手向けの花

白川津 中々

◾️

 道路に花が手向けてあった。

 誰かが死んだのだ。


 きっとニュースにさえならなかっただろう。名前も知らない人が死に、僕達は当たり前に生きている。まるで今が永遠に続くような思いで、小さな苦楽に一憂しながら。


 皆それぞれ生きていて、自分が死ぬだなんて思ってもいなくて、大切な人と、同じ時間を過ごし、それが続くと信じている。花を手向けられた名前を知らないこの人も、そうだったのだろう。当たり前のように生きて、当たり前のように、誰かと一日を過ごすつもりだったのだ。


 この花は誰が手向けたものなのか。きっと大切な人だろう、大切にしてくれていた人だろう。どんな思いでこの花を手向けたのかと、胸がしんと沈む。誰かが死んで、誰かが残された。何も知らない僕はそれをまざまざと見せられる。誰かの人生が、僕にのしかかる。顔も名前も知らず、話した事もない人の人生が。


 今日も誰かが命を落とす。名前も知らない誰かが、人知れず、存在していた痕跡だけを残していなくなる。あまりに早く、あまりに突然に、僕達を置いて。


 手向けられた花はこのまま萎れていくだろう。思い出が消えていくように、誰かを忘れるように、少しずつ、少しずつ。風に揺れ、色褪せて。それでも誰かの心の中では鮮明に、ずっと、ずっと、残っていく。手向けの花が、ずっと、ずっと。

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