新時代への挑戦

レッドハーブ

新時代への挑戦

夜十二時――。


天井の高いゲームセンターの照明が

落とされた。数十台の筐体きょうたいから一斉に

排熱ファンの音が消える……。


さっきまで耳をつんざく電子音の濁流だくりゅう

ウソのように消え去り、重苦しいまでの静寂せいじゃくがスタジオを支配した。


「よし!闘いのカンは取り戻したぜ!」


赤い道着の男はイスに腰を下ろした。

となりでは、白い道着をまとった男が、

拳を保護する赤いグローブをゆっくりと

解いていた。


「最近は忙しくなった」

「お互いにな」

「しっかし、なつかしいなこの道着も!」

「最後のお客さんは古参プレイヤーだったんだろう」

「むかしの衣装も用意してるとは

運営メーカーいきだよな!」


二人は顔を見合わせ、微かに笑った。


それは、気の遠くなるような歳月を、

共に駆け抜けた戦友だけが

理解できる微笑だった。


「それにしても時代の進化はスゴイな」


白い道着の男が立ち上がり、

暗転したモニターに自分の姿を映した。


そこには数え切れないほどの演算と

ポリゴンによって構成された一人の

【人間】がいた。


「画面の向こうからはオレたちが鮮明に

見えてるってよ」

「むかしはカクカクだったのにな」

「ああ。動きも、見た目グラフィックもな」


二人は笑い合った。


遠いむかし――

ただの数ドットのかたまりだった彼ら……。

今では毛穴の奥から流れる汗まで

表現されるようになった。


ふと、赤い男が店内の隅に

闇に沈んだ古い筐体に視線をやった。


「むかしのブームが忘れられないよな」

栄枯盛衰えいこせいすい……わかっていても、な」

「店内の隅でホコリを被っていた筐体。

対戦相手もいなかった日々だった」

「あの頃は、この業界も終わると思った」

「だが、また火がついた」

「今度は世界中でな」


ブームの火が消え、訪れた冬の時代……。


彼らは暗い基板の中で、ただ誰かがコインを投入する音を待っていた。


そしてここ2、3年……。

また小さな火がついた。


今度はゲームセンターの中だけではなく、

インターネットという回線を通じて、

世界中で。


「むかしは、対戦相手を求めて飛行機に

乗っていたのがウソのようだ」

「シュゥゥゥン、ジャペーン!ってな!」

「そうだった、なつかしい……」


かつては物理的な距離を超えなければ、

出会えなかった強敵たちが、

今は光回線の向こう側で

0.1秒単位で火花を散らしている。


「インターネットさまさまだ」

「だが、それだけじゃない」

「やはり、新システムのおかげなのか?」

「おそらく……な」


赤い男は深くうなずき、

白い男は首をかしげた。


「最近はボタン一つで技が出せる。

それは、強くなるための過程を省略しずきていないか? どうにも違和感が……」

「いや、業界が息を吹き返すためには仕方がないさ。あのシステムがなければ、この盛り上がりはなかった」

「そ、そうか……」

「オレは運営の判断は英断だったと思う。時代は変われば、システムも変わる。その中でまた真摯しんしに向き合うしかない」

「柔軟な考え方だ。オレにはできない」

「格闘家にも必要さ。柔軟な考え方はな」

「むぅ……」

「価値観もアップデートしなきゃな。

だれでも登れる登山道を作らなきゃ、

山そのものが風化して消えてしまう。

車もMTマニュアルのあとにATオートマが主流になっただろ?時代の流れさ。受け入れるしかない」

「新しいことも受け入れる。それでいて、偏らない中性的な考え方、【中道】だな」

「そうそう」


最後には白い男の肩を叩いて笑う。


「だがな、これは一般人としての意見だ。同じ格闘家としては……友人としては――お前には生涯、そのストイックさを

貫いてほしいんだ」

「買い被りすぎだ……」

「買い被りなんかしゃないさ。人生を賭けて一つのことに徹底的に向き合う。なかなかできることじゃないぜ?」


白い男の肩に手を置いた。


「おまえは、揺るがずにいてくれ。

オレの原点だからな……」


白い男は、自分の拳を見つめた。

数え切れないほどの対戦でできたキズ跡。


拳を交えた強者たちの姿がよぎった。


炎使いの高校生、

漆黒の道着をまとった血気盛んな格闘家、

異世界の剣士たち、

赤い帽子をかぶった配管工、

そしてアメリカンヒーローズ……。


彼らとの死闘コラボレーションがあったからこそ、この業界は孤立をまぬがれ、今につながっている。


語ればキリがない、キズだらけの拳……。

しかし、そのキズこそが……

彼が歩んできたストリートそのものだった。

そのキズ一つ一つは彼の勲章くんしょうで歴史だ。


パチッ!


音とともに店内が明るくなった。


「おいおい、もうそんな時間か?」

「積もる話は時間を忘れる……」


その瞬間、二人の男の顔つきが変わった。

その表情は、たくましく……力強い。

数多の困難を跳ね返し、何度負けても立ち上がってきた不屈の格闘家たちの表情だ。


「時代が変わっても、システムが変わってもオレのやることは変わらない……!」


白い男はハチマキを締め直した。


それはかつて――


赤い男ライバルがくれた気合いのハチマキだ。


「オレは……

オレより強いヤツに会いにゆく!」


バチッ!


店内の全てのモニターに灯がともった。

色鮮やかな『6』のロゴが踊り、

世界中のプレイヤーたちの熱気が、

二人の肌を震わせる。


2人は互いのこぶしを合わせ……


まばゆいライトの下へ歩き出す。


1フレームのすきを突き、

魂を乗せた一撃を放つため。


拳を合わせ続けた二人の物語は、

新しい世代を巻き込んで、

今ふたたび、爆発するように始まった。

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