第26話 年末の侵略者たちと、大掃除大作戦


【令和・平太家リビング】


 冬休みも半ばを過ぎ、カレンダーは年末の押し迫った日付を示していた。

 じいさんは北の海でタラと格闘中。俺は一人、静かな年末を過ごす……はずだった。


「みかん、もうないのー?」


「あ、私お茶のおかわり欲しいです」


「平田さん、ここ敵が強くて進めません」


 我が家のリビングは、人口密度が限界に達していた。

 コタツを占領しているのは、いつものメンバー。

 愛姉ちゃん、優さん、そして府城さんの三人だ。

 彼女たちは「冬休みの課題(ゲーム攻略)を進める」という名目で、連日のように我が家に襲来していた。


「……あのさ、愛姉ちゃん」


 俺は空になったみかんの皮をゴミ箱に投げ捨てながら、ジト目で幼馴染を見下ろした。


「なんで休みだっていうのに、朝から晩までウチに入り浸ってるんだよ。自分の家があるだろ」


「そんなの決まってるでしょ」


 愛姉ちゃんはコタツに首まで潜り込んだまま、ふふんと鼻を鳴らした。


「家にいると、お母さんがうるさいのよ。『年末なんだから大掃除を手伝え』とか『換気扇を磨け』とか。だから避難してきたの」


「……は?」


 俺の額に青筋が浮かんだ。

 要するに、家事手伝いからの逃亡だ。

 そして、逃げ込んだ先で俺にみかんを剥かせ、お茶を淹れさせ、だらけているわけだ。


「……カチンときた」


 俺の中で何かが切れた。

 人の家をなんだと思ってるんだ。無料の避難所兼カフェじゃないんだぞ。

 俺は仁王立ちになり、宣言した。


「よし、愛姉ちゃん。立て」


「へ? なによ急に」


「俺の家でだらけるつもりなら、それ相応の対価を払ってもらう。……大掃除だ」


「えええーっ!? やだ! 掃除したくないからここに来たのに!」


 愛姉ちゃんが悲鳴を上げる。

 だが、俺は逃がさない。


「有無は言わせん。俺の部屋もリビングも、お前らが散らかしたせいで埃っぽいんだよ。窓拭き、床磨き、風呂掃除。全部やってもらうからな」


「鬼! 悪魔! Fランク商人!」


「なんとでも言え。……あ、優さんと府城さんはいいよ。そのままゲームしてて」


 俺は声を和らげて二人に言った。

 彼女たちは真面目に課題(ゲーム)に取り組んでいるし、愛姉ちゃんと違ってお客様だ。こき使うわけにはいかない。


「えっ、でも……」


「いいのいいの。これは俺とこのグータラ女の問題だから」


 俺が掃除機を取りに行こうとした、その時だった。

 ピンポーン、とインターホンが鳴った。


「誰だ?」


 こんな年末に。宅配便か?

 俺が玄関のドアを開けると、そこには予想外の人物が立っていた。


「やっほー! 平太くん、遊びに来ちゃった!」


「こんにちは。お邪魔します」


 マフラーを巻いた佐々木恵さんと、手土産を持った大下美香さんだった。

 クラスの一軍女子コンビだ。


「え、佐々木さん? 大下さんも? どうしたの急に」


「愛先輩がいるって聞いたからさー。冬休みで暇だし、混ぜてもらおうと思って!」


 佐々木さんはニコニコしながら、ズカズカと上がり込んでくる。

 どうやら愛姉ちゃんがSNSか何かで「平太ん家なう」とでも拡散していたらしい。

 俺の家はフリースペースか。


 二人がリビングに入ってくると、場の空気が少し変わった。

 コタツでPCを広げていた優さんと府城さんが、ピクリと反応する。


「あ、佐々木さんに大下さん……こんにちは」


「……こんにちは」


 挨拶は交わすが、優さんの表情が少し硬い。

 無理もない。

 優さんたちにとって、ここは「オタク仲間との安息の地」だったはずだ。そこにクラスカースト上位の陽キャ女子が乱入してきたのだから、居心地が悪くなるのは当然だ。


 テリトリーを侵された猫のような警戒心が漂う。


「わあ、みんなでゲーム? 楽しそう!」


「何やってるの? あ、これ例の商業科の課題?」


 佐々木さんたちは悪気なくコタツに混ざろうとするが、優さんたちは微妙に距離を取っている。

 不穏だ。

 このままでは、俺の家が「冷戦の最前線」になってしまう。

 どうする。どうすればいい。


 俺がオロオロしていると、愛姉ちゃんがパンと手を叩いた。


「よし! ちょうどいいところに来たわね、恵、美香ちゃん!」


「え? 何ですか先輩?」


「今からこの家の大掃除をするのよ! 人手は多い方がいいわ。あんたたちも手伝いなさい!」


 愛姉ちゃんが、巻き込み事故を誘発した。

 自分だけ掃除させられるのが癪だから、後輩たちも道連れにする気だ。


「ええっ!? 遊びに来たのに掃除ですか!?」


「当たり前よ。この家のコタツに入る資格は、労働した者だけに与えられるの。ほら、雑巾持って!」


 愛姉ちゃんのジャイアン理論が炸裂する。

 だが、佐々木さんは意外にも「えー、マジですかー」と言いつつも、嫌そうな顔はしていなかった。


「ま、いっか! 最近部活なくて体鈍ってたし、筋トレだと思えば!」


「恵ったら……。分かりました、お借りしたエプロンつけますね」


 大下さんも苦笑いしながら了承した。

 バレー部は年末年始がオフらしく、彼女たちも家で時間を持て余していたようだ。

 母親からの「掃除しなさい」攻撃から逃げてきたのも、愛姉ちゃんと同じ理由かもしれない。


「優ちゃんたちも、ゲームは休憩! みんなでやった方が早いわよ!」


「えっ、私たちもですか?」


「そうよ。みんなでやって、その後みんなでお菓子パーティーしましょ!」


 愛姉ちゃんに背中を叩かれ、優さんと府城さんも渋々ながら立ち上がった。

 こうして、謎の混成チームによる「平太家大掃除大会」が幕を開けた。


          ◇


「嶺ー! 高いところ届かないからやってー!」


「はいはい」


 俺は脚立に登り、照明器具の傘を拭く。

 下では、佐々木さんが窓拭きを担当していた。

 さすがアスリート、動きに無駄がない。高いところもジャンプして拭いている。危ないからやめてくれ。


「平太くん、ここの汚れ落ちないよー」


「あ、それは洗剤変えた方がいいかも。大下さん、そっちの重曹取って」


「はい、どうぞ」


 大下さんは水回りを担当し、テキパキと流し台を磨いている。

 優さんと府城さんは、本棚の整理や床の拭き掃除だ。


「わ、平太先輩、このラノベ全巻持ってるんですね!」


「あ、そこは触らないで! 並び順にこだわりがあるんだ!」


 最初はぎこちなかった空気も、体を動かしているうちに徐々に解れていった。

 共同作業というのは不思議なもので、属性の違う人間同士でも自然と連帯感が生まれる。


「あー、もう! 愛先輩、そこサボらないでくださいよ!」


「休憩よ休憩! 監督には休憩が必要なの!」


「さっきから口しか動いてませんよ!」


 優さんが愛姉ちゃんにツッコミを入れると、佐々木さんが笑う。

 いつの間にか、カーストの壁など消え失せていた。

 本来なら一日仕事になるはずの大掃除が、五人の人海戦術(と俺の的確な指示)により、なんと半日で終わってしまった。


「おー! ピカピカ!」


「すごい、新築みたいですね」


 夕日が差し込むリビングは、埃ひとつない輝きを放っていた。

 じいさんが帰ってきたら腰を抜かすかもしれない。


「よーし、働いた後は飯よ飯!」


 愛姉ちゃんの号令で、俺たちは近所のスーパーへ買い出しに向かった。

 男一人に美女五人。

 すれ違う人々がギョッとして振り返る。

 近所のおばちゃんが「あらあら、平太くんモテモテねぇ」と冷やかしてくるのが恥ずかしい。


 だが、悪い気分ではなかった。

 帰宅後は、全員で昼食作りだ。

 メニューはホットプレートを使った焼きそばとお好み焼き。

 粉物は大人数で食べるに限る。


「優ちゃん、キャベツもっと細かく!」


「恵、ソースかけすぎ!」


「平太さん、マヨネーズ取ってください!」


 台所とリビングを行き来しながら、ワイワイと準備をする。

 優さんと佐々木さんが並んで野菜を切っている光景は、数ヶ月前には想像もできなかった。


 ポーションという秘密の共有、そして今日の大掃除。

 奇妙な縁が、彼女たちを繋げたのだ。


「いただきまーす!」


 熱々の鉄板を囲み、みんなで箸を伸ばす。

 労働の後の飯は美味い。

 特に、自分たちで掃除した綺麗な部屋で食べる飯は格別だ。


「おいひー! やっぱり嶺の家は落ち着くわねー」


「愛先輩、それ完全に自分の家だと思ってますよね」


「平太くんち、居心地いいもんね。また来てもいい?」


「……掃除してくれるならな」


 俺が憎まれ口を叩くと、全員が笑った。

 食後は買ってきたお菓子を広げて、女子会モードに突入。

 俺は少し離れた場所でお茶を啜りながら、その光景を眺めていた。

 騒がしくて、賑やかで、暖かい。

 じいさんがいなくて寂しいはずの年末が、こんなに華やかになるとは。

 夕方になり、みんなが帰っていく。


「じゃあね平太くん! 良いお年を!」


「先輩、また来年もよろしくお願いします」


「嶺、ありがとね」


 嵐が去った後の静寂。

 だが、部屋は綺麗になり、冷蔵庫には余った食材が詰まっている。

 心なしか、部屋の温度が少し上がった気がした。


          ◇


【12月31日・平太家】


 そして大晦日。

 流石にこの日は、どの家も家族と過ごすためか、誰も来なかった。

 久しぶりの完全な一人時間。

 俺は綺麗になった部屋で、PCに向かっていた。

 画面の中では、レイが年越しの準備をしている。

 ゲーム内でも季節イベントがあり、街は新年を祝う装飾で彩られていた。


「さて、今年一年、色々あったな……」


 高校入学、ゲームとの出会い、闇通販、ポーション、そして女子たちとの交流。

 激動の一年だった。

 Fランクの行商人だった俺(レイ)は、今や小金持ちの中堅商人だ。

 現実の俺(平太)も、ボッチ予備軍から、なんとかリア充(?)の末席くらいには座れたかもしれない。


「来年は、どうなるかな」


 店を持つ夢はまだ叶っていない。

 じいさんの腰は治ったが、いつまた無理をするか分からない。

 女子たちとの関係も、微妙なバランスの上に成り立っている。

 不安要素は尽きない。

 だが、今はただ、この静かな時間を楽しもう。

 俺は年越しそば(カップ麺)をすすりながら、紅白歌合戦をBGMに、ゲーム内の帳簿整理を始めた。


 除夜の鐘が鳴るまで、あと数時間。

 俺の高校一年目は、静かに暮れようとしていた。

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