〈おじいさん〉

小林鶏男

〈おじいさん〉

 あー、そういうヤベえ奴いますよねー。

 直接なんかしてくるわけじゃないけど、なんかね、子供がいると寄ってくる奴。ぜんぜん知り合いでもなんでもないのに。

 ねー。なんか馴れ馴れしく話しかけてきたりね。子供と一緒に道歩いてると。

 抱かせてーとか言ってきたり。抱かせるわけねえだろ知らん奴に、落っことしたらどうすんだって。

 昭和平成じゃねえんだ、今そういうのセンシティヴだろ、って。

 なんですかねあれ、距離感バグってるってか、オジとかオバとかに多いですよね。

 あ、オジオバっていうか、ジジババかな。なんかそんな。

 

 ……そうそうそう、あ、今なんか急に思い出したんですけど。

 小学校のときの話していいですか?

 わたし小四のときに親が離婚して。

 それで川崎のほうからママの実家に引っ越したんですね。●●の××ってとこ。わかります?

 知らないですよね。マジなんもないってか、特徴のないただの田舎なんで。観光地でもなくて。

 わたしが引っ越した頃に確か人口が一万人切ったんですよ。

 海岸沿いに細長く人が住んでる地域があって、そんで後ろはすぐに山なんですよ。

 学校も小さくて。全校生徒、200人もいなかったんじゃなかったかな。

 そう、一学年にクラスがひとつずつしかない感じで。ヤバくないですか?

 あヤバくはないか。そですよね。すみません。

 

 でー。

 その小学校に、ときどき変な人が入ってくるんですよ。授業中とか放課後に。

 さすがに校舎の中にまでは入ってこないんですけど。校庭とか、あと下駄箱あるとこの外あたりとかまで。

 ただ突っ立ってるだけなんですけどね。声かけ事案とかではなくて。

 なんか気が付くとそこにいるんですよ。

 授業中とか、ちょっと飽きて窓の外見るじゃないですか、グラウンドのほうとか。

 そうすると、そこに立ってるんですよ。立って、なんかこっち見てる。

 見てるというか……見てる気がする。

 そいつね、マスク被ってるんです。目のとこだけ穴が空いた、顔全体をすっぽり覆うマスク。

 だから表情とかよくわかんなくて。どこ見てんのかってのも。

 ん? スケキヨ? あーそれはちょっと知らないですね。

 あーゴムのマスクで、はいはいはいこれ見たことあります。あ、なるほどですねー。

 うーんでもちょっとこれとは違くて、マスクがねー、もっと真っ白くて、なんかひび割れみたいに皺が入ってる、古い感じで。

 髪の毛も付いてました。

 茶色でボサボサした……茶髪っていうか、ほら、白髪の人が染めてるブラウン系の感じで。

 そう、それでみんな、そいつのこと〈おじいさん〉って呼んでたんですよ。

 ジジイにしてはガタイ良くて、自動車整備士の人みたいなツナギ着てたんで、わたしはあんまり〈おじいさん〉って感じはしなかったんですけど。


 そんなヤベえ奴、学校に入ってきたら大騒ぎになりますよね普通?

 昭和だとそういうの日常だったかもしんないですけど。

 え、そんなことないですか? でも野良犬とかよく入ってきてたんでしょ? あ、さすがに人は。そうなんだ。すみません。

 あー、ま、とにかく。

 なんかね、〈おじいさん〉が入ってきてもみんなぜんぜん騒いだりしないんですよ。ぜんぜん普通。

 先生とかもなんかふーんみたいな。スルー。

 わたし最初びっくりしちゃって。〈おじいさん〉見たとき。引っ越してきてすぐの頃。

 え、ヤバ、変質者いるよ、先生グラウンドに男の人のヘンタイがいます! って授業中に手挙げて大声で。

 そしたらみんななんか、あーみたいな。はいはいみたいな。なんか微妙な……しかたないなあみたいな空気で。

 先生が、女のおばさんの先生だったんだけど、なんかこう、「寄り添う」みたいなバイブス出してきて、そうだよね、あなた引っ越してきたばかりだからわかんないよね、って。

 あれは大丈夫。〈おじいさん〉だから、って。

 わたしえっ? て。

 なにそれ? って。

 何も言えなくなっちゃって。それでそのまま、授業続行。

 

