第27話 奇妙な称号と、新春着物・狂想曲
【令和・平太家】
大晦日の夕暮れ。
一人静かにカップ麺の蓋を開けようとしたその時、玄関のチャイムが鳴った。
「嶺ー! いるんでしょー!」
聞き慣れた幼馴染の声だ。
ドアを開けると、少しおめかしした私服姿の愛姉ちゃんが立っていた。
「な、なんだよ。また掃除か?」
「違うわよ。お母さんが『嶺くん一人じゃ可哀想だから呼んできなさい』って。うちで年越しそば食べるわよ」
半ば強制連行のような口調だが、その表情は優しい。
どうやら、じいさんが出発前に隣家の両親に「孫を頼む」と頭を下げていってくれたらしい。
俺はありがたくお邪魔することにした。
隣家のリビングは暖かかった。
愛姉ちゃんのご両親は「よく来たね」「背が伸びたんじゃないか?」と温かく迎えてくれた。
大皿の天ぷらと、手打ちのそば。
紅白歌合戦を見ながら、他愛のない話で笑い合う。
家族団欒というやつに飢えていたわけではないが、身に染みる温かさだった。
「ご馳走様でした。……また来年も、よろしくお願いします」
日付が変わる少し前、俺は丁寧に挨拶をして自宅へと戻った。
除夜の鐘がゴーン、ゴーンと遠くから聞こえてくる。
「さて、と……」
俺は自室に戻り、PCの前に座った。
こちらの世界では年越しだが、セリエ王国ではどうなっているのか。
ログインすると、ゲーム内も新年を祝う祭りの最中だった。
俺はレイを操作し、王都の大聖堂へと向かった。
特に信心深いわけではないが、なんとなく「初詣」的なことをしておこうと思ったのだ。
聖堂で『祈る』コマンドを選択し、寄付金として銀貨1枚を賽銭箱に入れる。
すると、予期せぬファンファーレが鳴った。
『称号獲得:【信心深い商人】』
『効果:教会関係者との取引成功率アップ、極稀に神の加護(不運回避)が発生』
「……なんだこれ」
信心深い商人、だと?
俺はこれまで、散々あくどい商売(転売、闇通販、魔石拾い)をしてきたはずだが、たった一回の寄付でこんな称号がもらえるとは。
神様、チョロすぎないか?
だが、『不運回避』という効果には惹かれるものがある。
手形詐欺、連鎖倒産、税金の追徴……。俺の商人人生は不運の連続だった。
気休めでもいい。神の加護があるなら、ありがたく頂戴しておこう。
「よし、今年はいい年になりそうだ……」
そんな希望的観測を呟きながら、俺は強烈な睡魔に襲われ、キーボードに突っ伏して寝落ちした。
◇
【1月1日・元旦】
目が覚めると、時計の針は昼の12時を回っていた。
最高の寝正月だ。
腹が減ったので、近所のコンビニへ向かう。
外は冷え込んでいるが、空は抜けるように青い。
コンビニでおにぎりとチキンを買い、その足で近くの神社へ……行こうとしたが、やめた。
参道には長蛇の列が出来ている。
そうだ、俺の住むK市は、全国でも有数の観光地・鎌倉だった。
正月三が日にまともに参拝しようと思ったら、数時間の行列は覚悟しなければならない。
「……あっちでいいや」
俺は路地裏にある、地元民しか知らない小さな祠(ほこら)に向かった。
誰もおらず、静かだ。
パンパン、と手を合わせる。
願い事は一つ。
『今年こそ、平穏無事な高校生活が送れますように』
……あと、『店が欲しいです』。
家に帰り、あとはひたすらゲーム三昧。
優さんたちからの「あけおめ」LINEに返信しつつ、コロンビア……じゃなかった、セリエ王国での商売に精を出す。
ああ、平和だ。これぞ正月休み。
◇
【1月3日・平太家玄関】
平和な引きこもり生活は、三日目の午後に破られた。
ピンポーン、というチャイムの音。
モニターを見ると、艶やかな着物姿の愛姉ちゃんが映っている。
「嶺ー! 初詣行くわよー! 開けてー!」
……初詣? 三が日も終わろうとしているのに?
まあ、愛姉ちゃんの着物姿も珍しいし、付き合ってやるか。
俺はジャージからジーンズに着替え、玄関のドアを開けた。
「よお、あけましておめで……と……う?」
言葉が詰まった。
そこにいたのは、愛姉ちゃんだけではなかったからだ。
「あけましておめでとうございます、平太さん!」
「今年もよろしくお願いします」
「やっほー平太くん! 似合うー?」
「遅くなりましたけど、新年のご挨拶に」
優さん、府城さん、佐々木さん、大下さん。
全員、着物姿。
色とりどりの振袖が、冬の寒空の下で鮮やかに咲き誇っている。
優さんは清楚な水色、府城さんはモダンな紫、佐々木さんは元気な赤、大下さんは落ち着いた鶯色。そして愛姉ちゃんは華やかなピンク。
何だこれ。
新春アイドル撮影会か? それとも俺が見ている初夢か?
