『第4話 風車〜KICK IT OUT』
京都の街。
風車の屋台。
さわやかに吹き抜ける風。
赤、青、黄、緑、紫、桃色。
晴れ渡った秋空の下、並んだ鮮やかな色合いの風車が仲良く回っている。
赤い風車。
それを見て、以蔵は思いにふけっていた。
「以蔵、欲しいのか?」
屋台でクルクル回る風車に見とれていた髷を結った小さな侍の男の子。声をかけたのは、その男の子によく似た、侍の男。
「父上、買ってくれるの?」
男の子の問いかけに、侍はうなづいた。
男の子の顔に笑みがこぼれる。
侍はしゃがみ込み、男の子に尋ねた。
「どれがいい?」
男の子は、赤い風車を指差した。
「これがいい!」
肩車。
男の子を肩にのせ、侍は歩く。
男の子は風車に息を吹きかけた。
クルクルと赤い風車が回る。
「以蔵、大きくなったら、どんな男になりたい?」
侍は頭上の男の子にやさしく、尋ねた。
「おれは日本一の侍。
日本で一番強い剣士になりたいがぜよ!」
元気な声で男の子は答えた。
侍はその答えに、声を出して笑って、言った。
「なれるさ、以蔵なら」
「この赤い風車をくれ」
あまり身なりのよくない侍が屋台の主に言った。侍は1本の風車を買うと、それを懐に差した。
胸元で回る風車はどこか滑稽であり、愉快だった。
子どもへの土産か。
以蔵はそれを見て、その侍に好感を持った。
そこに奇妙な羽織をはおった集団が近寄ってきた。
袖口に山型のダンダラ模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織。
壬生の狼と恐れられた、江戸時代末期、京都治安維持のために結成された浪士隊。
新選組の隊士は5人。
赤地に白字で『誠』の字を染め抜き、羽織と同じようにダンダラ模様が入った隊旗。
隊士の1人がかかげる隊旗を見て、風車の侍はさけるようにクルリと方向を変えた。見るからに怪しい行動だった。
集団から、2人の隊士が駆け足で駆け寄り、侍の行く手を阻んだ。
「新選組である。
藩命と名を名のれ!」
隊士の呼びかけに、風車の侍は刀に手をかけた。
「わしは何もしちょらんじゃろう。
名のる言われもない!」
そう言い放ったが、刀に手をかけたのがまずかった。
「京を荒らす不逞浪士か!
屯所まで来てもらおう」
2人の隊士も刀を抜いた。
そして、以蔵は、風車の侍の土佐訛りに反応した。
隊旗を預かる者を残し、残る全員が刀を抜いた。
風車の侍も刀を抜こうとしたとき、以蔵は刀を鞘から少し抜き、それを戻して、音を立てた。
「
誰彼かまわず牙を剥くな」
以蔵の行動、言動は隊士たちを逆なでした。
隊士たちは以蔵にも刀を向けた。
「きさまも、この者の仲間か?」
隊士の1人が以蔵に言った。
「いや、仲間ちゅうわけじゃないが、同郷のよしみじゃ」
以蔵はそう言って、風車の侍に顔を向け、行けとばかりに首を後ろに振った。
「······かたじけない」
風車の侍は余程後ろめたいことがあるのか、そう言い残し、足早にその場を去った。
「あ! 待て!!」
隊士が、風車の侍を追おうとした。
爆発。
急に大きな音がした。
以蔵が懐から出した拳銃を空に向け、発砲したのだった。
銃声を聞き、辺りにいた町人、そして、風車の屋台の主は小さな悲鳴を上げ、逃げ出した。
「この鉄砲は、ある偉いお人の護衛をしたときにいただいたものじゃ。
後、5発ある。
ちょうどおまんらの人数と同じじゃ。
この弾はえろう足が速いぜよ」
以蔵は、新選組の隊士たちに銃口を向けた。以蔵が手にしている拳銃はフランス製のルフォシュー。回転式弾倉の6連発。幕末当時のフランスは、徳川幕府を支援していた。幕臣・勝 海舟にもらったものだった。
「もはや、剣など流行らん。
コレの前では無力じゃ。
無駄に命を落とすことはない。
引け!
周りにも人はおらん。
新選組の評判を落とすこともない」
そう言って牽制する以蔵に、隊士の1人が怯むことなく、一歩前に出た。
「そうは言っても、
あなたも武士だ。
そのお腰のもの、かなりの業物とお見受けする」
その隊士は、身長が大きく、その集団の中では一番若く見えた。少年と言っても妥当な、幼く見える顔をしていた。
以蔵はチラリと自分の腰の朱塗りの鞘に収まった2本差を見た。若い隊士が持っている刀。陽の光を受けて輝くその刃文。その方が余程の業物に見えた。
「わたしは新選組一番隊組長、
そして、この刀は、
あなたも武士なのであれば、この名刀と戦ってみたいと思いませんか?
