Ep.3 殺人ミステリー、じゃなくてもいいんですか?

 今日も今日とて危険な密会が始まる。彼女は生徒会のメンバーが帰ったか、きちんと確かめる。廊下を見回して。問題ないと判断して、その大きな胸に手を押し当てていた。

 それで胸をなでおろすという表現になるかどうかは些か疑問である。それだと心臓に手の温もりは伝わっていないのでは。ただただ自分の巨乳を触っているだけの人になっていないだろうか。


「ふぅ。大丈夫ね……」

「おっぱい……」

「えっ?」

「いや、な、何でもないよ?」


 今、一瞬とんでもないことを言い掛けていた。たぶん、ここまで落ち着いて何事もなかったようにできるのは僕の才能かもしれない。

 彼女は自分の隣の椅子に座り、メモの準備をし始める。


「で、今日も始めましょ? ねぇ、気になったんだけど……ミステリーって絶対に人を殺めた方がいいのかしら?」


 疑問は一つ。彼女は殺人ミステリーがミステリーとして最も人気があるのかと聞いてきているのだ。


「確かに何とか殺人事件、何とかの殺人っていうのは多いよね。ミステリーとして、勧善懲悪のスカッとした話を書く際に感情論や倫理観、どうこう入ったとしても、やはり一番悪だって分かるのは殺人だからね」

「確かにね。人の命を奪う行為だから……」

「だからと言って、別の犯罪が許される訳でもない。詐欺や誘拐、窃盗だって謎があって、それを解決しようとしているのであれば、立派なミステリーだね」

「つまり、痴漢もミステリー?」


 何で僕を見ながら言うのだろう。僕は至ってそんなことをしないし。


「まぁ、間違いはないかもね。痴漢をした人は誰? っていうのもしっかりとした謎だから。痴漢冤罪かと思ったら、違う陰謀が渦巻いていたとか」


 そう語っていた僕に彼女は顎に手を当てて、考え込んでいる。


「でも、それって殺人よりボリュームがなくない?」


 僕がもし年を食っていたら、中の入れ歯が彼女にぶち当たっていた位衝撃的な発言だ。

 否定は、できないような。


「まぁ、ううん……?」

「だってさ、やっぱ、殺人のこの命を奪った、ヤバい奴の正体が貴方です! って名探偵が言う姿はやっぱ様になるじゃない? でも、この痴漢をしたのが貴方ですって言ってもね」

「確かに殺人じゃないから犯人もそこまで言い訳とかはしない可能性も高いけど……でも、青春ミステリーとか、人の死なないミステリーは別の楽しみ方もあると思う」

「別の楽しみ方?」


 僕は無数の選択肢の中から一つの持論を選ぶ。そして、展開だ。


「キャラっていうのも一つの楽しみ方だね。なんたって、推しが死なないってのが強いかも」


 そこにだっと机を叩いて、興奮し始める彼女。彼女は僕にまたもやその整った眼鏡と顔を近づけてきていた。


「死なない?」

「あっ、ああ。死なないミステリーなら……」

「自分の推し、いっつも死ぬのよ。だいたいゲームとか小説読み始めて、すぐに! 何故か! 死ぬの! みんな守るとか言いながら、死ぬのよ!」

「い、色々あったんだね。でも、青春ミステリーは省エネとか小市民とか、それぞれに強い個性を持つ探偵やヒロインがいつつも、主人公が死なない、ヒロインが死なないってのもめっちゃ分かってるから」

「じゃあ、悲哀のカプを妄想しなくてもいいってこと!? 主人公はちゃんと生きててくれるのね! 本当に!」


 鼻息と彼女の温もりが伝わってくる。嫌と言う程までに。


「そ、そうだね。で、推しが犯人になることもあるな。特に犯罪じゃなければ。小さな謎を解く話だったら、ヒロインや主人公の友達が犯人になることもある。お化け騒動を起こしたのは友人だった、みたいなことも」

「犯人……でも、そこには思い切りとんでもない事情があったとかっていうことも、もしやあるの?」

「うん。人が死なない分、人の心、学生の思春期特有の考えとかも混じっていることが多いからね」

「死なないから、被害者になっても……探偵になっても……犯人になっても……推しがどんどん光っていくってこと……!? 何それ、人が死なないミステリーって贅沢フルコースじゃない! 今まで読んでこなかったことを恥じたい!」


 そんなにポジティブに捉えてもらえるものとは。一応、人の死なないミステリーも好きだから、喜んでもらえるのは嬉しいことではあるが。


「殺人とは違って、本当プロじゃないからね。心の問題に焦点を置いたトリックとか、そういうのもある。っていうか、初心者は読むにも書くにもこれがいいんじゃないかな?」

「読むのはこの前、言ってたわよね。トリックが分かりやすいとか……後、グロテスクなシーンとかも少ないっていうのが理由かしら?」

「そうそう!」


 結構理解力が高い。流石優等生。というか、結構楽しい。彼女のことが推しになりそうだ、というのは照れくさくて言えない。


「じゃあ、書くにもって?」

「だって殺人は捕まったら懲役や禁固。最悪死刑の判決もある。だからだいたいの犯人は一世一代の勝負のつもりでトリックを仕掛ける。証拠も残さないよう意識する。でも青春ミステリーならそこまでしなくても自然だ。バレちゃ嫌なこととかもあるから否定しようとするけど……追い詰める探偵側にそこまで証拠は必要とはしないし……そりゃあ、証拠があれば面白さには繋がるけれども。無くたって、その論理で犯人が『……ワタシがやりました……あららバレちゃった』みたいにするだけで推理ものとしてはとっても面白いからね」

「そっか。読者に不自然を感じられないのか」

「青春って少し暴れてても、ああ、そういうもんだってなることも多いし」


 勢いだけでのりきれちゃうっていう点はあると思う。


「思春期っていうのはやっぱいい言い訳になるってことね」

「……思春期だからって何やっても許される訳じゃないからね?」

「し、知ってるわよ!」


 これで人の死なないミステリーについて、色々教えられたと思う。まだまだ魅力は伝えていくつもりだが。一旦ここで休憩。

 しようとしたのだが。


「人が死なないミステリーって、いわゆる日常の謎って言うのよね」

「あ、ああ……」

「それって身近な人から聞いてもOKよね。最近疑問に思ったこと、ある? とか」

「う、うん。それを意外な答えに導ければ……面白いと思うよ」

「じゃあ、今から聞いてきましょうか!?」


 笑顔で全力疾走しようとする彼女。


「大丈夫。今はその必要はないかな」


 僕のその声で彼女はピタッと止まる。


「えっ、何で?」

「一番の謎はアンタだから。風村さん。貴方の脳内がどうなってるのか知りたい」

「そ、それってまさかプロポーズ!?」

「そういう意味じゃないから!」

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