第6話 氷の令嬢の独占欲は、静かに(脳内で)爆発する
学園祭の準備期間に入り、放園の放課後はこれまで以上に慌ただしくなっていた。
僕と神代さんは、クラスの出し物であるカフェの装飾に使う布を買い出しに行くため、駅前の大型手芸店にいた。
「……佐藤くん。貴方、さっきから何を見ているの? 集中しなさい。私の時間を一秒でも無駄にしたら、神代グループの法務部が貴方を提訴するわよ」
神代さんは、真っ赤なベルベットの布地を指先で検品しながら、僕に氷のような視線を向けた。
だが、僕がさっきから見ていたのは、布地でも、神代さんの美しい横顔でもない。
僕たちの後方を、一定の距離を保ってゾロゾロとついてくる「黒スーツの男たち」だ。
「……いや、あのさ。あの人たち、やっぱり目立つと思うんだけど」
「……セバスたち? 当然でしょう。私の身の安全を確保するのは、彼らの最低限の職務よ。貴方みたいな、ひょろひょろの護衛(仮)一人では、私の安全は一ミリも担保されないわ」
(((((((((((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアアアア!! 違うの! 佐藤くんごめんなさい!! 本当は二人きりが良かった! 二人きりで、腕とか組んじゃって、「これ、私たちの新居のカーテンにどうかしら?」なんて言いながら新婚ごっこをしたかったのよ!! でも、お父様が「佐藤とかいう素性の知れない男と二人きりなんて許さん!」って、精鋭のSPを30人も送り込んできたのよおおお!! 邪魔! 邪魔すぎるわセバス!!))))))))))))))))))))))))))))))))))
30人もいたのか。通りで、店内のお客さんがみんな怯えて逃げていくわけだ。
僕はため息をつきながら、神代さんが選んだ重そうな布のロールを抱えた。
「僕が持つよ。神代さんは、次の材料を見てきて」
「……ふん。非力なりに努力しようとする姿勢だけは評価してあげるわ。……あ、ちょっと待ちなさい」
神代さんが僕の袖をクイッと引いた。
その瞬間、SPたちの視線が一斉に僕に突き刺さり、殺気で空気が凍りつく。
(((((((((((((((((((((((((((((((((((ああああ!! 袖! 袖掴んじゃった! 佐藤くんの制服越しに、彼の二の腕の筋肉の存在を感じる……! 意外と鍛えてるのね、好き!! 今すぐこの袖をハサミで切り取って、私の寝室の『佐藤くん専用神棚』に奉納したい! でもSPたちが佐藤くんを敵と見なしてるわ……やめて、彼は私の未来の旦那様なのよ、手出ししたら全員解雇よ!!))))))))))))))))))))))))))))))))))
未来の旦那様扱いは流石に早すぎるが、SPたちを抑えてくれるのは助かる。
神代さんは真っ赤な顔をして、震える指先で隣の棚を指差した。
「……あそこにあるレース。あれも必要よ。貴方のその泥臭いセンスでは選べないでしょうから、私が選んであげるわ。……行きなさい」
僕たちは店内の奥へと進んだ。
すると、そこで偶然、同じクラスの女子グループと出くわしてしまった。
「あ、佐藤くんだ! お疲れ様ー!」
「神代さんも一緒? もしかして買い出し?」
クラスの女子たちが明るく声をかけてくる。
神代さんは一瞬で表情を「絶対零度」に戻し、一歩前に出て僕を背中に隠した。
「……ええ。実行委員の仕事よ。貴方たちこそ、こんなところで油を売っている暇があるの? クラスの装飾計画書、まだ未提出だと聞いているけれど」
「あはは……厳しいなぁ。あ、佐藤くん、その持ってる布、重くない? 手伝おうか?」
女子の一人が、僕が抱えている布に手を伸ばそうとした。
その瞬間、神代さんの周囲の気温が物理的に5度くらい下がった気がした。
((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアアアアアアア(音割れ・絶叫)!!!!!! 触るな! その汚らわしい手を佐藤くんから離しなさい!! その布は、私と佐藤くんの共同作業の証なのよ!! 彼の腕の筋肉を労わっていいのは、世界で唯一、私だけなの!! 今すぐこの女子たちを、神代グループが所有する無人島へ一週間の『マナー研修(再教育)』に送り込んでやるわあああああ!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))
マナー研修という名の流刑はやめてあげてほしい。
神代さんは、女子の手をパシィッ! と扇子で払い除けた。
