Ep.10 事件が起きたら何をしますか?(1)

 本日は風村さんへの講義もない。平和に家へ帰ることができるのだろう。ほんの少し寂しい気持ちもあれど。風村さんも時には家でゆっくりしたいだろう。

 そうなって、僕は昇降口の靴箱へ。

 開けてみたところ、ひらり一枚。ハートのシールが貼られた封筒が舞い落ちた。


「えっ……」


 ここでわなわなと震えている姿を見て、周りの人が指を差している。「アイツは変だ。挙動不審で警察に捕まってしまえ」と。ただ後ろ指をさされようが、軽蔑されようが。

 僕の心が穏やかならぬことは変わらない。

 これはどう考えてもラブレターと呼べるものだろう。

 誰が、どうして、何で。

 心当たりも思い当たりもないため、その場で考えた人になってみる。しかし、思い浮かばない。

 ただ、だ。このまま恋愛に浮かれてしまうとなると、風村さんに費やす時間が無くなってしまう。まだ風村さんには色々教えないといけないこともある。小説を書き始めた彼女が迷ってしまうだろう。

 そんな交際をしているのに他の女の人と密会すると言うのも、酷いことだと思う。浮気者だと思われて、僕の評判を地に落としたくもない。風村さんもきっと巻き込まれてしまう。

 いや、どうしてここまで風村さんのことを考えるのか分からないのだが。

 ともかく好意を寄せてくれた相手には申し訳ないのだけれども。交際云々に関しては風村さんとの関係が落ち着いてから、にしよう。彼女が僕をいらないと思った時、それ位で構わない。

 色々考えて歩いて、公園の近くまで来たところで。

 ラブレターの封を開けさせてもらう。そこにはマーカーペンの力強い筆跡で書かれていた。


『お前は間もなく死ぬ』


 どんな顔で見れば、いいのだ。たぶん、その引きすぎた顔が変に思われたのだろう。近くにいた子供が反応していた。「あのお兄ちゃん変なのー」、「こら! 見ちゃいけないわよ! 急いで帰るわよ」と。

 これは脅迫状なのか。それとも医師の診断書か。殺害予告なのか。ラブレターなのか。

 まぁ、そんなことはどうでも良い。


「……ってことで、これをもとに風村さんに大事な話をしておきたいんだ」


 風村さんが絶句しながら、謎の手紙を読んでいた。それから彼女は立ちあがって、きゅっと胸を引き締める。それでもぼんきゅっぼんのままだと考えたのは内緒だ。


「そうね。生徒会長として、この学校で起きた卑怯なことは許せな」

「事件の捜査の仕方について教えていこうと思う。この前で、事件は起きたもんね」

「えっ?」」

「被害者がテンプラにされたら、まぁ、まず最初は警察を呼んで、まぁ、まだ生きてるかもしれないからと探偵が救急車を呼ぶってところから始めるかな」

「はっ? えっ? 手紙は?」

「ん? だから、この手紙をもとに教えていくよって言ったじゃんか」


 風村さんが今度はわなわなと震え始めて、何故か僕の方を指差した。


「そ、その犯人が怖いとかじゃなくって?」

「ああ、そっちはどうでもいいかも」

「アンタってやっぱ変わってるわね」


 指摘されたのだが。実感は全く湧かない。どうでもいいこと、だ。

 風村さんは引き締めていた胸を垂らした。今度はぼんぼんぼんになった。


「で、まずは大事なのは容疑者の特定から始めることだね。容疑者を逃がさない。まぁ、現実は逃げられちゃうことも多いけど……初めて書くならしっかり容疑者は絞っておいた方がいいね。特に誰が犯人かっていうミステリーには大事だ」

「テンプラ屋の方は店員しか厨房に入れないから分かるけど……そっちの手紙についてはどうやって調べるのよ。場所によっては、監視カメラとかでって手もあるけど、学校にそんなものはないわよ?」

「そうだね……でも、まぁ、そこは探偵の力量の発揮だよね。この手紙は学校の外のコンビニで売ってる」

「そっか……そんなにうまくいくのかなぁ?」


 コンビニ。そこで僕は店員に告げる。


「あの、この便箋でラブレターを書いた人なんですけども、自分の宛名を書くのを忘れちゃったみたいで……」


 若いギャルのような店員はまじまじとこちらを見つめる。後ろにいる客のふりをしている風村さんも本当に答えが分かるのかと訝し気になっている。

 しかし、だ。


「ああ、後ろに縛った女の子が買ってったの覚えてるよ。後々、男の子もいたかな……背の低い子。でも告白されたってことは女の子? モテるねぇ」

「……ありがとうございます」


 実際はモテたのではなくて、殺害予告もどきを貰った訳ですが。

 店を出た後は風村さんが興奮して、僕に伝えてきた。


「マジで探偵みたいなことしたのね。で、本当に分かるとは……!」

「まぁ、捜査の基本は虱潰し。この二人が犯人かとは言えないんだよ」

「えっ? ミステリー小説ならそのまま犯人でも」

「ええ。ミステリー小説だったら、それで絞ってもいいかも。ただ、盗まれた、とか、失くしたとかってありますからね。単に凶器を買っただけでは犯人とは言えないけれども。でも、一つの方針は分かるな」

「一つの方針?」

「その二人を調べるってこと。容疑者を調べていくってことが大事な話だな」


 まずはこうやって方針を決めさせることが大事だ。ゆらゆらさせていると、読者も分かりづらくなってしまう。

 何か探偵が解決のためにそう動くという目標を持っていけばいいと思うのだ。

 彼女も話を噛み砕いていく。


「テンプラ屋でも色々調べないといけないことがありそうね。怪しい従業員が何人かいるから、その従業員の動機とか、その時間の」

「アリバイとか……だな。そのために必要なのが聞き込みや事情聴取だね。探偵だったら聞き込みの方が強い。刑事だったらまぁ、事情聴取が大きいかな。かといって、探偵も刑事もどっちもやってることが多いけど」

「そっか……」


 だから、僕はするしかないのだ。


「あの……すみません。この辺りでラブレターについて知っている人はいませんか?これ、入れてるの見た人!」


 ただ聞いた人が間違いだった。その屈強な体をした男の学生は嫉妬の炎をこちらに向けている。


「ああ……?」


 しまった。


「何だぁ? ラブレター? あぁ? いいなぁ? お前いいなぁ? 何ラブレター貰ってるんだぁ?」

「いや、実際は中は違って……あっ、ちょっと聞いてくれない? ちょっと! 落ち着いてっ!?」


 他の狼の気配。こんなんだから一生モテないんだよ、と自分にも戻ってくるようなツッコミを入れて。

 僕は颯爽と逃げていく。お助け、と。

 風紀を守るはずの生徒会長曰く。


「聞き込みって言っても、気を付けないとヤバい人に連れてかれてるのね……」

「何か言ってないで助けろって!」

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