第11話 死神の木札 参
「お父さん!!」
「美香か」
「何?私が声を掛けるの不満?」
「いや、不満はないぞ」
「そう?ならいいわ」
名前は
今年、研修医として西医師の勤める病院へとやって来た。
西医師は娘の美香が10歳の時に妻に先立たれ、男手一つで娘を育てた。
その頃から西医師の手術の成功率は上昇している。
妻を亡くし、娘を男手一つで育てる為に頑張っているものと周りは思っていた。
しかし、ここ10年程西医師の手術は失敗例がない為、覚醒したなどと言う者も居る。
「手術如何だったの?」
「成功だ」
「凄い!」
「そうか?」
「もう!お父さんは自己評価低過ぎ!!」
西医師は苦笑いして娘のその言葉を受け流す。
娘の美香は幼い頃から西医師の勤める病院に来ていたので病院内では知らぬ者が居ない存在だった。
名医ではあるが何方かと言えば無口の西医師と違い、明るくて愛嬌もある娘の美香はこの病院ではムードメーカー的、アイドル的な存在で、皆に可愛がられている。
「それで、用か?」
「あ!西先生、次の面会の患者さんのカルテです!ご確認ください!」
「解った」
何気ないやり取りであった。
西医師は娘からカルテを受け取ると自分に割り当てられている部屋に戻り、カルテを確認する。
医療の世界ではカルテなどは電子化が進み、データ化されPC内で確認することが殆どになったが、旧来の紙ベースでのカルテを西医師は好んだ。
院内のカルテはデータ化されているが、この病院の看板医師となっている西医師がそれを好む為、特例として西医師への面会患者の情報提供は未だに紙ベースでの受け渡しとなっていた。
「23歳か・・・若いな」
カルテを確認した西医師は囁く。
患者の年齢である。
西医師が最初に確認するのは名前でも病名でも無く、年齢であった。
何故年齢を最初に確認するのかを知る者は本人以外居ない。
その意味も勿論本人しか知らない。
しかし、西医師が最初に必ず確認するのは年齢であった。
「後は会ってから判断だな」
他の情報にも目を通しつつ、またポツリとそう独り言ちる西医師であった。
「初めまして。
「こちらこそよろしくお願いします。西先生」
ベッドに苦しそうな息使いで面会しているのはカルテで確認した23歳の女性患者であった。
西医師は癖の様に患者女性の足元の方を一瞬見る。
『居るな』
西医師はそう心の中で囁く。
何が居るのか?
西医師以外には恐らく視えていない存在である。
今日視えたその存在は黒い衣を纏った女性で、一瞬確認した際に西医師に向かって軽く手を振っていた。
『あ~何度か会ってるな』
患者に会うのは勿論初めてである。
誰に、何に、何度か会っているのか?
「手術お任せください!」
「ほ、本当ですか!」
「はい、全力を尽くさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます!!」
患者に面会後、家族に手術を請け負う事を伝えると、家族は大喜びである。
まるで手術は成功したような喜びである。
まだ手術は終わっていないにも拘らず家族は喜び、西医師にお礼を述べる。
「手術はこれからですよ」
「そうですね。でも、ありがとうございます!」
一応と西医師は手術がまだであることを伝えたが、患者家族は又お礼を述べた。
これはよくある出来事の為、西医師は「お大事に」とだけ述べて病室を去る。
もうお気付きかと思うが、落語話『死神』の話を地で行くようなことをやっているのが西医師であった。
西医師が死神と知り合ったのはまさに彼の妻が亡くなって葬式を終えたその日の夜の事だった。
妻の遺影を前に首を垂れている彼は妻の後を追うことも考えた。
しかし、幼い娘を残して死ねないと思ったが、葬式の今日くらいは故人を偲び落胆してもいいだろうと遺影と向き合い妻の大好きだったビールを供え、自分もビールを飲み偲んでいた。
「今回はお悔やみ申し上げる」
西医師以外居ないはずの部屋から老人の様な声。
気配のする自分の背後に振り向けば、黒い装束を纏った長い白髭の老人が佇んでいた。
「え?」
葬儀も終わっており今は自宅である。
弔問客ではないことは直ぐに理解出来た。
しかも、気配が異様であった。
『この気配・・・知っている』
西医師はその老人を見てそう思った。
何処で知ったかと言えば、重病人の近く、難病の患者の近くと医師として何度も感じた気配であった。
「そう構えずともよい」
「な、何者だ?」
「人は儂らの事を『死神』などと呼ぶな」
「死神・・・」
「まぁそれはええ」
死神は何故自分の前に現れたかを語って聞かせた。
その老人の姿をした死神は西医師に謝罪に来たと言う。
「謝罪?」
「左様じゃ」
「何のだ?」
死神は妻の遺影を指さし言う。
「その者を誤って殺してしもうた」
「はぁ?」
「その者はまだ死ぬ運命に無かったんじゃがな」
「・・・」
「部下が誤って魂を連れ去った」
「ど、如何いう事だ?」
「お主の奥方は本来は死ぬはずではなかった」
西医師は絶句して何も言えない。
老人の姿の死神はそのまま語る。
「気付いた時には既に遅し、荼毘にふされて戻る肉体は無しじゃ」
「そ、そんな!!」
「無責任な」と思ったが、老人の姿をした死神は「部下が誤って」と言ったことを思い出す。
上司として謝罪に訪れたのである。
西医師もそれなりの立場である為に部下のミスに頭を下げることもあった。
それを思い出すと目の前の死神を怒鳴り付ける事も出来なかった。
「それでじゃ。謝罪の品としてこれを持って来た」
差し出されたのは木札であった。
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