Ep.8 ミステリーの始め方は日常ですか?
さてはて、どんな風に日常を開始していくのか。それが議題になっていく。
「ミステリーの始め方……テンプラ屋さんでの事件ってことだから……まぁ、探偵二人がテンプラ屋さんに行こうってことになるんだろうけども」
「そこで事件って訳なのね」
「しっかし、それだけでOKなの?」
「いや、ミステリーの始まり方はもっともっと考えないと、いけないね。ちゃんとミステリーの香りをぷんぷんさせなければ……」
その言葉に彼女は鼻を近づける。ひょっとなって、汗が辺りに飛び散っていく。その汗の匂いをくんかくんかと嗅がれてしまった。
「ミステリーな汗臭い香りが……」
「いや、そこは問題ないって、ちょっ、距離が近い近い……白い肌が近づいちゃってますよ。その胸が近くなってきちゃうのでございまして……ですね……あっ、はい……はいはいはい」
「で、どんな……ことをすれば……」
事件の前にすること。それは事件が起こるフラグに決まっている。
「そう。そのテンプラ屋さんで事件が起こる香りをぷんぷんとさせるんだよ」
「テンプラ屋は油の香りが強いけども。あっ、天つゆとかの香りが事件の香り」
「事件の香りを何だと思ってんだよ。この後、殺人事件起きるんだよ。そんな匂いじゃ、緊張しないでしょ!」
「緊張する香り……って……」
「香りっていうのは比喩表現だよ。比喩! 比喩!」
「わ、分かったって……どんなの?」
彼女はそういうものとは未経験なのだろうか。生徒会長として、いざこざを何度も目にしているのだが。彼女からしたら、そんなのは緊張する香りの一つにもならないのだろうか。この女には緊張感というものが全く存在していないのだろうか。
ポカンとしている、何ともよく分からない女性に説明を進めていく。
「まぁ、やりやすいのが主人公達がテンプラを食べている間に『殺してやるー!』なんて声が聞こえてくるのが鉄板だな」
「あっ、分かった。で、主人公がテンプラを落としちゃって『殺してやるー!』って言って、厨房に怒鳴り込んでいくってなっていくんだね」
「あれ? 探偵犯人? 探偵、殺意持っちゃうのヤバいからね。探偵は誠実であれ。探偵は真面目であれ……ってか、それ貴方の探偵キャラとしてそれはいいのか……? まぁ、それは違うんだよ。気になって主人公が厨房に行ったら、皿がバリンバリンに割れてたっていうのがいいかな」
「……テンプラはどうなったの?」
「そこは気にしない方がいいかも、だな。まぁ、でも食べ物が粗末にされる展開って言うのは、人としてショッキングに感じることもあるから、ミステリーへの危険な香りっていうのがやっぱりいいのかな、と」
彼女は気付けば、メモをしている。顎でシャープペンシルをカシャカシャと押していく。
「これ、フラグっていうのよね」
「うん。そう。だから、たぶん聞いたことあるけど、雪山の別荘とかで何か主人か客人が過去の事件について……そうだね。これが動機に繋がることにあるんだけど。まぁ、一年前、誰かが死んだよなぁっていうことを話すっていうのもあるからな」
「そっか。それでみんなの空気が勢いよく変わるっていうのあるわよね」
「そういう空気とかすっごい好きなんだけどね。あっ、みんな過去の人達が関わっているーだなんて……そういう緊張感がたまらないんだよな。で、そこで更に『私は殺人鬼と一緒にいられるかー!』とか、まぁ、被害者になろう人が『そいつは簡単に死んじまったんだよなぁ』とか死者を愚弄するようなことを言わせるのがやっぱ定番の死亡フラグかな」
「ああ、それだとあっ、この人が死ぬなぁって分かるようなのがいいのね」
「そうすると解決、動機の流れがすんなりいくから……そのために必要な最初の日常シーンというか、フラグシーンだな」
そんな僕の発言に彼女は死亡フラグを考え始めていく。
「死亡フラグっていいね。真実を知った人とかもそうなるから。『あっ、僕、過去の事件の真相を知ってますよ。後でお話しますね。ぐふふふふふふふ、ぐふふのふ』って言ってる奴が殺されるのね」
「ああ、あるある……って、なんだ、その笑い方は」
「後は金貸し関係とか、オーナーとか、そういう雰囲気の人とかも狙われることあるよね。もうそれって話さなくても、登場の雰囲気だけで、ああ、この人、殺されるなぁって思ったり」
「そうだね。さっき言ってたテンプラ屋の人も被害者はオーナーってところにするかな……」
彼女がそこから妄想を始めていく。どうやら作家としての知識は足りないものの、構想力はあるようで。
「そっか。じゃあ、テンプラが食べたくて来た二人。二人でテンプラ談義に盛り上がっていたところ、いきなりオーナーが来店。店員達とトラブっている姿を目撃されている。それで……まぁ……ってことかな。結構やりやすいところだね……」
「この後、オーナーをテンプラにするんだっけ?」
「うん。思いっきり油をぶっかけて、てんぷら粉をぶっかけて、火をつけたってところだな」
「……改めて聞くと、とんでもなくヤバい犯行だなぁ」
「……まぁまぁ、そこは気にしなくていいじゃない。面白くなれば、OKなんだよな」
「まぁ、テンプレから外れなければ……難しいものにしないようにね。ちゃんと伏線は張る予定はできた? ちゃんと事件前に張る伏線。まぁ、そのオーナーがちゃんと他の店員を見下すような一言とか、このまま無くなっちゃうとか。まぁ、探偵もその感想を言ってくれると嬉しいかな。『テンプラ屋が無くなっちゃうのはおかしくない?』とか」
そこから動機なども考えられるのだ。最初の男をどうしたいか。そして、どんな風にするのか。
「そうだそうだ! そのオーナーがまぁ、店長のことを無碍にして……。その素敵な腕をぶっ潰そうとしちゃってるってところから……店長を尊敬している部下が殺したって感じでいいかな?」
「結構いいな。こんな風に始まりを考えていると、意外とどんどん膨らんでいくっていうのもあるからな」
「まぁ……そうね。もしも、輝明くんを潰そうとするものがいたとしたら……私が仇を討ってあげるからね」
それは助かると思ったところだった。
彼女が何か躓いた。何もないところから、思い切り。転んで僕にのしかかる。
「早速潰れたんだけど……」
「てへっ!」
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