第9話 死神の木札 壱
「アジャラカモクレン、ホニャララ、テケレッツのパー!」
手術前に
外科医である彼のルーティンである。
「今日も手術成功でしたね!」
助手を務めた医師がそう言って幸太郎に話し掛ける。
幸太郎は頷きながら腰に下げた古めかしい木札を触る。
さて、落語話『死神』というものをご存じだろうか?
幸太郎が先程唱えた謎の呪文はその落語話『死神』内で出て来る死神を退ける呪文である。
「ホニャララ」の部分はバリエーションがあり、演者により異なるし、そもそもが全く違う呪文を唱える演者もいる。
話自体は 幕末期から明治期にかけて活躍して多数の落語を創作したと云われる初代三遊亭
あらすじとしては、自殺しようとしていた男がある者に声を掛けられる。
その者は自分自身の事を死神だと名乗る。
そして、男がまだ死ぬ運命に無い事を告げる。
更に、男と死神には数奇な縁があるからと、死神は男に助けてやると言う。
男は半信半疑ながらその申し出を受ける。
すると死神は言う。
病人の生き死には死神の立ち位置で大体決まっているという。
寿命が残っていれば足元に、寿命が無ければ頭の方に立つという。
勿論、死神が最終的に生き死にを決めているが、寿命が残っていればどんな大病であろうと考慮の余地があるという。
しかし、寿命が無い者は必ず死ぬ運命という。
そして、死神は男に死神が足元にいる場合はある呪文を唱えれば死神は消えるという事を教える。
結果として病は癒えるからこれを利用して医者になればよいと助言する。
ただし、頭側に死神が立った場合は邪魔をしない様にとだけ忠告し消える。
男は半信半疑ではあったが自殺を考えた位だったのからと開き直り、死神の言に従い試しに医者の看板を掲げる。
看板を掲げてから程なく、さる大店の番頭が訪れて主人を診てほしいと訴えて来る。
番頭が言うには何人もの名医と名高い医者に診せたが全て匙を投げられ、縋る思いで訪ね歩きここに行きついたと言う。
男はその依頼を受け、大店に向かえば、その店主の足元に死神が居た。
早速とばかりに男は件の呪文を唱える。
すると、死神は消え、たちまちのうちに店主は快癒し、男は多額の金子を得ると共に名医と呼ばれるようになる。
噂を頼りに客が次から次に来るようになる。
男は足元に死神が居る時だけ呪文を唱え、患者を助けることで金を得て裕福な暮らしをしていた。
しかし、ある時、大店中の大店の店主が病気となり男を頼った。
訪問してみれば死神が枕元に居た。
男は自分では助けられないと御断りを入れる。
しかし、店主の家族は男が驚くほどの報酬を提示して、何とか助けて欲しいと言いって来た。
男は報酬に目が眩み、死神の忠告を無視して呪文を唱える。
呪文を唱えると死神は消え、店主は快癒して男は大金を手に入れる。
その帰り道、男は最初に出会った死神に再び声をかけられ、忠告を無視したことを咎められる。
男は言い訳するが、死神はもう遅いと告げ、男を洞窟に連れて行く。
連れて行かれた洞窟の中には、限りない数の蝋燭がそこら中にあり、明かりを灯していた。
蝋燭の1つ1つが人の寿命で、間もなく死ぬはずだった病人を助けてしまった男は、先の商家の主人と運命が入れ替わってしまったからお前は死ぬぞと死神は男に告げる。
男は慌てふためくが、死神はそんなことはお構いなしに今にも消えそうな蝋燭を指さして、それが男の物である事を告げる。
男はもう二度と忠告を無視しない事を死神に誓い、助けて欲しいと懇願する。
死神は新しい蝋燭を男に差し出し、これに火を継ぐことができれば助かるぞと言う。
男は慌てて新しい蝋燭を受け取り、火を移そうするが、焦りから手が震え中々移す事が出来ない。
やがて、「あぁ、消える」の一言の後、演者がその場に倒れ込み、演目は終わる。
基本の型であり、他にもオチを変えた話もあるが割愛しよう。
これが落語話『死神』の話である。
「今日も唱えられていましたね?」
「験担ぎの様なものだよ」
「ははははは、落語の『死神』の呪文で患者が助かるなら誰でも唱えますよ」
「そうだな・・・」
「まぁ西先生の験担ぎは洒落が効いてて良いと思いますよ!実際それで患者は助かっていますしね!!」
そう言って助手の医師は去って行った。
幸太郎は去って行く助手の医師の背中を見送った後、腰に下げた古めかしい木札を自分の目線まで持ち上げると囁く。
「験担ぎね・・・」
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