第6話 巫女三姉妹登場



 呆然ぼうぜんと立ちすくみ、走り去るタクシーをうらめしくただ僕は見送るしかなかった。

しばらくその場で手紙と写真をにぎめていたが、仕方しかたなく家に戻ることにした。

 しかし、負傷ふしょうした足の傷は無理に走ったせいで、さらに傷口を広げたのか、あれほど何重にも厚くまいた包帯ほうたいからは、また痛みと共に真っ赤な血がにじみ出ていた。

 家に戻ると、女の子が寝る側で、お千代ちよとその子の母が一様の話がいたのか、談笑だんしょうをしていた。

「オッ、純一じんいち、帰ってきたのか……その顔だと、やっぱり逃げられたって顔だ? 善いんだよ。それで……昨夜、純一の今迄いままでの生い立ちを聞いていて、さっきの男の顔を見てぐに分かったぞ。純一、お前の兄だっただろう」

「じゃ、じゃあ何で直ぐ教えてくれなかったんだよ。先に知っていたのなら、多分、僕はお兄ちゃんと話が出来たかも知れないの……」

「純一、多分って、それはくまでも多分なんだろう? それに、いくら純一、お前がその兄を捕まえたとしても、その人は話さなかっただろうに……それには何か訳があってのことだろう。だから、わざわざかくれてこそこそする必要が兄にはある、ということなんだろうな。どうだ? そうだとは思わないか」

 それはそうだ、今迄何年も音沙汰おとさたがなかったのをみても明らかなことなのだろう。しかし、今こうしてわざわざ僕に京本きょうもとあやの仲を知らせに来て、その上僕に気をつけろ、と云いに来るのには何かとても大事なことなのだろうか?。

「アッ、アラ! お坊ちゃま、足が……また血が出ているようですよ」

 僕の足を見て、その志緒梨しおりという女性が声を掛けてきて、僕の後ろで松子まつこさんが包帯を手に部屋に入って来た。

「坊ちゃん、ごめんなさい。私がものを壊したせいで坊ちゃんに怪我けがをさせちゃって……もう、本当に私はどうすればいいのか……でも、坊ちゃんどうして急に店の前を走って行ったんですか? そのせいで、もう本当にもう……こんなに血が」

 その時、店の方から声がした。どうやら、お客が来たようた。

 松子さんは、店の方に行こうとしたが、僕の足が気になり、何度か店のほうと僕の足を視線が行き来して、思いあぐねているようだ。

於松おまつさん、此処ここは私に任せて、お坊ちゃまのお怪我は私がお手当てをして於きますから。どうぞ、心配なさらず、お店の方へ……」

「アッ、志緒梨さん、善いんですか? 本当にすみません。それじゃあ、坊ちゃんのことをお願いします」

 そう言って、松子さんは包帯を彼女に渡し部屋を出て行ってしまった。

 包帯を受け取って、志緒梨さんは僕に向き直り。

「はい、お坊ちゃま、その足を出して下さい……」

「アッ、ハァ、すみません。はい、ではお願いします。で、でもすみません、僕はお坊ちゃまでも坊ちゃんでもなく、純一、高柳純一と云います。だから、そのお坊ちゃまとかいう言い方はやめて貰えますか? お願いします」

「アッ、はい、分かりました。純一さんですね? これからは純一さんとお呼び致しましょうね。私は、桜志緒梨と云い、今寝てる子は、匂いの香りの香といいます。もしも、此処におられるお千代さんが云うのが本当なのでしたら、どうぞ純一さん、この子、香を宜しくお願い致します」

「エッ! なに? 何が宜しくなんですか?……」

 僕は訳が分からず、お千代の顔を見た。すると、お千代が微笑しながら僕に答えた。

「アアー、それはな、此れまでの経緯いきさつを全てこのお方に、お話をした。それでな、純一……」

 お千代の話は、こうだった。それは、僕がいない間に二人は話し合った。

 そこで、お千代が言うには、母の志緒梨は娘の香が三年程前から突然、処構わず気を失ったかのように眠り始め、母としては心配で病院に連れて行き、そこでは何も分からず。更に、色々な祈祷師きとうしの許を訪ねてもみたが、どれも今ひとつこれは、と言う答えが得られず、それでも心配はまれず、今日も病院へ行き脳波をってもらたのだと云う。