「……触らないで。この布は特殊な加工が施されているの。素人が触ると変色するわ。……行くわよ、佐藤くん」
「え、あ、うん。……それじゃ、学校でね」
僕は女子たちに苦笑いを見せながら、神代さんに引きずられるようにしてレジへと向かった。
神代さんの背中からは、もはや火炎放射器のような怒りのオーラ(と、僕への重すぎる独占欲)が吹き出していた。
大量の資材を詰め込んだリムジンに荷物を預け、SPたちが周囲の一般客を(物理的に)遠ざける中、僕と神代さんは駅前の広場にいた。
「……ふん。少しは役に立ったわね、佐藤くん。あんな女子たちにヘラヘラと鼻の下を伸ばしていたのは、私のパートナーとして恥ずべき失態だけれど」
神代さんは冷たく言い放ちながら、銀色の扇子をパチンと閉じた。
だが、僕の脳内では、彼女の怒りはすでに「寂しさ」と「反省」に上書きされていた。
(((((((((((((((((((((言いすぎた! また言いすぎたわ凛花!! 「鼻の下を伸ばしてた」なんて、私、どれだけ嫉妬深いのよ! 佐藤くんがクラスの子と仲良くするのは普通のことなのに! 私があんなに威嚇(いかく)したせいで、彼に『怖い女だな』って思われたらどうしよう!? あああ、今すぐ時間を巻き戻して、あの女子たちの記憶を消去して、私の今の暴言も甘い愛の囁きに変換したい!!))))))))))))))))))))
変換しなくても、君の「本音」が筒抜けだから大丈夫だと言いたい。
僕は夕日に照らされた広場のベンチを指差した。
「神代さん、少し休まない? 重い布、ずっと選んでくれてて疲れただろ」
「……別に。神代家の人間はこれくらいで根を上げたりしないわ。……でも、貴方がどうしてもと言うなら、付き合ってあげてもいいわよ」
僕たちは少し離れた場所に座った。SPたちが半径十メートル以内を鉄壁の陣で見張っているけれど、このベンチだけは、不思議と二人だけの空間のように感じられた。
神代さんは、隣に座る僕との距離を、あと数センチ詰めようかどうしようか、指先をモジモジさせながら葛藤していた。
((((((((((((((((((((((チャンス……! 今、SPたちは逆光で私たちの手元が見えにくいはず……! 勇気を出すのよ凛花、ここで彼の制服の裾(すそ)を掴むだけでいい……! それだけで、私たちは「運命の共同体」になれるのよ! あああ、でも手が震える! 私の指先が、佐藤くんという太陽の引力に吸い寄せられて……!!))))))))))))))))))))
すると、神代さんが意を決したように、僕の隣で小さな、本当に小さな声で呟いた。
「……佐藤くん」
「ん?」
「貴方……その、学園祭の準備が終わったら。また……私の家に来なさい。今度は、セバスがいない時に」
僕は一瞬、耳を疑った。
あの神代凛花が、あからさまに「二人きり」を望むような発言をするなんて。
(((((((((((((((((((((((((誘ったあああああああああああ!!!!!! ついに言ったわ! 「セバスがいない時に」って! これ、実質的にプロポーズじゃないの!? いえ、それ以上の『秘め事』の誘いよ!! 佐藤くん、驚いてる……変な意味に取られたかしら!? いえ、変な意味で合ってるのよ、私は貴方と二人きりで、誰にも邪魔されずに、貴方の声を独占したいのよおおお!!)))))))))))))))))))))))
彼女は真っ赤な顔をして、立ち上がった。
「……勘違いしないで。セバスがいると、彼は私の恥ずかしい過去の話ばかりするから、貴方の教育に悪いと思っただけよ! いいわね、返事は『YES』か『はい』しか認めないわ!」
そう言い捨てて、彼女は迎えのリムジンへと足早に歩き出した。
SPたちが慌てて彼女を追う中、僕は一人ベンチに取り残された。
夕闇が迫る広場。
彼女が去った後のベンチには、微かに彼女が使っている高級な香水の香りと、そして——。
(((((((((((((((((((((((((((((((((((ああああああ幸せえええええ!! 佐藤くんが私の誘いに一瞬固まった! あの顔、私の脳内ハードディスクに4K画質で保存したわ!! 明日の朝までリプレイし続けるわよおおお!!)))))))))))))))))))))))))))))))))
——遠ざかっていく彼女の、割れんばかりの歓喜の絶叫が響いていた。
僕は空を仰ぎ、小さく笑った。
神代さんの独占欲は、確かに重い。
けれど、その重さが、今の僕には少しだけ心地よくなり始めていた。
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