第8話
青く澄み渡った空の下、かつての死の大地——ゼロス領の黒土の上で、人類の常識を覆す規格外の建築作業が進んでいた。
「——よし、外装の組み上げはこれで最後だ! 【分解(ジョイント)】!!」
レイドが、空中に浮かび上がらせた銀色に輝く『神代のミスリル煉瓦』に向けて、蒼い魔力の光を放つ。
パキィンッ!という硬質で清涼な音と共に、ミスリル煉瓦の表面に寸分の狂いもない凹凸(ホゾとホゾ穴)が瞬時に彫り込まれ、まるで吸い込まれるように、すでに積み上げられた壁の最上段へとカコンと嵌まり込んだ。
通常、王国の最高峰の鍛冶師が数日がかりで高熱の炉に入れ、ようやく形を変えられるほど強固な神代の金属。
それが、レイドの【分解】と再構築の力にかかれば、まるで子供のレゴブロックのように、一切の繋ぎ目も隙間もなく、完璧な精度で組み上げられていくのだ。
「ふむ……。我ながら、完璧な施工だ。前世の耐震基準どころか、直下型の巨大地震が来ても、ドラゴンのブレスが直撃しても、絶対に倒壊しない最強の要塞だな」
レイドは、腰のツールポーチの帯を締め直しながら、完成したばかりの新居の外観を見上げて満足げに頷いた。
一階部分の土台と外壁は、すべて神代のミスリル煉瓦で構成されている。銀色の鏡面のように磨き上げられた壁は、太陽の光を浴びて神々しいほどの輝きを放っている。
そして、建物の南側に大きくせり出した二階部分——セラフィーナの部屋となるサンルームには、廃棄ダンジョンから抽出した『古代ガラス』が全面に嵌め込まれていた。
曇り一つない透き通るようなガラスは、外からの冷たい風を完全に遮断しながら、陽の光だけを柔らかく透過させ、室内を春の陽だまりのように照らし出している。
その神業としか言いようのない建築速度と美しさを、少し離れた場所から見つめていたセラフィーナは、ただただ感嘆の溜息を漏らすことしかできなかった。
(魔法の力で土や石を錬成する魔導士は見たことがあるけれど……あんなにも美しく、そして完璧な構造を持った建物を、たった半日で創り上げてしまうなんて……)
彼女の銀色の瞳には、すでにレイドの姿が、建物を建てる職人としてではなく、世界を創造する唯一絶対の『神』として映っていた。
***
「さて、外側(ガワ)は完成した。次は内装と、生活インフラの整備だな」
レイドは鼻歌交じりに新居の中へと足を踏み入れた。
彼が目指しているのは、ただ頑丈なだけの要塞ではない。前世の記憶にある『現代日本の快適な住環境』を、ファンタジー素材のオーバースペックで完全再現することだ。
(この世界の貴族の屋敷は、外見だけは立派だが、冬は石壁から冷気が底冷えするし、水回りだってメイドがいちいちお湯を運んでくるアナログ仕様だ。……そんな不便な生活、俺はご免だからな)
レイドは、床板を張る前の基礎部分にしゃがみ込むと、ツールポーチから大量の『冷却魔石』を取り出した。
それは、セラフィーナの呪いを解体した際に抽出された、極めて純度の高い魔石である。
「こいつの魔力流のベクトルを反転させて、発熱仕様(ヒーター)に書き換える。……よし、これを床下の基礎全体に、等間隔で敷き詰めて……と」
彼の手から放たれる【分解】の光が、魔石の術式を次々と書き換え、床下に固定していく。
これで、冬場でも足元からじんわりと部屋全体を温める『全面床暖房』の完成だ。
(次は水回りだな。地下水脈の構造を分解して、水路を二階まで引き上げる。途中に『毒素や瘴気を分解するフィルター』となる魔石の層を挟んでおけば、いつでも完璧に自動浄化された安全な水が使えるぞ)
カチカチカチ……と、魔法工学の常識を無視した配管作業が、レイドの脳内設計図の通りに音もなく組み上がっていく。
捻ればいつでもお湯が出る蛇口。
汚れを自動で【分解】し、常に清潔を保つ水洗式のトイレ。
そして、あの極上の露天風呂とは別に、室内にも神代の木材を贅沢に使った広々とした内風呂を完備した。
「よしっ! これでインフラは完璧だ。セラフィーナ、中に入ってきていいぞ!」
レイドの明るい声に呼ばれ、セラフィーナは恐る恐る、しかし胸を高鳴らせながら、真新しいミスリルの扉を押し開けた。
「あ……」
一歩、中に足を踏み入れた瞬間。
セラフィーナの素足(まだボロボロのドレスで靴も履いていないため)に、床板からじんわりと、けれどもしっかりとした『温かさ』が伝わってきた。
「床が……温かいです……?」
「ああ、床下に魔石のヒーターを組み込んで『床暖房』にしておいた。あの冷たい石造りの王宮より、ずっと快適だろ?」
レイドが当然のように言うその言葉に、セラフィーナは思わず立ち尽くした。
どこを見渡しても、埃一つないピカピカの木目と、優しいオレンジ色の魔石のランプが空間を彩っている。
南側のサンルームからは、古代ガラスを通して温かな陽の光が降り注ぎ、部屋全体がまるで光の繭に包まれているようだった。
***
(この完璧で、安全で、温かい場所。これをすべて、レイド様が……私のために……)
セラフィーナの胸の奥で、昨日芽生えたばかりの『狂信的な愛情と独占欲』が、豊穣の黒土に水を撒かれたように、一気に爆発的な成長を遂げていくのを感じた。
彼が創り出す世界は、あまりにも優しすぎる。
もし、この圧倒的な快適さと、彼の惜しみない庇護を、他の誰かが知ってしまったら。
王国の強欲な貴族たちや、身の程知らずの女たちが、この私の『神様』に群がってきたら……?
