第3話 『時戻し』の懐中時計 参

刻人は良い品を手に入れたと件の懐中時計を更に大事に肌身離さず持ち歩く様になった。

元より大事に大事に取り扱っていたが、朝と昼、更には就寝前に懐中時計を磨く様になる。

そして、その懐中時計を手に入れてからの刻人の会社の業績は更に飛躍して行く。

刻人個人も競馬で馬券を買えば必ず当て、株やFXなどの投資も可成りの儲けを出し、ゴルフでも好成績をマークし、付き合いのある者たちは刻人の事を『持っている男』と認識し、更に懇意にしようとし、人が人を呼ぶ好循環が生まれて行った。


「時任社長は今や飛ぶ鳥を落とす勢いですな!」

「ははははは、それもこれもラッキーアイテムを手に入れたからですよ!」

「ほう!ラッキーアイテムですか?」

「はい!」


刻人にとっては雲の上とも呼べる会社の社長との縁が生まれ、今まさにその社長と会食を行っていた。


「ところで、時任社長はご結婚されているのかな?」

「いえ、何分にもご縁がなく・・・」

「わははははは、それは運命だね!」

「運命ですか?」

「そう!良ければ、うちの娘と会ってみないかい?」

「え?お嬢様と?」

「わははははは、お嬢様と呼べるかはわからぬが、親の色目もあろうが、それなりの器量だと思うのだがね~」


刻人は大チャンスだと内心大喜びし、この社長の娘さんに会うこととする。

そして、刻人は運命を感じた。

いや、単なる一目惚れである。

刻人は人生で2番目に美しい女性に巡り合ったと感じ、お見合い後も猛アピールし彼女のハートを射止め、結婚に至る。

お見合いから約1年後には結婚し、更に1年後には子宝に恵まれ順風満帆と自他共に思える生活を送っていた。

その頃には「失敗しない経営者」としてメディアなどでも取り上げられ、時の人となっていた。

しかし、ある日、大事件が起こる。


『日本最大の不祥事』

『贈収賄金額過去最高額』

『愛人を囲い、悠々自適生活』

『家庭と愛人宅の二刀流』

『娘は失敗しない男の嫁』


義理の父となった件の社長が会社の金を横領し、その容疑で捕まった後、賄賂に関する罪も余罪として検察により取り調べられ、調べた限りで過去最高額だったことからメディアは挙ってそれを取上げ、巷ではその話題で持ち切りとなった。

その影響は刻人も襲った。


「時任社長!義理とは言え親の犯した罪についてどう思われますか?」

「あなたは捕まる前から知っていたんじゃないですか?」

「あなたも何か疾しいことが・・・」


マスコミは挙って刻人の発言を求め、会社、果ては自宅まで押し寄せて来た。

今までの名声は一瞬にして裏返る。

刻人自身には何も問題はないにも関わらず、世間、いやマスコミはそっとしておいてくれない。

妻もマスコミに追い回されたり、世間に後ろ指を指され、ノイローゼとなり、家庭も崩壊した。

ニュースでは義理の父の罪について詳しく報道していた。

3年前、丁度刻人が義理の父と知り合った頃に最初の横領を行い、賄賂を受け取る様になったようだ。


「3年前に戻れば・・・止められるかも?」


刻人はそっと胸ポケットを擦る。

そこには件のラッキーアイテムがあり、硬質な手触りを刻人に伝え、その存在を教える。

しかし、刻人は躊躇う。

懐中時計に何度も助けられているので刻人は知っている。

時を戻せば同じ失敗は起こらない。

失敗どころか成功の道を簡単に選択出来た。


「最大で10日戻したことはあるが・・・3年か・・・」


刻人はやはり躊躇う。

この懐中時計を使う事で色々と把握して行った。

最初の内は半日や数時間の時を戻していた。

多少の疲れは感じるが、それ以上でもそれ以下でもなかった。

しかし、使っていく内に気が付く。

何の代償も無く時を戻すことは出来ないことを。

10日時を戻した際は、自分の変化に驚いた。

明かに老け込んだのが分かる。

時を巻き戻した前後で肌の皴や沁みが違う。

妻からも「最近あなた老け込んで来たわね」などと言われていた。

刻人の予測では時を戻すとその戻した数倍の自分の時を消費しているのではないかと考えていた。

ふと鏡を見れば、40歳半ばのはずが下手をすれば60歳台後半にも見える容貌。


「気のせいとか言えんよな・・・」


取り出して懐中時計を眺める。

毎日磨いているので指紋も付着していないピカピカのガラス越しに時を刻んでいる。

陽の光を受けてキラキラと煌めいいているのであるが、刻人にはその煌めきが怪しく光っている様に見える。

一旦そっと目を瞑り、再度懐中時計を見やるが、煌めきは変わらない。

しかし、先程感じた怪しさは鳴りを潜める様に無く、眩いばかりに煌めいていた。


「き、気のせいか・・・」


同じ「気のせい」という言葉が漏れた。

同じ言葉ではあるが指すものが違う。

そのはずなのに同じものを指している様に感じる。

そして、後の「気のせい」は気のせいに思えない。

背筋に冷たい物を感じ悪寒を走らせるが、それこそ「気のせい」であるが、言い知れぬ不安から「気のせい」に感じない。

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