改札

@KayoKohaku

第1話

「じゃあ、またね」

大きなキャリーケースを引っ張りながら、改札の内側に吸い込まれて行った友達の背中を見送る。

朝の通勤ラッシュ。

スーツ姿の人の波に飲み込まれて、1、2分とたたずに彼女の背中は消えていった。

彼女はあの群れに混ざれた魚だ。

これから魚の先輩達と、都会という水槽の中を、右向け右の社会のルールにしたがって、長い長い時間を泳いでいく。


私は魚にはなれなかった。


彼女とは小学校から高校まで一緒だった。

家が近所だったのでいつも一緒に帰っていた。

私の右隣にはいつも彼女がいた。

進路は2人とも就職を希望した。

私には「合格」通知が届かなかった。

彼女は、無事、卵から孵って「合格」通知を手に大海原を目指して泳ぎ出した。

まさに、今。


きっと4月は彼女に都会のフラワーシャワーを浴びせてくれるだろう。

私はまだ3月に留まっている。

しかし、私には私の物語があって。

今、始まってしまった、「1人」という時間。


たった1人の友達だったから。

あれ?友達の作り方ってどうすればいいんだろう?

そういえば、彼女以外知らないしなぁ。

もう見えないであろう彼女の背中をまだ目が追いかけている。

とうとう私のちっぽけな池から水が溢れてしまった。

これじゃあ掲示板も見えないじゃないか。

もう電車は発車してしまっている事はわかっているけれど。

今日は気の済むまで3月に留まっていたい。

涙も鼻水もぐちゃぐちゃに垂れ流しても。

1人でこっそり、彼女の門出を祝いたい。


人間、泣くのも限度があるようだ。

ふて寝もしてお腹も空いて、温かいうどんを食べたら少しだけ未来のことを考えた。


次に会えるのは何年後になるだろう。

お正月には帰ってくるかな?

頑張り屋の彼女の事だ。

きっと自分の居場所を見つけて、一回りも二回りも大きくなって帰ってくる事だろう。


私には、その勇気はない。

あまりに多く届きすぎた「不合格」「不採用」の通知は、私は欠陥品、不良品だと言われているみたいで。

暗い穴に落とされて、這い上がる力はまだない。

道なき砂漠を歩きつかれているけど、オアシスはまだ見えない。

どう足掻いても魚にはなれない。でも。


昨日まで彼女に送ったたくさんの「がんばれ!」を今、自分にもかけてみた。

言葉ってすごい!

うん。なんとか、私なりに頑張ろう。

多分、時間はたくさんかかるけど。

まだ土の中にいるけれど、そのうちここに根を張って、いつか彼女が旅に疲れて帰ってきた時に、安心して寄りかかれる樹になれたらいいな。

実がなるかどうかは、また先のお話だけど。

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