秋の虹の記憶

sui

秋の虹の記憶

夕暮れの田んぼ道を歩いていた少女は、ふと立ち止まった。

さっきまで降っていた細かな雨がやみ、黄金色の稲穂の向こうに七色の光がかかっていた。

秋の虹だった。


虹は夏の激しい雨上がりにこそ現れるものだと、彼女は思いこんでいた。

けれど、秋の虹はちがった。

淡く、静かで、まるで人に見つかることを恥じているような、ひそやかな色合いだった。


虹の根もとを探すと、小さな鳥のような光が舞っていた。

それは羽をたたみ、少女の方へゆっくり近づくと、ささやくような声を響かせた。


「秋の虹はね、なくしたものを抱きしめ直したい人にだけ見えるんだよ。」


少女ははっと息をのんだ。

この夏に亡くした祖母のことを思い出していたからだ。

祖母と一緒に歩いたこの田んぼ道、笑い声、秋祭りで手を握ってくれたぬくもり。

その全てが、胸の奥で虹の色と重なっていく。


光の鳥は少女の涙を見守るように羽を広げると、やがて虹の中へ消えていった。

空にはもう、暮れかけた茜色と、月の白い光だけが残っていた。


少女は深く息を吸い込み、そっと微笑んだ。

――大切な人はもういないけれど、記憶の中で何度でも会える。

秋の虹は、そのことを教えてくれたのだ。

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秋の虹の記憶 sui @uni003

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