Ep.4 魔法をミステリーで使えますか?

 今日もまた秘密の扉を開くのだ。どうやら先に彼女が来ているよう。彼女の声が聞こえるのだ。

 ただ独り言なんて珍しい。電話でもしているのかと思い、入ってみたところ。


「『よくぞここまで辿り着いた勇者テルアーキよ。この魔王ブリザードンが相手をしてやろう』、『何を言われたって負けてやるものか! みんなの力でここまで来たんだー! みんな、力を貸してくれっ! 全力やってやるー!』」


 彼女の手にはノートが握られている。その姿に僕の血の気がさっと引いていくのが分かった。


「ちょっ、それ!」

「『魔王ブリザードンがを全てを凍てつく氷魔法がくがくぶるぶる』」

「ストップストップストップ!」


 風村さんは僕の制止にも気付かず、進めようとしていた。その生意気な口を早く黙らせないと、僕の顔が燃え尽きてしまう。

 火が出る程に恥ずかしい。

 彼女が音読しているもの、心当たりがありまくりなのだ。


「何々? 今からハーレムヒロインが巨乳とぼいんぼいんの脂肪で主人公を温めて、敵の攻撃を守るって展開なのに!」

「その展開を喋るなぁ!」


 今すぐできることなら、のたうち回りたい。記憶全てを吹っ飛ばしてしまいたい位の羞恥だ。ある意味処刑だ。慈悲がない。

 ただ彼女には僕が顔を真っ赤にする理由が分かっていないようで。


「えっ、何で何で?」

「じゃあ、今すぐ風村さんの小説読んであげようか?」

「ちょちょちょ、それとこれとは違うでしょー? だって、小説に自信満々なアンタとは……」

「いや、過去の小説と今のとは違うんだよ……誤字とかセンスとか、表現の仕方とか、思い出すだけでもうヤバいのが一杯あってだな……てか、どうやって、それ手に入れたんだよ……封印しといたはずなんだけど!」

「気にするとお腹が痛くなるわよ!」


 昔書いた小説は自分の足りなかった部分がよくよく見えてくる。そういう意味でもあまり読みたくないのだ。記念として、存在させているだけ。読まれるなんて想像している訳がないだろうが。

 恨み事を心の内で抑えて、冷静になっていく。

 しかし、だ。


「でも何で名前が自分の……」

「それ以上は突っ込まないでくれ……!」

「分かった分かった。じゃあ、聞きたいのは魔法よね」

「魔法? 魔法の名称とかについてはノーコメントで」

「そうじゃなくって、ミステリーに魔法だよ」


 ミステリーに魔法と言われて最初はピンと来なかったが。すぐに脳内で魔法や特殊能力と置き換えて、ハッとした。


「結構そういうのあるよね。真実を見抜くために魔法とか異能力とか使うの」

「そうそう! っていうか、犯人があり得ないっていう技を使うのもあるよね。現実的ではあり得ないような魔法を殺人方法に使うなんてのも時折聞いたり。それって、ミステリーとして、ありなのかな?」


 最近と言っても、ここ二十年位だが。死に戻って探偵役が事件を調べ直すなんて芸当も出てきているように思える。

 他にも探偵が普通の人にはできない、死者の声を聞くとかもある。

 そういや、凶器がパニックホラーまんまのものがあった小説も出ていたとか。

 僕の見解としては、だ。


「ミステリーがちゃんと機能するなら、アリだと思う。謎がちゃんと明確にされるのであれば。そしてそこに伏線があるとすれば、OKだと思う」

「へぇ、OKなんだ」

「うん。だってまぁ、魔法の力で犯人だけ見抜いて、アリバイトリックを主人公が解くって作品もあるし。その場合、普通の小説よりもアリバイトリックについて楽しめる訳だから……それを無しにするって言うのも変な話なんじゃないかなって」

「犯人分かる魔法ってだいぶずるいのがOKなんだ……!」


 で、犯人側の魔法についても教えていく。


「まぁ、ちゃんと舞台設定をちゃんとしとけばいいと思う。ここはこういう魔法の世界で。魔法を使える人は決まっているとか。どんな仕組みで魔法が使えるのか、とかはね。そうじゃないと、何で現場は火が出ないのに発火したんだ……魔法でした……」

「ああ、ブーイング待ったなしね。炎魔法のせいでネットが炎上しちゃうわね」

「そ、そういうこと……。だから魔法とか、そういうのはちゃんとルールを作っておくのが大事だと思うよ。これは犯人や主人公が使う異能力以外……例えば、舞台設定が魔法のような現実的には不可能なもの……そう、デスゲームミステリーものとかも……。デスゲームのルールがちゃんとしてるから面白いんだよね」

「ルールを守る、か。確かにそれは大事ね」


 更に魔法を使うならば、で面白くなるコツを。


「魔法ミステリーを書きたい、読みたい人に面白くなるコツを一応」

「何々?」

「だいたい、そういうのには弱点があって。と言うか書く場合は入れた方がいいね。そうでなきゃ、その魔法を使った痕跡というものが出ないから……」

「そっか。そうだね。それが伏線になって、解決編に響いてくるってことね」


 そういうこと、だ。

 不思議なミステリーだとしても、やはり読者も作者も公平に読み解けるようにするのが大切。

 ということで、だ。


「さっきのノートを返してくれ」

「ええ……これは公平にみんなの元に配られないといけないんじゃ……」

「そんな公平性、消えてなくなれ!」


 本当に、誰だよ。僕のノートを彼女に渡した奴は……。

 これこそ、僕にとっては魔法のようなミステリーになってしまっている、と。


「……でも、これで異世界ミステリーとかも書けるようになったのね。探偵勇者が主人公の謎解き物語……どんな風に描こうかしら……あっ、やっぱ勇者探偵テルアーキの方が……」


 調子に乗っている。

 そんな彼女を黙らせる方法。彼女の小説サイトを確認して、覗こうとする。しかし、だ。一旦、消えている。

 あの舌を出してかわい子ぶっている小悪魔め。僕に何かをやらせまいと消したのだろう。

 ならば、やり返すしかないのかもしれない。


「これで……」

「ん?」


 僕のスマートフォンから流れ出すのは彼女の「あわわわわわ……やばばば……」と恥ずかしがる様子。それと同時に一人カラオケをしているのも一応、保存してある。

 一応、生徒会の子から借りることに成功したのだ。


「ちょっとちょっと! 自分の声って本当聞き返すのちょっとヤバいから! ちょ、それ、聞きたくない聞きたくない!」

「……自分の過去の声って何でここまで恥ずかしくなるんだろうね……」

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