 そう、日常。

 みんな〈おじいさん〉がときどき学校に入ってくるのを受け入れてるっていうか、まあ「良いこと」だと思ってるわけじゃなくて、なんならうっすらキモいよねくらいな空気はあったけど、でもしかたないじゃんみたいな。

 あんま近付くのはよくないよ、こっちから声かけたりとかはダメだよ、なるべく無視するんだよ、くらいの距離感ていうか。

 あ、別に直接みんなからそう注意されたわけじゃないですよ。なんかこう、雰囲気、空気感、そういうので。

 昼休みに〈おじいさん〉来てると次の日は雨になるとか。下校のときに〈おじいさん〉見ると宿題を忘れるとか。

 なんかそういうジンクスみたいのもあったりして。

 なんだその扱い、って。

 わっけわかんないですよね?

 

 それでわたし、引っ越してきたばかりだし、まあ子供ですしね、そういうもんなのか、ここってそういう感じなのか、うーんって。

 子供心に無理やり納得して、郷に入れば郷に従うべきかーって。しばらくは。

 思ってたんですけど、いやー、無理! それは無理でしょこんなん絶対変だしってなって。

 ママに言ったんですよ。ねえ聞いて学校に変なマスク被った人がときどき入ってくるんだけどさあって。ヤバいよね? って。

 そしたらママ、あーはいはいって。〈おじいさん〉でしょ?

 わたしまたえっ? って。ママ知ってるの?

 うん、私が小学生のときにも来てたよ〈おじいさん〉。そっかまだ来てるんだ。

 えママのときからいたの? えそれって何年前? すごい昔からいるってこと?

 すごい昔ってあんた。せいぜい二十年くらい前でしょ。

 すごい昔じゃん!

 昔とか言うなって。ねえお母さん、〈おじいさん〉ってまだいるの? あのマスクかぶった。

 ってお祖母ちゃん呼んだら、ああ〈おじいさん〉? いたねそんなのも。あんたが小学校卒業してからは特に話題になったこともないけど、まだいてもおかしくないんじゃない? へえ懐かしいね。

 みたいなこと言うの。やっぱぜんぜん日常で、えーじゃあこの街ではそういうことになってるのか、そんな昔からそうなのかって。

 学校の子だけじゃなくてさ、家の人、ママとかお祖母ちゃんにそういう感じで言われちゃったら、そっかーそうなんだ、わたしのほうが気にしすぎなのかって思うしかないでしょ? やっぱ子供ですし。

 だからちゃんと聞いたんですよ。

 〈おじいさん〉、なんか病気とか怪我の関係でマスク被ってたり、いろいろ何かの理由があって、なんか学校にこだわりがあるとか、そういう感じなの? って。

 だとしたら怖がったりキモがったりするのってすごく失礼じゃないですか。わたしそういうの絶対嫌だし。

 そしたらママ、うんそういうのじゃないのよ、あんま気にしなくていいけど、話しかけたりついてったりはしないでね、って。

 お祖母ちゃんは、学校以外で見ることはないだろうけど、ときどき浜のほうで見るって話も昔はあったから、海に行くときは一人で出かけちゃダメだよ、必ずお母さんかお祖母ちゃんと一緒に行こうね、って。

 なんか――なんだろう。

 濁された、っていうか。

 

