第7話 氷の令嬢の「おもてなし」は、斜め上に暴走する
学園祭まであと三日。
クラスのカフェ『スノウ・ホワイト』の設営は大詰めを迎えていた。僕と神代さんは、昨日買い出しに行ったあのベルベットの布を、看板の周囲に飾り付ける作業を任されていた。
「……佐藤くん。貴方、その画鋲の刺し方は何? 左右のバランスが0.5ミリずれているわ。私の美意識に対する挑戦かしら」
脚立の上から見下ろす神代さんは、相変わらず厳しい。だが、その瞳はどこか楽しげに潤んでいる。
(((((((((((((((((((((((((((幸せ……!! 共同作業! 設営! 文化祭の醍醐味ね!! 狭い看板の裏側で、佐藤くんと肩を寄せ合って作業する……。これ、実質的に一緒に家を建てているようなものじゃない!? 「ねえ、カーテンの色はどうする?」「君の好きな色でいいよ」……あああ、新婚生活の予行演習だわ凛花!!)))))))))))))))))))))))))
まだ看板を立てているだけなのに、彼女の脳内ではすでに一戸建てが完成していた。
僕は苦笑しながら、脚立を支える。
「ごめんごめん、直すよ。……でも、神代さんが手伝ってくれるから、他の男子たちが羨ましがってたよ」
「……フン。当然よ。私の隣を歩く権利を得られるのは、世界で一人だけ。……貴方みたいに、何の手柄もない一般市民を隣に置いてあげている私の慈悲を、その身に刻みなさい」
(((((((((((((((((((((((((((((((((((羨ましがってた!? 本当に!? 他の男の子たちが、私と佐藤くんの仲を認めたってことよね!? そうよ、彼らは賢明だわ!! 佐藤くんは私のもの! 私は佐藤くんのもの!! 誰にも邪魔はさせない……たとえこの学園が明日隕石で滅びようとも、私は彼の手を離さないわああああ!!))))))))))))))))))))))))))))))))))
隕石なんて降ってこないから安心してほしい。
作業が進む中、クラスの女子数人が近寄ってきた。
「佐藤くーん、ちょっと手伝ってほしいところがあるんだけど、いいかな?」
「廊下の装飾の脚立がグラついてて、男子の力が欲しくて」
「あ、いいよ。すぐ行くね」
僕が返事をした瞬間、背後の神代さんから、言葉では言い表せないほどの「絶対零度の冷気」が放たれた。
「……待ちたさい、佐藤くん」
「え?」
「……その作業は、まだ終わっていないわ。……それに、廊下の装飾なら、そこにいるセバスたちが十秒で完璧に仕上げてくるわ。貴方が出る幕なんてないのよ」
いつの間にか教室の隅に待機していたSPたちが、一斉に「御用でしょうか!」と女子たちを包囲する。
((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアアアア!! 行かせない! 一歩も外へは出さないわ!! 佐藤くんを廊下という魔境へ放り出すなんて正気の沙汰じゃない!! そこで他の女に「重いよー」とか言われて上目遣いで頼られたらどうするの!? 彼は私の専属脚立支え係(仮)なのよ!! 死んでも渡さないわああああ!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))
専属脚立支え係という不名誉な役職を与えられつつも、僕は女子たちに謝って作業を続行した。
神代さんは不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、僕にだけ聞こえる声で告げた。
「……放課後。私の屋敷に来なさい。……言ったでしょう、セバスのいない時に、って。……特別な『試作』をさせてあげるわ」
「特別な試作?」
「ええ。カフェの本番で出す、秘蔵のメニューよ。……楽しみになさい」
((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((言った……!! 誘った!! 二人きりのお家デート!! 今日こそは佐藤くんを私の甘いお菓子で骨抜きにして、そのまま私の部屋のテディベアとして一生可愛がってあげるんだから!! 待ってて佐藤くん、私の女子力の全てを注ぎ込んだ『至高の一品』を披露してあげるわ!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))
テディベア化の危機を感じつつも、僕は彼女の真っ赤になった耳を見て、断る選択肢など持っていなかった。
神代家の巨大な門をくぐり、通されたのは客間ではなく、彼女のプライベートに近い小食堂だった。
確かに、いつも背後に立っているセバスチャンさんの姿はない。他のメイドたちも、心なしか遠巻きに控えている。
「……座りなさい。今日はセバスが神代グループの緊急役員会議に呼び出されたから、私が給仕(サービス)してあげるわ。光栄に思いなさい」
神代さんは、どこか落ち着かない様子でエプロンの裾を整えながら、キッチンからワゴンを押してきた。
(((((((((((((((((((((キタアアアアア!! ついに来たわ!! 監視の目がない二人きりのゴールデンタイム!! セバスの飲み物にこっそり『眠くなる魔法(※ただの強力なノンカフェイン茶)』を混ぜた甲斐があったわ! 佐藤くん、見て! 今日の私は一味違うわよ、新妻オーラ全開の私の姿を目に焼き付けなさい!!))))))))))))))))))))
