え、持ち主の心に寄り添うことがぬいぐるみの存在意義と言っても過言ではない。しかし、商品用のぬいぐるみが人間の世界へ向かうとき、受け取る人間達は「敬意」と「感謝」を込めてお礼を差し出す。それは、人間達が築いた知恵や豊かな教養、誇り高き文化の一部である。これらは物語・本・データファイルという形で生産場のぬいぐるみ全体へ供給される。子ぬいたちはたくさん学んで豊かな心の持ち主になるために、親ぬいたちは子ぬいへ色々なことを教えるために、召使たちは業務を円滑にするために、日々学習に対したいへん意欲的である。
これとは別で、人間と「ぬいぐるみ達の骸」を交換することでおうちや壁などの施設の材料・新しい布や綿、針に鋏などぬいぐるみ達の治療用品(殆どが人間界の余りもの)を輸入している。小さく、細かく分別するほどリサイクル資源としての価値は高くなる。大事な同胞たちの亡骸が、新しい原料や有機的な再利用など形を変えてこの世に必要とされ続けることを願って、召使たちは日頃から丁寧に、再生墓地に眠る仲間の骸を細かく分別している。
コミュニケーション
ぬいぐるみの母語はどの言語体系にも該当しない、独自の言葉だ。大まかな特徴として、人間には理解が難しい手段で意思疎通を行うことが可能だ。他にも、狭いコミュニティで生活している環境故に方言のくせが強い、といった特徴もある。同じコミュニティ内ですら通じないケースも存在するため、公用語として人間の言葉を用いているようだ。例として、資料や絵本、記録などは公用語が使われている。反対に、メモの走り書きや子ぬいたちの落書きなどは母語で書かれていることが多い。
子ぬいたちは例外なく、親と一緒に自分達の言葉と人間の言葉の両方を学んでいく。例え商品として人間の世界を渡り歩いても、幼少期に身につけた故郷の言葉は「誇り」としてぬいぐるみの魂に刻まれている。
名付け
ぬいぐるみ達の世界には、名前を付けてその名で呼ぶ文化が無い。生産場の環境がかなり閉鎖的であるため、わざわざ名前を用いずとも誰が誰であるかが分かるのである。その上
、広い範囲を行き来する召使たちは極めて個性的な形質を持つため名前がなくても十分伝わる。
おわりに
生産場や人間界でさまざまな役割を果たす「量産型の」ぬいぐるみ達。例えどの役職であっても、その役割が重要で尊く、過酷さを持ち合わせていると彼らは理解している。そこに上下関係や貴賤は無く、さらに言えばどんなぬいぐるみであっても心から大切にされるのは当然の権利だと、敢えて明文化せずとも共通認識でいられるわけだ。このようにして、生産場の秩序はぬいぐるみ全体の良心で保たれている。
尚、このガイドブックはあくまで人間から見た「ぬいぐるみ生産場」の概要であり、ぬいぐるみ達のリアルや彼らの生態について必ずしも正しいとは限らない。また、何しろ先行研究が一つもない状態で書き上げたため、信憑性に欠けているのも事実である。参考引用文献の欄が無いのも同じ理由だ。どうかご承知いただきたい。
ぬいぐるみ生産場ガイドブック 小此木恵太郎 @jigokunoteiou
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