ショートSF 進化の時間

瀧野廴月

第1話 進化の時間

「質問!」


 手を挙げたのは御伽中学始まって以来の秀才と謳われる女子生徒・高山貴恵だ。科学担任の森岡裕也は貴恵を指し、貴恵は立ち上がった。


「じゃあなんで今の猿たちは人間に進化しないんですか?」


 森岡は「うん」と頷き、クラスを見回した。


「それについては様々な考察がなされてはいるんだが、実際のところ確たる説はない」


 誰も興味がなさそうに見えた。


「それでも、まあこれかなという説はあって、それは現状満足説とでも…俺が名付けたんだけど――」


 笑いも起きない。


「猿も人間も〈根〉では同じ祖先をもつんだが、進化過程で枝分かれをした。これは普通に言われている。そうなんだが、進化して人類になった猿と、猿のままでいた猿たちには決定的な違いがあったんだ。それが〈満足〉だ。人類には現状で満足しない強い変化願望があったけど、いま猿のままの猿たちにはそれがなく、簡単に表現すれば〈まあこのままでもいいや〉とでも言うか、要は満足があったんじゃないかって話だ」


 聴いていた貴恵が首を傾げ、森岡に尋ねた。


「進化って、そんな感じで起きるんですか?じゃあ先生、今の猿たちの中に〈自分はもっとこうがいいな〉っていう猿が現れたら、それは人類になる可能性もあるんですか?」

「無理だろうな」

「なぜですか?」


 森岡は笑って言った。


「いまの猿たちの中に、一匹でもそんな変化願望を持つ個体がいると思えないからだ。あれらは日々薄暗い洞窟や木陰に身を潜めているが、それは我々人類を恐れるからだ。なにを恐れるかって?我々はあれらに危害など加えないのに、って言いたいんだろう?それは、彼等が目にしたくない眩いばかりの進化願望を我々が持っているからだ。あれらは、手の届く範囲の葉を千切っては食い、食っては排泄して過ごす〈だけの生き方〉を選んだんだ。以前は違ったという説を唱える考古学者なんかも居るが、どうかな。生来のナマケモノな生き物だというのが真実じゃないか?何もしたくないし、されたくないから籠って生き、昨日のまま今日を迎え、そのままの自分で明日になることに不安も焦りも持たないのさ。つまりは、進化を捨てているというか」

「つまらない生き物ですね」


 そう言い、貴恵は尾を体に巻き付けて着席した。

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ショートSF 進化の時間 瀧野廴月 @yomukaku7

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