第2話
丘の頂上から見える世界は、まだ確定していない。
大聖堂と、逆さまのスフィンクス。
その周囲では、建造物が生まれては消え、消えてはまた現れる。
形成されているのではない。
修正され続けている。
建物の間を走るハイウェイは、根のように絡み合い、途中で空へ向かい、あるいは鋭く収束して塔へと変わる。
そのどれもが目的を持たず、結果だけを成立させていた。
――その外縁。
都市の境界には、巨大な構造体が並んでいる。
重機に似ている。
だが用途は判別できない。
多脚型、球体型、長大なアームを持つもの。
見覚えのある構造が、一つもない。
ただ一つ共通しているのは、それらが都市の変化と同期していることだった。
動いた瞬間、周囲の構造が変わる。
掘削ではない。
建設でもない。
――最初からそうだった形へと補正される。
エリアスは丘を下る。
足元はまだ未定義の地形だ。
砂とも岩ともつかない粒子が、不安定に固まっている。
一歩踏み出すたび、地面がわずかに“確定する”。
その先。
巨大な影が、進行方向を塞ぐ。
数十メートルはある重機型の個体。
長いアームを持ち、外縁の地形そのものに触れながら、ゆっくりと動いている。
ゴォ……ン……
低い振動。
音ではない。
空間そのものが、わずかに圧縮される。
エリアスの呼吸が浅くなる。
一歩、踏み出す。
ドクン。
防護服の内側で、自分の鼓動がはっきりと響く。
重機のすぐ脇を通る。
近い。
視界を埋めるほどの質量。
外装は金属に見えるが、焦点を合わせるたびに微妙に揺らぐ。
硬さと柔らかさが、同時に存在している。
重機のアームが、わずかに持ち上がる。
その瞬間、地形が変わる。
地面が削られるのではない。
持ち上がるのでもない。
ただ、そこに“通路があったことになる”。
エリアスはその縁を歩く。
ドクン。ドクン。
心拍が早まる。
その時。
重機の動きが止まる。
エリアスの足も止まる。
ドクン。
一拍、強く心臓が跳ねる。
本体中央の構造が、ゆっくりと歪む。
圧縮され、引き延ばされ、形を“探す”ように揺れる。
やめろ、と喉まで出かかるが声にはならない。
輪郭が収束する。
――人の顔。
完全ではない。
目の位置がわずかにずれ、口の形も歪んでいる。
だが、確実に“こちらを見ている”。
呼吸が止まる。
喉が渇く。
視線を逸らせばいいと分かっている。
だが、逸らせない。
見られている。
ただ、見られている。
“人として認識されている”という事実だけが、異様に重い。
ドクン。
ドクン。
鼓動が加速する。
重機の顔は動かない。
瞬きもない。
ただ、そこにある。
時間の感覚がずれる。
数秒だったのか、それとも――
ゴォ……ン……
低い振動。
顔が、崩れる。
構造体へと戻る。
重機は再び動き出す。
何事もなかったかのように、地形が補正される。
通路が確定する。
それで終わりだった。
エリアスは、ゆっくりと息を吐く。
肺の奥に溜まっていた空気が、一気に抜ける。
恐らく、敵ではない。
だが、理解と恐怖は別だ。
ここでは、“見る”という行為そのものが干渉になる。
少し冷静になり、ふと視線を落とす。
足元を、無数の小型機が行き交っている。
手のひらから人の胴体ほどの大きさ。
巨大な重機と同じ構造を持ちながら、簡略化されている。
赤、青、白。
色を高速で点滅させながら、忙しなく動き続けている。
互いにぶつからない。
だが整列もしていない。
わずかな差分を埋めるように、それぞれが配置されていく。
さらに小さい一体がエリアスの足元で止まる。
関節の数が少なく、動きがわずかにぎこちない。
幼い動きに見える。
それが、エリアスを見上げる。
正確には、視線を合わせるように形を変える。
一歩、近づく。
止まる。
また一歩、近づく。
ついてこようとしている。
エリアスは何も言わない。
歩く。
小さな個体は、少し遅れて動く。
だが数歩進んだところで、別の小型機と接触する。
色が激しく点滅する。
次の瞬間、方向を変える。
別の作業へと組み込まれていった。
ゴォォ……ン……
再び圧力。
空間が縮む。
遠かったはずの距離が、いつの間にか近い。
道は存在しない。
だが進むたびに、“通れる形”に収束していく。
阻まれない。
導かれているわけでもない。
気づけば、通過している。
エリアスは歩き続ける。
その先ーー
白い構造物が見えた。
球体に近い、滑らかな曲面。
傷が少ない。
歪みがない。
この都市の中で、明らかに異質だった。
補正の痕跡がない。
作り直されてもいない。
――完成している。
エリアスは足を止める。
目を細める。
表面の質感。
接合部の規則性。
素材の均一性。
これは、この都市の生成物ではない。
人間の設計だ。
人間が意図して閉じた構造。
外界から切り離すための形。
「……ホワイト・ドーム」
事前情報と、目の前の現実が一致する。
かつて、この地の浄化と管理に関わった人間が築いた区域。
例外的に、AIの補正から独立した領域。
この都市の中で――
人間の論理が残っている場所。
エリアスは視線を固定する。
あそこだけが違う。
あそこに向かうべきだ。
ゴォ……ン……
背後で振動が続く。
都市はまだ拡張している。
振り返らない。
前に進む。
目の前の世界が切り替わる。
気づいたときには、白く高い外壁が目前にあった。
そこだけが、静止している。
それだけで十分だった。
エリアスは、前へ進む。
ポストアポカリプス的な世界で少女AIと都市観光する もがちゃん @mogamogagamo
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