後編

 飼い主・山本彩香の最近の変化は著しい。


 以前は教室の端で小さくなり、直樹なる男子生徒を遠くから眺めるだけだったのが、今では互いに挨拶を交わす関係にまでになっていたのだ。


 そして昨日は、彩香が帰宅するや否や興奮気味に報告してきた。


「猫田ー! 今日のお昼ね、学食でたまたま直樹くんと一緒になったの! それでね、直樹くんと一緒にご飯食べちゃったのー!!」


 そう言いながら彼女はリビングで喜びの舞を踊っている。完全に浮かれているな。


 だが最初に比べれば、かなり仲が深まっていると言えるのではないか。


 まったく人間というのは不思議なものだ。単に一緒に食事しただけなのに、ここまで喜べるとは……。恋は偉大だな。






 週末のある日曜日。


 珍しく早起きした彩香が、吾輩に真剣な眼差しを向けた。


「猫田聞いて。明日は終業式で、直樹くんと下校時間が重なる可能性が高いの」


 吾輩は耳を立てた。


 なるほど、これは何か大きな決断を意味しているようだ。 


 彩香の目はいつになく輝いている。


「だから、私、明日勇気を出して告白する!」


 ふむ、ついに来たか。


 吾輩は背筋を伸ばし、真面目な顔で頷いた。


 すると彩香が突然抱きついてきた。


「ありがとう! 猫田がいてくれたから、私、今まで頑張れたし、明日も頑張るよ!」


 やれやれ、飼い猫冥利に尽きるな。頑張ってくれよ。


 翌日。


 彩香はいつにも増して入念に身支度を整えていた。

 

 髪を結い直し、制服の袖口までチェックしている。


「いってきます!」


 彼女の声は、いつもより少し震えていたが、力強かった。






 放課後の校門前。日も暮れはじめ、辺りに他の生徒は誰もいないようだ。


 心配になって家を抜け出してしまった。


 道路を隔てて向かい側にある他所の家にこっそり入り、そこの塀から彩香を見守ることにした。我ながら完璧なポジションだ。


 彩香が緊張した面持ちで直樹を待っている。


 ちょうどその時、直樹がやってきた。


「あの、直樹くん……!」


 離れたここからでも、彩香の声が震えているのが分かる。


 直樹は少し驚いた表情で足を止めた。


「山本さん? どうしたの?」


「ええっと……」


 おい、そこで間を取りすぎだ。しかも目がキョロキョロしてるぞ。ちゃんと直樹と目を合わせて話せ!


 吾輩は不安と焦燥に駆られた。


 直樹が不思議そうに首を傾げ、彩香の頬がさらに赤くなった。


「……実は私、ずっと前から言いたいことがあって……」


 そこで〝ずっと前から〟なんて過去形を使うんじゃない! 前置きはいいから、率直に思いを伝えるんだ!


「……な、直樹くんが好きです!」


 言い切った。素晴らしい。


 吾輩は尻尾を振った。猫なりの拍手である。


 すると、直樹の顔が驚きから柔らかな笑顔に変わった。


「ありがとう、山本さん。あのね、実は僕も……」


 だがここで思わぬ乱入者が登場した。

 

 茶トラの野良猫が二人の足元を駆け抜けたのだ。タイミングがいいのか悪いのか分からん奴だ。


「わっ!」


「きゃっ!」


 二人は驚いてバランスを崩し、そのまま————ハグのような形になった。


 おいおい、なんだこのラブコメディみたいな展開は。


 直樹が慌てて彩香の腕を掴む。


「ご、ごめん! 怪我はない?」


「うん……大丈夫……」


 彩香は涙目で頷いた。


 二人はしばらく見つめ合い、照れ笑いした。


 それを見届けると、吾輩は二人に気づかれないようにしながら家に戻った。






 彩香が幸せそうな表情で帰ってきた。今にも歌い出しそうな感じだ。


 吾輩は玄関まで飛び出し、彩香を祝福した。


「ニャーオン」(おめでとう)


 彩香は満面の笑みでこちらを見た。


「猫田! 告白ね、成功したよ! 直樹くんと付き合えた!!」


 ああ、知ってるぞ。頑張ったな。


 彩香が吾輩を優しく抱き上げた。


「猫田! ありがとう! 本当に猫田のおかげだよ!」


 おいおい、吾輩は何もしてないぞ。と思いつつも悪い気はしない。


 

 吾輩は喉を鳴らしながら、新しい〝家族〟の温もりを感じていた。

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A cat and Love 白凪結 @yui_S_415

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