 そのあとわたし、小六のときに家が火事で全焼して、ママもお祖母ちゃんもそれで死んじゃったんですよ。

 それでパパのほうに引き取られたんで、〈おじいさん〉のこととかずっと思い出すこともなかったんですけど。

 あ、大丈夫ですよもう昔のことなんで。パパの新しい奥さんとは最初仲悪かったですけどね。今はもうシスターフッドですよなんか若作りで話も合うんで。


 そうそうそう、それで。

 『デッド・バイ・デイライト』ってゲームわかります? ネットで対戦する、鬼ごっこみたいなゲームなんですけど。

 コロナのとき、外出しちゃダメってなったじゃないですか。店も休業してるし。

 暇だ、やることねえーってなってるときに彼氏に、前の旦那ですけど、一緒にやろうぜって勧められてハマったんですよ。

 そんなにゲーム得意じゃなかったんですけど、これは基本、鬼ごっこだから、みんなでやると超盛り上がるんですよね。

 ホラー映画みたいな世界観になってて、キラー、殺人鬼が一人いて、これが鬼の役。その他の四人がサバイバーっていって、キラーから逃げるために協力して頑張るんですよ。

 でね、キラーはゲームオリジナルのやつが何体かいるんですけど、ときどき本当のホラー映画とコラボしたりするんですね。その映画に出てくる殺人鬼がゲームにも出てくる。

 わたし映画詳しくないからあまりわからないんですけど。あ、でも貞子が出てきたときは笑った。

 それで……その映画コラボのキラーの中に、「シェイプ」ってやつがいて。

 これがね、まんま〈おじいさん〉なんですよ!

 白いマスク被って、目のとこだけ穴空いてて、ぽやぽやした髪の毛が生えてて、ツナギ着て超デカい包丁持って立ってるの。

 あ、〈おじいさん〉は包丁持ってなかったですけど、他はそっくり。

 それまで忘れてたけど「シェイプ」見たらグワーッて記憶よみがえってきて。

 え、これ〈おじいさん〉じゃん! なにゆえ!? ってなって、ゲームでフレンドになったホラー映画詳しい子に聞いたんですね。

 そしたら、これは『ハロウィン』っていうホラー映画とのコラボだよって教えてくれて。

 この「シェイプ」っていうのは、本名がマイケルなんちゃらってやつで、そっちの名前で検索したほうがいっぱい画像とか出てくるよって言うから、画像検索したらほんとずらーって、〈おじいさん〉そっくりの写真がいっぱい出てきて。

 これかー。あれ『ハロウィン』のマイケルのコスプレだったんかーって。

 えーまさにハロウィンのコスプレ、超先取りしてたんじゃん日本で、昔からあんなかっこうして。

 なんかフフッって。ね。そんで聞いたんですよ。

 えその『ハロウィン』っていつ頃の映画?

 あー最初の、一作目は70年代末……78年だね。

 すごい昔だね。いやさ、昔このマイケルのコスプレした変なやつ学校に入ってきたことあって小学生のとき。

 うっそヤベぇ奴じゃん。ライン越え害悪オタだ。

 ね。みんなからは〈おじいさん〉って呼ばれてたんだけど。

 ん、なに?

 〈おじいさん〉。

 おじーさん? 「ブギーマン」じゃなく? それ聞き間違いじゃない?

 なにブギーマンって?

 ブギーマンって別名もあるんだよ、マイケルは。昔からのホラーファンはそう言うこともある。これはね、映画の中でそう呼ばれたってこともあるんだけど、シリーズの二作目『ハロウィンⅡ』が最初に日本で上映されたときに『ブギーマン』っていう日本オリジナルのタイトルで公開されたっていうのもあって、オールドファンはマイケル=ブギーマンって言うことがあるね。そのあとビデオになったときには『ハロウィンⅡ』に改題されるんだけど。

 え、めっちゃ早口になるじゃんってビビったんだけど、そうするとあれは〈おじいさん〉じゃなくてみんなブギーマンって言ってたのかな? いやー子供の頃の記憶だけど〈おじいさん〉だと思うけどなあって。

 そのさー、『ブギーマン』? 『ハロウィンⅡ』ってのは何年に公開されたの?

 えとね、あー1981年だね。




 81年だと、そっからブギーマンのコスプレしてたとしたら、わたしが小学生の頃にはもう30年以上やってたことになりますよね。

 じゃあやっぱり、もうおじいさんなんじゃないかな、って。

 わたし思ったんですよね。

 まだ来てるのかな、ブギーマン。

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