 それと、娘の香が気を失っている間に見る夢はいつも決まって、まげ姿の如何いかにも戦国の武将のような肩幅が広く恰幅かっぷくのよい若武者が出て来るのだと云い。しかし、何故か娘の香にはそのひとに対しての恐怖はなく、逆に懐かしさや自分の中から愛しさまで感じ、常に夢での意識の中では正太郎様と彼女は叫んでいると言うのだ。

 彼女が、突然気を失う奇病をわずらってって一年程して、その親子の借りているアパートの大家の娘さんが婿むこを貰われたと町中で噂になり、何せ彩は僕の通っていた大学のミスコン・ナンバーワンの器量だからこの町でも評判だったらしい。それで、香の通う学校の友達と噂の大家の娘婿を酒屋の店前に見に来た時に、吃驚びっくりしたとのことだった。何故なら、香の目に入った大家の娘婿は夢に出てくる若武者と顔が瓜二つだったからだ。

 それから、香はこの店の前の電柱の影から僕に見つからないようにのぞくようになり。それを最近のことだが、母の志緒梨に見つかり、母にそのことを告げたのだと言う。

 志緒梨は、それを聞き、何故に我が子は人様の旦那様を好きになって仕舞ったのだろうと娘を心配して悩み始めて、その上二、三日前から娘は、突然今迄は夢の中のひとは若武者の姿をしていた者はその男の生まれ変わりだと言い、今では大家の娘婿の姿そのままに出てくるようになり、母としての志緒梨はより娘が心配というよりびんになり、悩みいた答えが、このことから逃げても何も解決にはいたらない。だから先ずは娘の香を大家の娘婿に会わせてみよう、そうすれば何か少しでも分かるのでは、と思い、今日此処へやって来たのだと言うことだった。

 そのことがあったがために、香の母の志緒梨はお千代の話す奇想天外きそうてんがいな話に対しても何ら疑問も持たず、それよりお千代の話に逆になるほどと今迄あった志緒梨自身の中の疑問が一つひとつ符合ふごうして行き謎が解けて行ったようだ。

 例えば、香は何故に三年程前から急に処構わず寝るようになったのか、その上どうして僕のような、嫌、なぜ純一とい僕なのか、お千代はその他に先代のお千代お婆の記憶にある小夜姫の持っているくせや体の特徴、体の何処に黒子ほくろがあるかなどを云うと、母の志緒梨は娘の香にも全く同じ所に黒子があり、お千代の話す小夜姫と同じ癖にうなずき、総ては我が子の運命を迎え入れる気持ちになったようだ。

 そして、母の志緒梨は今、僕の足の傷の手当てをしている。その手の優しい温もりに僕は思わず、僕が七才の頃亡くなった母への記憶の中にひたってしまっていた。

 僕の母も、もし今も生きていたとしたら、こんな風に僕が傷ついたり、病気にかかったりしたら今、目の前のひとのようにしてくれるのだろう、と思うと、心がキュウッと締め付けられる想いに駆られる。

「オイ、純一、いずれはお前の母となる、お人だ。だから、今は気を強く持て……なんだよ? その目は。せて誤魔化ごまかそうとしているな? お前の、その目を見たら誰でも直ぐに分かってしまうぞ。涙なんか溜めて、亡くなった母を想い出したんだろう? しかし、今はお前が手にしている兄が教えようとしていた写真で、今迄の想いを断ち切り本来のお前のなすべきことの目標に目をやれ。

 そして、揺れそうなお前の軟弱なんじゃくな心にくさびを打ち、不動の男のきもを持つんだ……あの正太郎殿のようになっ。純一、お前なら出来る。嫌、お前だから出来るんだ……なんせ、あの時代の正太郎殿も、今、目の前にいる純一、お前も同じ男、同一人物なのだからなっ。なあ、じいさんそうだろう? かくれてないで、出て来てこいつに一言云ってやればいいじゃんかよう」

 ウッ、ウーン、じいが来ているのか? 障子しょうじの外に気を持って行くと、そこからは何とも言えないぎこちのない空気が漂っていて、障子をとうしてその気はこの部屋の中まで伝染してくる。僕は、やり処なくお千代を見ると、彼女は腕を組んで天井をにらんでいる。