その無粋なものは、やめましょう。
わたしたちも、京の街を守る誇りと、自負がある。
そう安々と引くわけにはいかない。
しかし、その拳銃に怯むことなく立ち向かい、あなたを討ち取るのも、骨が折れる。
······わたしと勝負しませんか?」
若い隊士はあの有名な沖田総司だった。
「一騎討ちか?」
以蔵が問いかけ、沖田が答えた。
「はい、あなたが勝負に勝てば、残りの者は一切手出ししません」
以蔵が懐に拳銃をしまった。
「おもしろい。
おれも無益な殺生はしとうない。
······おれは今まで、ジャマなものは排除してきた。
それは、これからも変わらない。
ぶっ壊して、前に進む」
以蔵はそう言って、刀を抜いた。
「あなたのお名前は?」
沖田が尋ね、以蔵が答えた。
「岡田 以蔵」
周りの隊士たちがざわつく。
「あなたが、あの“ 人斬り以蔵 “」
沖田のその言葉には、名刀を愛でるような響きがあった。
以蔵が言い放った。
「いや、ただの以蔵ぜよ」
沖田は以蔵の刀が放つ光に魅せられた。
「その御刀は?」
「
岡田以蔵の刀は、坂本 竜馬の兄、権平が以蔵に贈ったもの。
坂本 権平秘蔵の刀。
秀でた刀工、初代肥前忠広の作。優れた刀剣の中では、最上級ランクにされる最上大業物であった。
それを聞き、沖田はほくそ笑んだ。
「相手に不足なし」
沖田の刀、菊一文字則宗。この刀も現在で言えば、国宝級の業物であった。
「全員、刀を収めよ。
これより、一騎討ち。
一切、手出し無用!!」
沖田の命令に、他の隊士が従った。
沖田と以蔵。お互い、間合いを計りながら、徐々に近づく。
沖田は中段よりやや低めに構えていた。以蔵は攻守に優れた八相の構えをとった。刀を立てて頭の右手側に寄せ、左足を前に出して構える、野球のバッティングフォームに似た構え方。
以蔵が沖田に話しかけた。
まるで、世間話でもするかのように軽い口調で。
「なあ、今まで、何人の人を斬った?」
以蔵の問いかけを聞き、沖田が答える。沖田の声もまた、戦いの最中とは思えないほど、落ちついていた。
「さあ、数えたことありません」
「おれもだ。
今まで、おれは、人を斬ることで、自分というモノを証明していた」
「······後悔なさっているのですか?」
「ああ、正直、後悔している」
「けれど、あなたは、まだ、刀を捨てていない」
「まだ、必要なんだよ、コレが」
以蔵はつかんでいた右手を一度離し、柄を握り直した。
「······何のために?」
以蔵は笑った。自分自身を嘲笑するかのように。
「何のため?
ソレは、自分の思いを押し通すためにさ」
以蔵の返答を聞き、沖田も笑った。沖田は思った。目の前の男、自分に似ていると。
沖田が動いた。
大きな踏み込み。
突き。
その突きは一度の踏み込みで、一つ、二つ、三つと素早く鋭い突きが三度放たれた。
俗に言われる、沖田の三段突き。
以蔵は後ろに引きながら、一つ、二つ、それを左右にかわす。
三つ目を後ろに踏み込み、跳んで後退しながら避け、沖田が伸び切ったのを察知すると、八相の構えから水平に刀を振りかぶり、瞬時に振り切った。
水平にではなく、軌道を変え、振り下ろす。
菊一文字の峰を、肥前忠広が襲う。
菊一文字の刃は中ほどで折れ、その切先は回転しながら飛び、地面に突き刺さった。
日本刀は、刃の部分が焼き入れされており、反りが深く強度が高い。峰には焼きが無いので、峰側からの衝撃には弱い。
一閃。
岡田 以蔵、肥前忠広は、
沖田 総司、菊一文字則宗に
わずか一振りで勝利した。
刀を収めた以蔵。
振り返って反対方向を行くわけでもなく、新選組の集団の中を突っ切るように歩き出す。
他の隊士が刀を抜こうとした様子を感じて、沖田が叫んだ。
「武士の一騎討ち、
勝負はついた。
手出し無用!!!」
立ち去る以蔵を隊士たちは見送った。
菊一文字の残骸を見つめる沖田に隊士の1人が声をかけた。
「菊一文字が折れるなんて······」
すると、沖田は答えた。
「······折れたのではない。
斬られたのだ······」
その切先は乱れたり、欠けたものではなかった。
真っ直ぐに切れていた。
了
『金打』【ディレクターズプラス✏️➕️】 宮本 賢治 @4030965
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