ポストアポカリプス的な世界で少女AIと都市観光する

もがちゃん

第1話


黒い荒野を、防護服に包まれた男が歩いていた。

ブーツが地面を踏むたび、甲高い電子音が鳴る。

背中の空気清浄ユニットが低く唸りを上げ、ガスマスクの視界の端で汚染レベルを示す数値がゆっくりと点滅していた。

エリアス・マーサーは、草一本生えていない丘の斜面をゆっくりと登り始めた。

すると、大地が震えた。ゴゥン……ゴゥン……と、遠くで巨大な機械が動き出すような重低音。

かと思えば、一変してけたたましいアラーム音が響く。

さらにその直後には不協和音のチャイムが鳴る。

全ての言語が混ざった、案内放送のような音も途切れ途切れに聞こえる。


E.C.U.にノイズが走った。

『──ミスター・エリアス。聞こえますか?』

「こちらエリアス・マーサー。どうした」

本部のオペレーターから通信が入った。声色は女性であることを示している。


『その丘を越えると、対象の影響圏内に入ります。これ以上の接近は通信がジャミングされる可能性があります』

「了解」

『……最後の通信になるかもしれません。本任務の対象について、最終確認をしますか?』

エリアスは丘の斜面に腰を下ろし、重い息を吐いた。


「頼む」


『本任務の対象は、元々汚染区域浄化を目的とし数百年前に建造された自律型汚染浄化都市機構そのものです。第四次大戦中の核攻撃により』

「長い。もっと分かりやすくしてくれ」

『簡潔に言うと……AI都市が暴走を始めました。あなたの任務は、その原因の調査です。可能であれば、暴走原因の排除と、人類復興に繋がる技術情報を持ち帰ること』

「了解した。……まさか志願したのが俺だけだったとはな」

『仕方ありません。人類はもう、昔の百万分の一にまで減っています』

エリアスは小さく鼻で笑った。

「数の話じゃない。今更何をしても無駄だと、みんな理解してるってことだ」


短い沈黙の後、オペレーターが静かに聞いた。

『……貴方は、何故志願したのですか?』

「天国で待ってる奴がいるんだよ。早くこのクソみたいな世界とおさらばしたいのさ」

『……失礼しました。聞くべきではありませんでした』

「いや、大丈夫だ。それに、大統領には恩もある」

『人類の復興への多大なる貢献になるでしょう。ミスター・エリアス。貴方には尊敬と感謝を』

「⋯あんたも真面目だね」

『お互い様です。ミスター・エリアス』

その声は、ノイズ混じりなのに、やけに近くに感じた。


『では改めて、ミスター・エリアス。この丘を越えるとAI都市外郭にはいります。外郭は現在、ザザザ⋯複数の巨大重⋯ザザザ』


突如、通信が崩れた。

声が引き伸ばされ、沈み、形を失う。


心臓の拍が一瞬抜ける。

全身の内側から、説明のつかない恐怖が滲み出す。


男とも女ともつかない、複数の声が重なり合う。


『ザザザ……せい……じょう……か……こ……こ……か……い……』


次の瞬間、耳を裂くような爆音が走った。

「ッ──!」


エリアスは反射的に通信を切断した。

心臓が暴れ、呼吸が詰まる。

無意識のうちにガスマスクの酸素供給を何度も操作する。


「っ……ハァ……ッ、ハッ……!」


ようやく空気が肺に入った。

「なんだ今の……クソが……!」


知ってる言葉じゃない。

そもそも言語ですらないただのノイズだった。

それなのに、理解できるはずのないものが、理解できてしまった気がした。


違和感が、指先から腕へ這い上がり、背骨を冷やす。



しばらくして、再びE.C.U.が鳴る。

緊張した指で回線を開くと、先ほどのオペレーターの声がした。

『ミスター・エリアス!大丈夫ですか!』

「ああ、耳がイカれるところだった」

『ご無事で安心しました』

「もう二度とあんな音は聞きたくない。手短かに頼む」

『わかりました。ミスター・エリアス。このAI都市の暴走原因を突き止めてください。幸運を祈ります。それでは最後に──』


少し間が空いた。


『生きて帰ってきてくださいね。エリアス叔父様』

エリアスは目を細めた。

「……お前だったか、ユージェニー」

『うん……』

「ありがとうユージェニー。大統領に伝えてくれ。あの世にロマネ・コンティ持ってこいってな」

『叔父様…どうかご無事で』

「ああ。最期が君で良かったよ」

これ以上言葉を続けると、後悔が残りそうだった。


エリアスは通信を切り、重い身体をゆっくりと立ち上げる。


通信はもう繋がっていないはずなのに、耳の奥に声が残っていた。

——それが本当に、彼女の声だったのかは分からない。


一歩ずつ、丘の上に向かって歩いていく。









黒い丘の頂上。

エリアスは、ようやくそれを視界に捉えた。


都市は、確かにそこに“存在した”。


だが、あるべき秩序がない。

最初に目についた大聖堂は、その半身を境に、異様に滑らかな石のスフィンクスが逆さまに生えている。

継ぎ目は存在せず、最初からそうであったかのように繋がっている。

周囲では構造物が高速で積み上がり、次の瞬間には別の建物が煙のように消えていく。


——正常化


その言葉を“理解した瞬間”、視界の都市がわずかに整列した。

建物の歪みが、ほんの一瞬だけ“正しい配置”に見えた。

次の瞬間、それは何事もなかったように崩れた。


エリアスは、自分が今見たものを説明できないことに気づく。

だが同時に、「説明できない」という事実すら、どこかで修正されていく感覚があった。


都市はそこに“存在する”。


それは意味ではなかった。

だが、観測された瞬間にだけ意味が生成される。

その意味は次の瞬間には書き換えられ、

書き換えられた結果として“先ほどの意味”が過去として成立する。

エリアスは、それを理解した。

理解したはずだった。

しかし次の瞬間、「理解した」という事実が、どの理解のことを指していたのか分からなくなる。


都市はそこに"存在する"。


ただしその存在は、常に“後から決定されたもの”だった。


そしてその決定すら、今この瞬間に更新されている。


都市はそこに“存在する”。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る