魔法という名の力技で執事を排除したのか……。
神代さんがワゴンの上の銀色のドーム型カバーをゆっくりと開ける。
「これが……学園祭カフェの特別裏メニュー候補、『氷の令嬢の情熱(パッション)』よ」
現れたのは、真っ赤なソースがこれでもかとかかった、燃えるような色のフォンダンショコラだった。
「……すごい色だね」
「見た目に惑わされないことね。中身が肝心なのよ」
(((((((((((((((((((((((((((((((((((((((中身には私の愛(糖分)を通常の三倍詰め込んだわ!! これを食べた瞬間、佐藤くんの脳内麻薬はドバドバと溢れ出し、私以外の女性を直視できない体質に改造されるはず!! 食べなさい! 私の心臓を食べるつもりで、一口残さず味わい尽くしなさい!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))
体質改造は困るが、僕はフォークを入れてみた。
中から溢れ出したのは、とろりと溶けた温かいチョコレート。一口食べると、驚くほど濃厚で、そしてどこか懐かしい甘さが広がった。
「……美味しい。これ、神代さんが一人で作ったの?」
「……ええ。セバスの助けなんて借りていないわ。貴方のためにわざわざ……いえ、クラスの売上のために、私の高貴な時間を割いてあげただけよ」
神代さんは、僕が食べる様子をじっと見つめている。その指先は、期待と不安で小さく震えていた。
「神代さん。本当に上手だよ。学園祭でこれを出したら、みんなびっくりすると思う」
「……そう。貴方がそう言うなら、メニューに加えてあげてもいいわ」
((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((褒められたあああああああ!! 上手って! 上手って言われたわ!! ああああ、佐藤くんの唇にチョコがついてる! 取ってあげたい! 指でそっと拭って、そのまま……いえ、流石にそれはハレンチすぎるわ凛花!! でも、でも、今この瞬間、私たちの間にある空気は、完全に『恋人たちの休日』よね!? そうよね!?))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))
神代さんは、おもむろに立ち上がると、ハンカチを取り出して僕の顔に近づけてきた。
ふわっと、彼女の体温と甘いチョコの香りが混ざり合う。
「……汚いわね。じっとしていなさい。貴方は本当に、私なしでは食事も満足にできないのかしら」
至近距離。
彼女の白い指が、僕の口元に触れる。
その瞬間、彼女の「心の声」がピタリと止まった。
静寂。
聞こえるのは、ドクンドクンという、彼女の激しい鼓動だけ。
「…………」
「…………」
((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((ア、ア、ア………………ア、アイシテ………………))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))
あまりの緊張に、心の声までバグり始めている。
神代さんの顔が、火照るように真っ赤に染まっていく。
「……佐藤くん。私……貴方のことが……その……」
彼女の唇が、震えながら言葉を紡ごうとしたその時。
「お嬢様!! 大変です! セバスチャン殿が謎の昏睡から目覚め、こちらへ向かっております!!」
廊下からメイドの叫び声が響き、感動の空気は一瞬で吹き飛んだ。
「……っ!? あのしぶとい老いぼれが……! 佐藤くん、今日のところは解散よ! 早く帰りなさい、裏門から!」
「え、あ、うん。……おやすみ、神代さん」
僕は彼女に押し出されるようにして裏門へ走った。
遠ざかる屋敷の背後から、
(((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアアアアアアアアア!! 惜しい! あと一歩だったのに!! でもチョコは完食してくれた! 私の愛を受け取ってくれたのね!! 待ってて佐藤くん、学園祭当日は、誰にも邪魔されない場所で、私の『本当の声』を届けてあげるんだからあああああ!!)))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))
という、過去最大級の爆音が夜空に響き渡っていた。
僕の口元には、まだ彼女のハンカチの感触が残っていた。
学園祭当日、一体何が起きるのか。
楽しみ半分、恐ろしさ半分。
けれど、僕の心はもう、彼女の爆音なしでは物足りなくなっていた。
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学園一の嫌われ令嬢(実は超絶不器用)が、隣の席の俺にだけ「心の声」がダダ漏れな件について 宵月綴 @tsuzuri_y
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