「……お前ら、なんで全員着物なんだよ」
「だってー、みんなで合わせようって話になったのよ。どう? 惚れ直した?」
愛姉ちゃんがクルリと回ってみせる。
悔しいが、似合っている。無駄に器量がいいのが腹立たしい。
他の四人も、普段の制服やジャージ姿とは別人のような美しさだ。
「さあ、行くわよ! 男手が必要なの!」
「え、どこに?」
「決まってるじゃない、初詣よ! 有名なとこは混んでるから、穴場のお寺に行くの!」
有無を言わさず、俺は連行された。
男一人に、着物美女五人。
これだけでも目立つのに、場所は観光客でごった返す鎌倉の街中だ。
すれ違う人々が、ギョッとして振り返る。
外国人観光客が「オー! キモノ・ガールズ!」とカメラを向けてくる。
その中心にいる、冴えないパーカー姿の俺。
どんな罰ゲームだ。
「ねえねえ、あそこの屋台で甘酒飲みましょうよ!」
「私、いちご飴食べたい!」
「足元気をつけてくださいね、先輩」
彼女たちは楽しそうだ。
カランコロンと下駄の音を響かせ、俺を囲んで歩く。
俺は彼女たちの荷物持ち兼ボディガード(役に立つかは不明)として、必死についていくしかなかった。
穴場のお寺でおみくじを引き(俺は『末吉』、愛姉ちゃんは『大吉』だった)、屋台で買い食いをし、夕暮れまで連れ回された。
楽しかった。確かに楽しかった。
だが、俺は一つ、重大なミスを犯していた。
現代社会には『SNS』という名の、世界中に拡散する監視カメラがあることを忘れていたのだ。
◇
【三学期・状元学園F高校】
始業式の日。
俺が教室に入ると、空気が凍りついた。
いや、正確には沸騰していた。殺意で。
「……おい、来たぞ。『ハーレム王』が」
「見ろよあのツラ。着物女子五人を侍らせて初詣だと?」
「写真見たか? 完全に調子乗ってるよな」
男子生徒たちの手元には、スマホがあった。
画面に映っているのは、観光客か誰かがアップしたであろう、あの日の俺たちの写真だ。
『鎌倉で見かけた美少女軍団と、荷物持ちの彼氏(?)』というコメント付きで。
学校内の裏サイトやSNSで、その画像は瞬く間に拡散されていたらしい。
「平太……貴様ぁぁぁ!!」
「俺たちの佐々木さんを! 小田国さんを!」
「処刑だ! 校庭に磔(はりつけ)にしろ!」
地獄の釜の蓋が開いた。
俺は新年初日から、全校男子の『公敵(パブリック・エネミー)』として認定されてしまったのだ。
サークルの先輩たちからも「切腹ものだぞ」とLINEが来ている。
迂闊だった。何の心の準備もしていなかった。
俺は机に突っ伏して、神(ゲーム内の称号)に祈った。
『不運回避』の効果、今すぐ発動してくれ……!
そこから始まった三学期は、俺にとって忍耐の季節だった。
靴箱に「爆発しろ」という手紙が入っていたり、廊下ですれ違いざまに舌打ちされたりするのは日常茶飯事。
だが、俺には強力な味方がいた。
『スタミナポーション』だ。
日々の精神的ストレスと、学年末試験へのプレッシャー。
これに対抗するため、俺は再び禁断の秘薬に手を染めた。
朝に一本、昼に一本。
カフェイン中毒どころではない。もはやポーション中毒だ。
黄色い液体を流し込み、無理やりテンションを上げて、針のむしろのような学校生活を耐え抜く。
その姿は、傍から見れば「何をされてもヘラヘラしている不気味な奴」に見えたかもしれない。
だが、背に腹は代えられないのだ。
◇
【三月・修了式】
そして、学年末試験もポーションの力で乗り切り、俺は無事に一年生を終えることができた。
ポーションの在庫も底をつき、俺の薬漬け生活も(一旦)終了だ。
帰り道。
桜の蕾が膨らみ始めた並木道を、俺は一人で歩いていた。
優さんたちとは、結局あれから進展はなかった。
バレンタインには義理チョコを貰ったが、それだけだ。
佐々木さんも部活に復帰し、忙しそうにしている。
愛姉ちゃんは相変わらず隣の家に住んでいるが、関係性は「腐れ縁の幼馴染」から一歩も動いていない。
「……なんだったんだろうな、この一年」
高校に入学し、謎のゲームを渡され、異世界と繋がり、商売を学び、ポーションでドーピングし、美少女たちに振り回され、男子たちに恨まれた。
激動の一年。
だが、俺自身の『中身』は、何か変わったのだろうか?
ゲームの中では中堅商人になれたが、現実の俺は相変わらず、ただのゲーム好きで冴えない高校生のままだ。
店を持つ夢も、まだ叶っていない。
「ま、退屈はしなかったけどな」
俺は小さく笑った。
四月からは二年生。クラス替えもある。
じいさんはまだ帰ってこない。
そして、あのPCの中には、まだ攻略すべき世界が広がっている。
不安はある。
だが、この奇妙な二重生活が続く限り、俺の毎日はきっと、騒がしくて刺激的なものになるだろう。
俺は空を見上げた。
春の風が、新しい予感を運んでくるような気がした。
(第一部 完)
ゲームを使って現代社会に夢想する のらしろ @norasiro
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