Ep.5 ミステリーにも決まりがあるんですか?
「ほら、そこ! 走らない! 後、そこ、トイレでアプリゲームやらない! 昼休みのゲームは禁止よ!」
ふと通りがかった時に見た、風村さんの姿。
やはり厳しいと思うものだった。生徒会長となると、生徒の見本とならなければならない。その上で風紀も正さなければならない。
こちらが廊下を進もうとすると、ウインクをする彼女。彼女と僕は、特別な関係なんだ、そう考えていたところでした。
「そこっ! ズボンのチャックが下がってる!」
「うんうん……って、えっ、僕!?」
「それ以外に誰のズボンのチャックが下がってるって言うの!?」
「はっ……はぁい!」
そこまで特別な関係では、なかったか。いや、今のは僕もある意味校内の風紀を乱そうとしていた訳だから。特別だから見逃されたとか言うのも変な話で。
いや、少しだが。彼女の真っ赤で破廉恥な感じの顔の方が風紀を壊しそうで心配です。
そんな彼女が夜になれば、僕の顔を見つめている。
「な、何……? もうチャックは大丈夫なはず……」
「いや、下がってるわよ……」
「嘘……! あっ、このズボン壊れてるんだ!」
「……学校の方は簡単よね」
何だかハァと大きな息を吐く。
「学校の方は……?」
「だってミステリーって決まり事ないじゃない……読む時も書く時もこれはどんなミステリーなんだって結局考えなきゃじゃない……?」
「それは違うよ」との言葉は今、使うべきか。
「一応、あるよ。ミステリーの法則。うん。まぁ、決まりっていうものなのかな?」
「決まりがあるの?」
「うん。有名なのがノックスの十戒だね。本格ミステリーの決まりかな」
「何々?」
求められれば、応えるしかない。まず一つ目。
「一つ目、犯人は物語の最初に登場しなければならない!」
「そ、そっか。後から出てきたら興冷めよね。推理ショー前にそういうの出てきたら、凄い嫌よ」
「同感だね。それはフェアではないよねってなるよね」
僕は二本目の指を立てていく。
「ミステリーはちゃんと手掛かりを伝えないと、っていうのが二つ目」
「さっきのと一緒よね」
「うんうん。三つ目が探偵が特殊能力を使っちゃいけない。ついでに四つ目、偶然で終わらせるのもダメ」
「探偵が異能力や、あっ、たまたま見つけたってなったら、犯人、呆然と立ち尽くすわね。ちゃんと考えたトリックだったのに……って」
「うん……犯人の方が死にたくなる位だね……」
犯人は可哀想に目をウルウルとさせている。そんな姿を想像してしまって、しんみりと。
すぐにハッと気を取り直す。主に彼女が。
「で、このチャックどころかシャツのボタンが開いている事件の犯人は、輝明くん、君ね!」
「……反論として、探偵、主人公が犯人になってはいけないっていう五つ目のルールで」
「しゅ、主人公……」
「メタ的な話になるからツッコミを入れないで。後、恥ずかしいから!」
すぐに六つ目の話に移行させてもらおうか。
「六番目は犯行現場に二つ目の秘密の抜け穴を作ってはいけない!」
「そっか……そりゃあ秘密の抜け穴はダメよね……って一つはいいの!?」
身をのけぞらせて驚いている。ここまで反応してくれると、何か説明するのが楽しいな。
「いいらしいよ。ってまぁ、風とか匂いとか、あったはずのものが消えてる。そこの結果が探偵が調べて秘密の抜け穴だったり、秘密の収納庫が見つかったりとかもあるからね……」
「こ、この場所には収納庫なんてないわよ! お、お菓子とか隠し持ってないわよ」
慌てふためいて、ちらちらと机の下のロッカーらしきものを見ている彼女。
確か校則でお菓子の持ち込みは禁止だったような。バレバレすぎることってある?
「わ、分かったよ。七つ目は中国人はって書いてはあるね」
「ダメなの?」
「いや、このヴァンダインって人の生きてた時代、中国人が凄い異能力者ってイメージがあったんだ。さっき説明したのと一緒だよ」
「じゃあ、八つ目は?」
「未知の機械や毒を出してはいけない」
僕の言葉を反芻していく彼女。
「未知の機械ってことは……そうね。それじゃあ、もうジャンルがSFになっちゃうし。毒……そうね。調べられない毒ってなったら、幾らでも病死に見せかけられちゃうし……完全犯罪でミステリーにならないわよね」
「そうだね。後、九つ目、双子は先に知らせておくこと」
「双子トリックも最後にいきなり言われたら、ずるいってなるから……あれ、そう言えば結構同じこと言ってない? 手掛かりは先に提示しろと……もしかして、十個出すために薄いの入れてる!? 底上げしてる!?」
「故人の作った決まりをコンビニの弁当と一緒にしてさしあげるなっ!」
きっと本人も焦っていることだろうか。いやいや、勝手にこちらが揚げ足を取っているだけのはず。ヴァンダインさん、マジでごめんなさい。
「十戒目は犯人を追い詰めるには、出てきた手掛かり以外は使わないこと!」
「そうね。犯人がおねしょをしたことをバラされたくなければ、認めろっていきなり言われたら、ショックすぎるわね」
「……それ、犯人自殺しちゃうよ……予想していなかった最悪の手掛かりで追い詰めるなよ。理路整然と追い詰めてあげようよ」
何故、僕は今犯人を庇っているのだろうか、と思いつつ、一息。これで十戒全て教えられたとは思う。
それに対し腕を組んでいる彼女。
「これが決まり……? これをまぁ、あると信じて本格的推理小説を読めば……」
「うん、見事に裏切られるだろうね」
目を点にする彼女。
「えっ?」
「決まりと言えど、絶対守れじゃないから。破るのもまた面白さだね」
「じゃ、じゃあ、今までの説明は一体何だったの!?」
思い切り前に腕を出してきて、僕をシェイク、シェイクしようとする。
「いや、推理小説を楽しむため、だよ。こういうのがあるかなぁ、当てはまってるのかなって考えながら、やれば面白いでしょ! あっ、ここ守ってないな。あっ、逆にここ守ってるって」
「た、確かに……まぁ、私的には守ってた方が好きだけども」
「うん。それでもいいと思う。守ってる話もあるし。でも破るのもまた面白い。どう破ってやろうかって考えて書くのも面白くなる基準かもしれない。特に執筆初心者は守ることから初めてもいいかもしれないよ」
「そっか……慣れたら、秘密の抜け穴二つで驚かせようってこともできるかも……!」
うんうんと頷かせてもらう。
十戒、それは必ず守るものではない。
「あれだね。校則と同じなのかなぁ」
「うん? 破っても問題ないってこと? アンタ、シャツ着てないし……もしかして……法律も破ろうとしてるんじゃ……はわわ……」
「いや、誤解誤解……! そうじゃなくって、決まりがあるからこそ。その決まりにのっとって、他の人に迷惑を掛けないよう動くことができる。何故そんな法則があるかを考えることができる。そこから卒業した後。どの決まりが必要だったか取捨選択をして、自由に生きることができる……ミステリーも同じで最初はその法則を守って動いてミステリーの特性を知ってから……最終的にはどのように破ればいいか、守ればいいかが分かって自由に書けるようになるんじゃないかなって……!」
何でその理由があるか分かっていれば。読者ががっかりする点も分かるから。そうしないように動ける。言いたいことの要約はこれだ。
最後にしっかりまとめられて良かった……。
「えっ、どゆこと? はわわってなってて、あんま聞いてなかったわ……」
「折角いいこと言ったのに!」
と思ったのに。
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