(そんなこと、絶対に許さない。彼の隣は、私だけの特等席。……彼を私だけのものにするために、私が、彼にとって『なくてはならない存在』にならなければ)
セラフィーナは、強く拳を握りしめると、真っ直ぐにレイドへと向き直った。
その青い瞳には、かつての無感情な氷の令嬢の面影など微塵もない。熱を帯び、仄暗い執着と純粋な決意が入り混じった、恐ろしくも美しい光が宿っていた。
「……レイド様」
「ん? どうした? どこか寒かったか?」
「いいえ。……私、決めました」
セラフィーナは、一歩だけ彼との距離を詰めると、澄み切った声で、はっきりと宣言した。
「この素晴らしいお家での、レイド様のお世話は……私が、すべてやります!」
「えっ?」
「お掃除も、お洗濯も、お料理も。レイド様がお仕事(開拓)に集中できるよう、生活のすべてを、私が完璧に管理させていただきます。……他の誰にも、レイド様の身の回りのことは、絶対にさせませんから」
それは、ただのメイドとしての申し出ではない。
彼の生活の基盤を完全に握り、彼の手足となり、最終的には「彼女がいないと生きていけない身体」にしてしまおうという、極めてヤンデレ的で重すぎる『正妻宣言』であった。
***
しかし。
そんな彼女のドロドロとした熱情や、裏に隠された重すぎる独占欲など、前世が解体屋のオッサンであるレイドが察知できるはずもなかった。
「おおっ、マジか! それはすげえ助かるよ!」
レイドは、純粋に「便利な同居人が家事を引き受けてくれた」くらいの軽いノリで、パァッと顔を輝かせた。
「俺、モノを壊したり創ったりするのは得意なんだけど、片付けとか料理とか、そういう細かい家事って昔から苦手だったんだよな。いやあ、お前がいてくれて本当に助かるよ」
「……っ!」
『お前がいてくれて、助かる』。
その無自覚な殺し文句が、セラフィーナの鼓膜を震わせ、脳髄を直撃した。
彼女の存在意義を、彼がはっきりと、これ以上ない言葉で肯定してくれたのだ。
そして次の瞬間。
レイドは「これからはよろしくな」と笑いながら、彼の大きくて温かい、節くれだった無骨な右手で——セラフィーナの銀色の髪を、ポンポンと、無造作に撫でたのである。
「あぁ……っ……」
セラフィーナの口から、甘く、とろけるような吐息が漏れた。
頭頂部から伝わってくる、火傷しそうなほどの熱。
彼の大きな手のひらに包み込まれるという、圧倒的な安心感と所有感。
(私、レイド様に、必要とされてる……。この方の役に立てる……。あぁ……幸せ……)
彼女の脳内は、すでに致死量の幸福物質(エンドルフィン)で完全にショートしていた。
膝から力が抜けそうになるのを必死に堪え、彼女は目を細め、猫のように彼の手のひらに自身の頭をすり寄せた。
文字通り、魂が『昇天』してしまうほどの、究極の至福。
最強の豪邸と、すべてを捧げてくれる(重すぎる)同居人。
レイドの辺境開拓は、今や王国のどの貴族よりも快適で、チートなスローライフへと突入しようとしていた。
——だが、その平和な空気を切り裂くように。
サンルームの古代ガラス越しに見える遥か上空、雲の切れ間から。
巨大な翼を持った『飛来する脅威』の影が、真っ直ぐにこの新居を目掛けて急降下してくるのを、二人はまだ知る由もなかった。
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鑑定結果「ゴミ」と書かれたスキルで追放されたけど、俺の【分解】は万物を素材に戻せるので、廃棄ダンジョンを丸ごと解体して最強の領地を作ります kuni @trainweek005050
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