第10話 死神の木札 弐
「先生!お願いします!!」
以前は普通の医師であったが、ある時期を機に手術の成功率は100%となり、失敗しない医師として秘かにその名を知られるようになった。
日本国内の名医・ゴッドハンドと呼ばれる医者が匙を投げた患者ですら受け入れることもあり、「最後は西医師に頼めば何とかなる」などとも囁かれるようになっていた。
「奥さん・・・」
「お願いします!主人をどうかお助け下さい!!」
西医師を待つ患者は多い。
中には直接西医師に掛け合い手術を懇願する者は後を絶たない。
しかし、全ての手術を請け負う事は難しい。
名医と呼ばれるようになった西医師の許には患者が列を成しているというのもある。
それもあるが、西医師は一度患者と必ず面会してから手術を決める。
特におかしい話ではないが、飛び込みで面会すらしないで手術を請け負う事は絶対にしないことでも有名である。
その行動は「患者に寄り添う医師」と取られ、概ね肯定的に捉えられている。
しかし、その反面一回の面会で「私には手に負えません」とだけ述べて手術を断る例も多い。
最後の砦の様に思われている医師からの御断りは、患者やその家族にとっては死刑宣告にも等しい為、この様に西医師に再度頼む者も後を絶たない。
「何度来られても私には無理です」
「そこを何とか!!」
西医師は一度断っている患者の奥さんを気の毒そうに見詰めるだけであった。
「もう一度見て貰うだけでも良いんです!!」
「見ても変わりませんよ?」
「それでも!・・・もう一度だけ・・・」
今回のご家族は特にしつこいという言い方は失礼であろうが、しつこい。
いや、やはり失礼なので言い方を変え、容易に諦めない方である。
西医師は溜息一つ、一度断っている患者の奥さんに言う。
「本当にもう一度見るだけとなりますが、宜しいので?」
「はい!勿論です!」
「では、もう一度面会を致しましょう・・・」
「あ、ありがとうございます!!」
奥さんはボロボロと涙を流しながら西医師へ深々と頭を下げお礼を述べた。
奥さんが去ると他の医師が西医師の許にやって来た。
「大変ですね」
「これも仕事さ」
西医師はそう述べて声を掛けて来た医師と共に今日の手術へと向かう。
手術に入る前の医師は幾つかやることがある。
徹底的な自分の体の洗浄は欠かせない。
シャワーで体を清め、洗われて清潔な手術着であるスクラブに着替え、手術室に入れば再度手を綺麗に洗浄し、薄手のゴム手袋を装着し、その手は指先を上に向けて手術台の前に立つ。
今日手術する患者は既に麻酔で眠っている。
患者を挟んで向かい側に先程声を掛けて来た医師が立つ。
他にも手術に関わるスタッフが準備万端と西医師の開始の合図を待つ。
西医師は一度患者の足元をチラリと見て顔を顰め、何時ものルーティンである呪文を唱える。
「アジャラカモクレン、キュウライス、テケレッツのパー!」
スタッフは心得たもので何時もの事として特に驚いた様子もない。
西医師は再度患者の足元を見やり、その後に全体を見回してから号令する。
「では手術を始める」
西医師の手術は短時間で終わる事でも有名で、一日の手術回数は日本最高記録、世界中でも最高回数ではないかなどと囁かれている。
今行われた手術も一時間ほどで終了した。
「相変らずですね!」
今日の助手に入っている医師とは何度も組んでいるので気易い間柄であり、気軽に声を掛けて来た。
「そうだな、何時も通りだな」
何時も通りのルーティンで手術を始め問題無く完了しただけである。
「何時も通りと言えば、今日はキュウライスでしたね!」
「ッ・・・そうだな」
「三遊亭
「さぁ?そうだったか?」
「またまた~西先生は落語大好きだから知ってありますよね?特に『死神』は!おっと、病院で死神などという言葉は禁止ワードですかね?」
笑いながら着替えをする助手の医師をしり目に西医師はチラリと木札を見やる。
木札には墨で書いた様な真っ黒で達筆な字で「キュウライス」と書かれていたのであるが、それに気が付く者は西医師以外には居なかった。
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