第8話 のっぺらぼうの手鏡 肆

日々仕事に邁進する華御無かおなし杏香きょうかの生活は充実していた。

以前よりも周りと上手くコミュニケーションが取れ、妬み・嫉みも落ち着き、充実した生活を送る彼女には春がやってきたようだ。


「あの・・・華御無かおなしさん・・・良かったら次の休みに一緒にこれ見に行きませんか?」

「これは?」


少し顔を赤らめて同僚男性が差し出したのはある演劇の前売り券だった。

それよりも杏香は自分が誘われたことに驚いていた。


「演劇お嫌いでしたか?」

「そ、そうではなく・・・私で良いのですか?」


まだまだ自分を肯定するまでに至っていない杏香は不安そうにそう訪ねた。


「も、勿論です!!華御無かおなしさんと行きたいんです!!」

「そ、そうですか・・・」

「それで如何でしょう?」

「私で宜しければ」

「ヤッター!!」


男性同僚は大喜びである。

杏香も悪い気はしない。

寧ろ嬉しいと感じていた。

そして、同僚男性が去った後に顔を赤らめる。

その演劇デートを機に杏香はその同僚男性と仲良くなっていった。


「最近綺麗になったよね~」

「え~ありがとう!!」

「何か秘密でもあるの?」

「まぁね~」

「え~教えてよ~」

「ダメダメ!今はまだダメ~」


最近疎遠になった者も居る。

少し前まで仲良くしていた同僚の女である。

話そうと声を掛けようとすれば避ける様に行ってしまうし、声を掛けれたとしても「用がある」等言われて話せない。

しかし、仕事も充実し、同僚男性とも仲が深まって行っている杏香はそれ程気にせず日々を送ったいた。

同僚男性と恋人となった事を機にその彼の家の近くに引っ越すことを決めた杏香がある事に気が付く。


「あれ?無い・・・」


引っ越しの為荷物を纏める中で杏香は手鏡を入れた木箱が無くなっている事に気が付く。

気が付けば思い当たることがある。


「そう言えば・・・彼女の気にしていた顔のホクロ・・・」


更に考える。


「シミも減った?」


考えれば考える程に嫌な予想が彼女の頭を過る。

杏香は思い切って同僚の女に終業後に声を掛けて話し合うこととした。


「何よ?」

「あの・・・」

「だから何?」


特に話を切り出した訳でもないのに苛つく同僚の女に杏香は更なる不信を募らせる。


「手鏡なんだけど・・・」

「し、知らないわ!」

「ほ、本当に?」

「なに!疑うの?」

「・・・もし手鏡を持ち出したなら」

「だから!知らないって言っているでしょ!!」


怪しさ満載である。

しかし、決定的な証拠も無い為、これ以上の問質しも難しいと判断した杏香は玉藻様に聞いたまだこの同僚の女に話していない手鏡の話を言って聞かせる。


「ふん!私なら大丈夫!!」


同僚の女は自信満々にそう言う。

それは「持っていないから」と言う意味でなのか・・・

間違いなく違うと杏香は思ったが、忠告はしたと割り切り、杏香は全てに幕引きをする事とした。

杏香自身は今、人生で最高の幸せの時を過ごしていると感じていた。

このまま進めば同僚の彼氏とゴールインするだろうと、そう、以前では考えもしなかった未来の自分を夢見ていた。


「ねぇ知ってる?のっぺらぼうが出たんだって」

「何それ~」

「ウケるよね~」

「ウケる~」


時は過ぎ、彼氏との待ち合わせ先のコーヒーショップで女子高生が都市伝説めいた話題で盛り上がっていた。

そういえば、最近件の同僚の姿を見ていない事に気が付く。


「おまたせ!」

「待ってないわ」

「なら・・・いい。行こうか」


杏香たちは今日は式場の下見に行く予定であった。

数カ月先には同僚の彼氏と結婚が決まっていた。

今の杏香はあの異界堂に訪れた時の面影は全くない。

目の下の隈は無く、見る人が見ても別人と言うかもしれない程に変わっており、光り輝く笑顔で擦れ違う男性陣を振り向かせるほどであった。


★~~~~~★


「おや、玉藻じゃないか」

「お久しぶり~閻魔様」

「今日は如何した?」

「良い品手に入れたから売り込み営業よ~」


そう言って杏香から手に入れた櫛を閻魔大王の前に差し出す。


「ほう!良い呪物じゃな!」

「そうでしょ~」

「元の持ち主は不幸に見舞われておったじゃろうな~」

「恐らくわね。でも、今は多分違うと思うわよ~」

「ふむ、それならそれでよいが、これを持って来たという事は売ってくれるのじゃろ?」

「勿論!」

「良い核になりそうじゃな!」

「でしょ!」


閻魔大王は櫛を手に取り眺める。


「ほう!子を虐げた親の呪詛がこびり付いておる!」

「どう?」

叫喚きょうかん地獄の核に使えそうじゃな」


叫喚きょうかん地獄とは、殺生せっしょう・盗み、邪淫じゃいん、飲酒をした者の行く地獄である。

飲酒とは酒を飲んだ(売買した)者の事を指すものではない。

酒に毒を入れて人殺しを犯したり、他人に酒を飲ませて悪事を働くように唆したりすることなどである。

熱湯の大釜(大鍋)の中で煮られたり、暑い炎の鉄室に閉じ込められ叫喚する地獄と云われる。

そこで罰を受ける罪人たちの叫び声や許しを請い哀願する声は獄卒たちを更に怒らせ、獄卒たちはその怒りで罪人に酷い追い討ちをするらしい。

巨大な鬼たちが罪人を追い回して弓矢で射たり、鉄の棒で打ち砕いて罰するという。

罰された亡者たちは蛆が湧いた体で焼けた鉄の地面を走らされ、延々と罰を受けるという。


「丁度、その呪いの元が居るからその核を使った地獄に放り込んでやろうかの~」

「お買い上げ、ありがとうございます」


玉藻様はそう言うとニコリと微笑み去って行った。

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