Ep.9 異常はどう作りましょうか?
「さて、今日は事件編に入りたいところだけども……」
ここからがミステリーの本番でもあろう。ワクワクドキドキしながら、行こうとするのだけども。
生徒会室で風村さんが紅い雫をだらりと口から垂らしながら、椅子に座っている。
「じ、事件だぁああああああああ!」
「えっ?」
「通報通報……!?」
急いでスマートフォンを手にする僕に対し、手が触れる。「へっ?」と間抜けすぎる声を出した後にそちらの方を。
「な、何を言ってるの?」
その顔は赤が広がって、大変なことになる。
「ぞ、ぞ、ゾンビー!?」
「し、失礼ね!」
で、次に頬に一発喰らうことになった僕。ゾンビは人をゾンビにすると言うけれど。今度は僕がゾンビになりそうです。
と茶番劇はここまでに。
僕は風村さんが口元を拭いたのを確認してからボヤく。
「何でトマトジュース口から出しながら、寝てたの。ミステリーだったら、とっくのとんまに死体として処理されてるよ。火葬されちゃってるよ」
「そこまでミステリーって適当じゃないでしょ。被害者の扱いとかどうなってんのよ……」
「まぁ、今回はそんな事件についての流れを説明していこっかな……まぁ、風村さんが書く小説については……前に被害者が唐揚げになったって説明したっけ?」
「唐揚げじゃないよ! テンプラだよ……いや、テンプラになったっていうのもちょっとおかしい気がしてきたけど……」
「まっ、それ以外にも応用できるように、だね。インパクトのある事件ってどういうものだと思う?」
彼女は腕を組んで、じっと考える。背中に重さを寄り過ぎたのか、彼女は椅子ごと後ろに倒れそうになっていた。
すぐに元の体制になって何事もなかったかのように、振る舞っていく。
「やっぱ傷だらけの遺体とか……? よくアニメや漫画でも残酷なシーンって、傷だらけとかのイメージがあるよね。被害者が体中切り裂かれているっていう、途轍もない猟奇的なシーン」
何をうっとりしているのか。残酷すぎる少女の目の前で何を言っているのか。変な風に話したら、僕が切り裂かれそうな気がするんだが。
勇気を出して口にする。
「ううん、そういう切り裂きっていうのは、まぁ、物語としてはインパクト抜群なのかもしれないんだけど……。ミステリーでやるとやり過ぎって思われることが多いかな。部位破損とかもそうだね。結構派手派手ではあって、ホラーミステリーにも使えるには使えるんだけど」
「そっか、人知を超えた力に見せかけるってこともできるけど、何か問題があるの?」
「うん。だって、傷作ったら、その分血が出るじゃんか」
「あっ」
「忘れてたね。返り血。斬れば斬る程。自分の利き腕とかも印象付けちゃう訳なんだよね。どう切りつけたかの力加減も分かるし。ホラーじゃ、そこまでは調べないけど……現実だったら、犯人をどんな手で使っても捕まえるんだからさ……。調査するよね」
「つまり、証拠を残し過ぎちゃう可能性が出てくるってこと?」
その通り、いればい過ぎる程、証拠を残してしまう。
たった今のように。
「先輩! まだ残ってるんですかっ!? 最近、話声がするとか……あれ、誰もいない」
後輩らしき生徒会員が勢いよく扉を開き、辺りを見回していく。かなりのお転婆娘のようで。大きなポニーテールをふるふりしながら帰っていった。
僕達は机の下に隠れて防災訓練状態だ。
「……こういうこと」
「確かに証人とかも出てきちゃうってことね」
「それに人の体って結構硬いっていうのもあるからね」
「そもそも切れないっていうところもあるのかぁ……」
一回刺した刃などがそう簡単に刺さるものか。特に血が付いたものだと、だ。その不安定な状況に加えて、犯人が初の犯行を犯すシチュエーション。そんなにうまくいくはずがないのだ。
だからこそ、残酷な犯罪というのはなかなかできないものである。
「そっか……」
「でもちゃんと切り傷に理由があれば、いいかな。結局はそのインパクトに見合うリターンがあればいいって話だ」
「逆に見合わないっていうのは?」
「切り刻む理由がただただ、好奇心とか、そういう系統の殺人鬼だったってところかな。まぁ、そんな殺人鬼を街中から探す話ならまだしも、トリック勝負ってなると幾らでも不自然が出てきちゃうからね。何でそんな好奇心を抑えきれないのに人に見つかる場所でやるの? とか」
「本格推理ファンを萎えさせる可能性があるってことか」
「うん。ちなみに、だけど……インパクトを与えるのは別に死体の欠損とかそういう描写だけじゃないよ」
おおっ、と彼女は顔を興味津々にして近づけてくる。
「親しい身内とか、友人の変わり果てた姿とかだね。その発見時の描写次第で傷が無くても残酷さは証明できるからね。特に身内に何の非もないと主人公や周りの人がお持っている場合は……ね」
「そっか。心理描写の方が残酷さを表現出来て……場合によっては全然不自然さもないね。ってことは、その対象をもっと子供とかそういうのになると」
「うん。被害者が抵抗できない位の弱い人、子供とかだと犯人の残虐性を表現する方法になるね。事件の導入にしていいインパクトができると思う。事件。そして、そこにある謎っていうのはちゃんと決めておいた方がいいかな。切り傷のこととか、そこから犯人に繋がることが多いからね」
「なるほど。犯人の正体と事件現場の謎、それをくっつけられるように考えた方がいいのかな」
「ミステリーを書く最初のうちはそれでもいいし。読む時もそう考えても面白いかもね」
はたまた。殺人事件の事件発見シーンだが。別に死体が見つからなくても良いと思っている。
「死体じゃなくても、消失についても結構事件シーンになるね」
「消失……?」
「そっ。いるはずの場所からいきなりいなくなったら……ね。孤島とかでいきなり人のいるはずの場所からいなくなったら……そして、そこに血とかが残ってたら……事件の予感がするでしょ?」
「つまり、こういう風に?」
机のところにはトマトジュースの痕。
風村さんはいなくなっていた。そこに事件の予感。いや、それをも超える事件の予感、音がして。
「……あああああああああ! 不審者がやっぱいた! ヤバいことをやってたのはアンタだったのね!」
先程のポニーテールが戻ってきていたのだ。
「えっ? えっ? あれ? 風村さん!? あれ、帰った!? ちょっと」
「その血……やったのはアンタか! 知らないふりをするなっ!」
「ちがぁあああああああああああああああう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます