第7話 のっぺらぼうの手鏡 参

日の当たる場所には日陰も出来る。

華御無かおなし杏香きょうかは今まさに日の当たる場所に居る。

今まで誰も見向きもしなかったというのに急に皆が目を向けるようになった。

そこには勿論、日陰と呼べる妬み・嫉みを持つ者たちも現れる。


華御無かおなしってさ最近調子乗ってるよね」

「そうそう、何か急にイメチェンしてさ」

「仕事も出来るからって調子こいてると思わない?」

「わかる~」


杏香はコンプレックスもあり陰に隠れるように社内では過ごしていた。

しかし、父親に虐げられようと強い心で耐え凌いだ者である。

元来が真面目だったこともあり、仕事もそつなく熟していた。

いや、それ以上に気が利く性格で、痒い所に手が届くように頼まれた仕事以上にその仕事を熟していたことでそれなりの立場の者からは重宝されていた。

ただ、表に出るような性格でなかったから単に隠れていただけであった。


「ねぇねぇ華御無かおなしさん」


妬み・嫉みを口にする者はまだ良いのかもしれない。

それを隠し近付いて来る者こそが・・・


「何ですか?」

「確か華御無かおなしさんって火傷の痕ありましたよね?」

「ッ・・・」


杏香は以前の自分のコンプレックスを一瞬思い出し言葉に詰まる。

それを見逃す様な者であれば妬み・嫉みを隠し近付いて来るような者ではない。

その女はニッコリと人好きする様な笑顔で言う。


「あ!ごめんなさいね・・・もしかして気にしてました?」

「あ・・・いえ・・・そ、それで何でしょうか?」

「何処で整形されたのかな~と思いまして」

「え・・・え~と・・・」


杏香は整形した訳ではない。

ただし、経験した者ではないとあの不思議体験は理解出来ないだろう。

今やっと好循環だと自分自身でも感じる程に物事が上手く行っている現状で事を荒立てたくはない。

変に事実を話して波風を立てる愚は犯したくない。

杏香はそう思い、笑顔で誤魔化した。

しかし、姑息で強かな者というのは諦めも悪く、隠せば隠す程に知りたいと感じる様である。

それでも、杏香が話す気が無いと感じ、引く。


「あ!話したくないならいいです!」

「え?・・・いいんですか?」

「そりゃ~知りたいですけど~話したくないことを無理やり聞くとか無いじゃないですか!」

「そうです・・・か?」

「そうですよ~ 」


その出来事以降その女はちょくちょく杏香に話し掛けるようになり、気が付けば杏香の自宅にお泊りに来る位の関係になっていた。

杏香も気を許していた。

そして、ある日のお泊り会の際に「自分の経験した怪談」を話すこととなる。


「多分、幽霊だと思うのよ!」


同僚の仲良くなった女が話す怪談とも呼べない、ただ肝試しに行って幽霊の影みたいなものを見たという話を聞き、自分にもそんな体験があったかと考えた杏香ではあったが、特に無い。

強いて話すとすればあの異界の話となるだろう。


「じゃあ次は杏香ね!」

「怪談ではないけど、不思議な異界に行った話でいいかな?」

「何それ~面白そう!話して、話して!!」

「わ、わかったわ」


そして、杏香は同僚の仲良くなった女に自分の経験した異界の話を語って聞かせる。

特に玉藻様にもオサキにも話してはいけないと言われていなかったので、杏香はその時の事をゆっくりと聞かせる。


「嘘!信じられない!!」

「でも・・・」

「その手鏡は今も杏香は持っているんでしょ?」

「うん・・・持っているけど・・・」

「じゃあさ、見せてよ!」

「え?でも・・・」

「え~~私と杏香の仲じゃない!見せてよ!!」


とても危険な品だからと固辞したが、同僚の女は「見せて」の一点張りである。

しかし、同僚の女は諦めない。


「ちょっと見るだけ!」

「でも・・・」

「お願い!!」

「み、見るだけなら・・・」

「ホント?ありがとう!!」


杏香は鏡台の引き出しの奥の奥に手を伸ばし、木箱を取り出す。


『あれ?この木箱ってこんな色だったかしら?』


杏香はそう思った。

取り出された木箱の色は少し黒みがかった年季を感じる物であった。

杏香が以前見た時には飴色位の色合いだったと記憶していた。

数度見た程度だったから記憶違いかもしれないと思い直して同僚の女に箱を渡す。


「何か・・・普通・・・」


同僚の女は箱を開け、中の手鏡を取り出してそう感想を述べた。

しかし、杏香はその同僚の女の手にする手鏡を見てギョッとする。

明かに以前見た時と印象が違う。


『何だか嫌・・・禍禍しい?』


杏香は心の中でそう思い慌てて同僚の女に告げる。


「見たよね?」

「うん・・・見たけど・・・」

「じゃあもう仕舞うから返して」

「うん・・・分かった・・・」


杏香は返して貰った手鏡を木箱に再度仕舞い、元在った鏡台の奥の奥に仕舞う。

その日はそれで終わった。

それからも特に変わらぬ日常は続いた。

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