 僕は、仕方なく、じいを迎えてやろうと障子を開けようと手をかざした時に、その障子が一気に開いて、じいがハンカチを手においおい泣きながら部屋へとなだれ込んで来た。

 そして、じいの身をかわした僕を見つけ、僕の肩にすがり付きじいの僕への今迄の溜まっていた想いを吐き出し始めた。

「純坊ちゃま、その通りでございますよ。何処どこ何方どなたかは存じませんが、善くぞこのじいの代わりに申して下られた。話の内容は、私くしめには何のことやらさっぱりなのですが、坊ちゃま、貴方様はこれからお父様の後を継がねばならないお方、だからこそ私が口をすっぱく……」

 結局、じいの日頃の僕をうんざりさせられる小言の始まりだ。だが、今日はいつにもして強力だ。日頃はれ下がっているまゆが今日はいつになく吊り上がっていて、その迫力に圧倒あっとうされる。

 その時、大声ではないが一喝いっかつするような冷めた声がじいの小言を止めてくれた。

「純一、このじいさんの話は未だ続くのか? もう、うんざりだ。今は、こんな小言にひまついやしている時ではない。分かっているんだろうな?」

 口を割って来たのはお千代だった。

「嗚呼、もうこんな男がかつては高柳城には槍の権左ごんざありと言わしめ、この国の近隣中きんりんじゅうを恐れさせた男か……時代と共にすたれたものじゃなあ。これも、やはりは己自信があるじの頼りのなさからくる落魄おちぶれた果てなのじゃろうなあ。なれば、純一、お前がこのじいをこのようにして仕舞ったんだ。少しは責任を感じろ。おっと、俺も、このじいさんみたいに小言をつい言ってしまうとこだったぜ。それよりも今は、今後のことを話し合わないと……」

 僕たちは、お千代にうながされ、顔をそれぞれ詰め寄り話し合おうとした時、また障子が開き、そこに男の子が顔を現した。

「じいちゃん、余り遅いからどうしたの?」

 その声に、振り向いて見た僕の目に映ったのは、懐かしいあの真之介しんのすけの顔があった。

「おうおう、忘れておった。悪い、わるかった……真一、此方こちらがお前に会わせておきたかったお人で、高柳純一様というお方だ。お前からも、挨拶あいさつをしておくんだよ。善いね。純坊ちゃま、これが私のめいの子の野中のなか真一という者です。こやつは、近くこの市の高校に体操の特待生で新たに編入することになったので、坊ちゃまにもご挨拶を、と思いまして、連れて来ました……どうぞ、宜しくお願い致します」

「アッ、はい、ぼ、僕は……嫌、私は野中真一といいます。竹中たけなかのおじいちゃん、いえ、伯父おじには何かとお世話になりありがとうございます。ど、どうぞ、よ、宜しくお願い致します……です」

 ぎこちなくたどたどしい彼の挨拶だったが、僕にはとても懐かしい顔がそこにはあった。

 しかし、なぜか僕のとなりから何とも言いようもない空気が漂い、その空気のもとにめをやると、お千代が頬をなぜか赤くして真一をまじまじと見つめている。お千代のヤツ、もしかして真一のような顔がタイプなんだろうか? おもしろい、こいつ膝を何度も握りしめてはなにも言えないでいる。その無様な態度は異様におかしい。

僕にとっては本当に真一の顔は懐かしい、何気にまさすけとつい口にしてしまいそうだ。だが目の前の彼は、その前世の顔よりずっと幼さの残る。その真一に、僕は声を掛けようとすると、また今度は外の方からまるで暴走族然とするような車の爆音がして来て、僕の感傷にふけるのに水を注した。

「チッ、とうとうやがった……」

 僕の向かいで腕組をして、誰に言うでもなく意識を外に向けてお千代が舌打ちをしてぼやいた。

 外の車は、しばらくアイドリングを続けた後、二、三度空ぶかしをしてエンジンを止めた。

 障子の向こうの店の入口で、お松さんと誰か女の人が何か掛け合いになって騒がしくなり、そのお松さんの制止を振り切りその人はこの部屋の前まで来て、荒々あらあらしくに障子を開けた。

 そこに立っていたのは、お千代と同じ格好をした巫女姿の女の人だが、茶髪の長い髪をカールしていてフェロモンがムンムンとお色気たっぷりと言った感じだ。しかし、やはりお千代と同じ様に言葉が荒かった。

「おう、お千代、待たせたな。お前に頼まれていたヤツを持って来たぞ。三日も掛かって、やっと今だ……俺たちの苦労に見合うように、大事に使えよ」

 そう言って、お千代に持っていた布の袋を投げて渡した。それを、お千代は胸元で受け取ったが、何か重いものが入っていたのか、彼女は「グフッ」っとうなり息をいた。

「おっ、こいつが正太郎とかいう男の生まれ変わりの純一というヤツか……ふうん、なかなか甘いマスクをしているなぁ、好い男じゃん。俺は、お千代のすぐ上の姉で乙姫おとひめ梨緒りおって云うんだ……よろしくな。そして、後ろにいるのが俺たちの長女で真沙美まさみだ」

 目を梨緒と名のる人の背に隠れるようにして、もう一人女の人がいた。その人もまた、お千代たちと同じく巫女姿で、姿格好は梨緒と瓜二うりふたつなのだが、しかし真沙美と呼ばれる人からかもし出されるモノは梨緒とはまるで違う、対照的な空気感を出している。梨緒が、ワイルドな印象だとしたら、彼女の印象は髪は黒くストレートで長く、シックと云うか、エレガントな感じで、彼女の此方を見つめる眼差しも涼やかな目でそこに立っている。

「ンッ、コホン……ンッンッ、もう好いだろうに、俺の姉貴たちに眼を奪われなくても……それより、此方におわす香様が寝ていると言うことは、小夜姫があのほこらのあるふもとで待っておられる筈だ。だから、志緒梨様も一緒に香様を連れて、小夜姫の許に行きましょう。アッ!、そうだ、忘れるとこだった……これを……」

 お千代は、そう言い、袋から何やらジャラジャラと音と共に親指大の小石を取り出し、手をかざし二個選んで、じいと真一に手渡した。

 すると、受け取った真一は最初物珍しそうにてのひらで転がしていたが、急に天井に顔を向け白目を見せながらも、体は痙攣けいれんをした。

 傍で見ていたじいは、吃驚して真一の肩を支えて心配をした。

「真一、大丈夫か……な、何が起きたのだ。オ、オイ、真一、しっかりしてくれ。し、真一……」

 真一は、暫らくして後ろ手に手を突き、白目だった眼を戻し、天井をキョロキョロと眺めた後、視線をそこにいたみんなに合わせ、お千代と目を合わせ目を潤ませたが、何故か僕を見すえ、目をうるませたまま詰め寄って来た。

「わ、若……やっと、また御会いできることが、出来ました。若様、真之介は、う、嬉しゅう御座います……ですが、私は、わたしは、く、くやしゅう御座います」

 そう言って、僕に縋りついて来たが、僕にはどう返せばいいのか分からず、じいに目をやると、じいも堪らず真一の背中を擦るようにしながら言葉を吐いた。

「真一、どう言うことだ……何が、どうなっているんだ。何が、悔しいと言うんだ……それにお前は、純坊ちゃんと会うのは今日が初めての筈……そ、それに、若とはなんじゃ……ンッ!? わ、若……若様。お、おおう、若様、正に若様じゃ……吾等われらが、若、正太郎様じゃ。おおう、ワシも、ワシも悔しゅう御座います……若」

 更に、じいまでもが、僕に縋りついて来た。じいに、胸元と左肩をつかまれて僕は激痛が走る程に痛かったが、じいは言葉の通りに余程悔しいのか、身体中を打ち震わせている。目には涙がポロポロとほほらしている。

「若、吾等が、こうしてまた巡り逢えたのもこの石のお蔭で御座いますのじゃ。何処の何方かは存じませぬが、有難う御座い、ま……ンッ! そなた等は、見たことがござる。確か、そなた等は、桜城の眩妖げんような術と男勝おとこまさりな……な、何と言うたか、嗚呼、思い出せぬ。したが、いつも高柳の男たちを愚弄ぐろうするヤンチキ三姉妹、何ぞまた吾等をたばかりに参ったか」

「フンッ、お前のような耄碌爺もうろくじじいを誰が相手なんかするもんか。お前なんかに、石を渡さなければ善かったよ。誰が、お前に石をわざわざ探してきて遣ったと思ってんだよ……このくそ爺が」

「な、何と、吾を糞とな……この猪口才ちょこざいな、らず口をワシのやりさびにして、二度と言えぬようにしてやろうに……」

 梨緒に触発しょくはつされたのか、日頃僕の前では穏やかなじいが今度は武者震むしゃぶるいに肩を震わせて、気を吐いている。

「何だと、このヨボヨボの爺が、お前なんか今その手に槍があったとしても、俺なんか刺せないで地面を突くつえ代わりだろうによう。この……」

 梨緒を押し退けて、真沙美さんが割って前に出てきた。

「梨緒、今はもうそんな小事こごとに時間をいている時ではありませんよ。権左衛門ごんざえもん様、申し訳ありませんが、貴方様も此方におられる正太郎殿の生まれ変わりの純一さんを助けてげなくてはいけませんことに……吾等とて、此方に寝ておられる小夜姫様の生まれ変わりのお方を、小夜姫様の待つあの祠跡まで連れて行かねばなりません」

「お、おうう、そうじゃな……今はそのような時では御座らんな。して、そこに行けば何とかなるのか……して、吾等はどのようなことを致せば善いのじゃ」

「もう、いちいち五月蠅うるさい爺だな……俺たちだって、何が起きるのかも分かっちゃあいねぇんだっつうの……だから、そこに行って確かめようってんだ……この糞爺」

 じいが、ぐだぐだと質問を始めようとするのに、お千代が痺れを切らし怒鳴ったのだが、途中から梨緒も声をそろえて悪態あくたいいた。

「う、うぬっ、こ、このー……言わせておけば、こ、このー……」

「あ、あのー、申し訳ありませんが、私は、この私の娘の香の運命がかかってるというのなら、是非ぜひとも私も連れて行って欲しいのですが……よろしいでしょうか」

 口を挿んで来たのは、香の母の志緒梨さんだった。彼女の要望に、お千代は勿論だと答えて、それからそれぞれみんなは……特に、じいは努めて冷静さを装おい麓の祠跡へと行く仕度を整えた。

 僕はお松さんに、このことは誰にも内緒にと口止めをして、寝ている香さんを抱きかかえて外に出た。

 外では、バイクが三台アイドリングを始めいて、それぞれにはお千代と梨緒、それに真一がまたがって待っていた。一時前の爆音は、梨緒のバイクだったようでかなりうるさい轟音だ。じいを見ると、じいは自慢そうに僕に話し掛けて来た。

「純坊ちゃま、アレを見て下さい。アレは、純坊ちゃまに何かごとがあれば、いつでも駆けつけることが出来るようにと、私めが真一に買って遣ったものです。オートバイとは、好いもんですなぁ……何か、いくさに出向く時の馬にまたがった心持ですわ。真一に、アレを買っての試運転として、私もアイツの運転するものに乗って来たのですが、久しぶりに胸が高鳴り躍り《おど》ましたわ。ワッハハ……」

 やはり、自慢だった……しかし、じいの言う僕の”何かことがあれば”というのは……。

 僕とじいの話をさえぎるように、真沙美さんが志緒梨さんを誘い、僕等にも彼女の車に一緒に乗るように言って来た。

 真沙美さんの指差す車を見ると、色はシックな黒ではあるが、矢鱈やたらとスポイラーや何かと派手なものが付いていて、もしかすると彼女も現役バリバリのレディースなのでは? 僕は、抱える香さんとその母と共にリアのシートに乗り込み、じいはナビゲータ・シートに座らされた。

 真沙美さんは、軽くクラクションをパーンと鳴り響かせ合図を送ると、真一がヘルメットのシールドを閉じる時に、お千代に目を遣り何かはにかんだ表情を見せ、それに応えるようにお千代もまたその年頃の乙女の表情で返して、シールドを下ろした。

 ンッ? 何だろう。この二人に漂う妖しい空気は……次の瞬間、二人は息を合わせたようにエンジンのスロットルを全快に開け走り出した。二人は示し合わせたかのように同じリズムで時にスラロームをしクロスをわしながら往く。

「オーイ、馬鹿野朗。この俺を忘れて往くな……」

 梨緒は叫びながら、彼女もまた一気に加速を付けて後を追って往ってしまった。

「あらあら、流石にあの二人はどんなに時を超えても、息がぴったりだこと……それでは、私たちも往きましょう。権左衛門様、シートベルトは大丈夫ですね……それでは往きましようね」

 思った通り、真沙美さんの車も爆音を轟かせ、ハンドルを握る彼女の表情も豹変ひょうへんし、一気にアクセルペダルを踏み込んだ。

「グゥ・グォォォー……」

 僕等は、シートに背中を押し付けられるようにくっ付き、じいのうなる声もその場に置いたままに、車は小夜姫の許へと突っ切って往った。




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タイム トゥ ソウル Ⅰ (彷徨う魂) 天上 雅雅 @miyabick23

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