ラジオ体操

「こら！夏休みだからって寝坊すんな！早く起きろ！！何回遅れれば気が済むの！」

　母ちゃんが僕を叩き起こす。夏休みもあと1週間くらいになった。せっかく残り少ない夏休みの朝。僕はじっくり涼しい朝を味わってるのに、母ちゃんはいじわるだ。

　時計を見たら6時15分。確かに時間はギリギリだ。僕はあんまり早起きが得意じゃないから普段からけっこうギリギリ行動。ラジオ体操なんて、登校時間より早く外に出なきゃいけない。休みなのに…。

　僕がぐずぐずしてると、階段をどすどす上がってくる母ちゃんの足音が聞こえたから、急いでパジャマのズボンに手をかけた。

　結局、あの後母ちゃんの進入を許してしまい、雷を一発喰らってから僕は速足で集合場所に向かう。せっかくの優雅な朝が台無しじゃないか。ラジオ体操なんてやっても意味ないじゃん。どうせ、これからユウトとマモルとプールに行くし、運動は足りてるじゃん。体操のカードだってさ、普通の苗字のハンコなんだから、いざとなればばれないように押せばいいし。

　そんな画期的なことを考えていたら何とか着いたみたいだ。

「あ！カズキまたギリギリだ！！もう何回目～？俺らを見習えよな！」

「間に合わなくてハンコ貰えなくても知らないんだ～！！！」

　ユウトとマモルはとっくに着いていて、昨日みたお笑い番組の話をしていた。

「うっせー！休みなんだから、せめていつもとおんなじ時間に起きたっていいじゃん。なんでわざわざ早く起きなきゃなんだよ！お前ら家近いからいいよな！」

「あんまり変わんないだろ」

「カズキくん、また遅刻ギリギリかい？しっかり準備してこなきゃ。ラジオ体操は朝の始まりの大事な体操だよ？」

　おじさんがいう。

「はーい。気を付けまーす」

「本当に大事なんだからね、欠かすと大変だよ？」

「わかりました！明日は早く来ます！！」

　そんな話をしていると、ラジオ体操が始まった。

　～♪皆さんおはようございます！夏季巡回ラジオ体操、今日は○○県▽▽町からお届けしています！今日も元気にラジオ体操の歌から始めましょう♬～

　僕らはいつものように、手を広げてもぶつからないように広がって聞き飽きた歌を聴く。ラジオからは音痴な子供やおじさんの元気な声が聴こえて、あんまり下手だから笑ってしまった。

　あれ？前のおじさん誰？今までのラジオ体操では見なかった人だ。今普通にしゃべったけど、近所では見たことがないと思う。散歩のついでに誘われたのかな？僕はそんなことを思って立っていた。

　～♪それでは！ラジオ体操第一～！！♬～

　体操のお兄さんの声がラジオから割れて聴こえてくる。

　最近は体操のお兄さんもお姉さんも、やってる途中で色々いつもと違うことをしゃべるからしっかり聴いてると面白い。

　ラジオ体操はもう何回もやって体が覚えてる。でも、しっかりやると疲れちゃう。夏で暑いのに、朝からいっぱい汗かくのは嫌だなと毎回思っていた。あんまりだらだらやるとハンコのおばさんに注意されるから適当にできない。

　今日は特に朝から暑いし、どれくらいまで適当にやってもばれないか、ちょっと試してみることにした。

　意外とばれない。楽にハンコゲットできそうだ。

　～♪1、2、3、4後ろ反り～！5、6、7、8笑顔で後ろ反り～！！♬～

　これがあんまり得意じゃない、身体も硬いしやりすぎると後ろにひっくり返りそうになるからいやだ。

　僕は腰に手を当て、軽く後ろに反るマネをした。

　おじさんと目が合った。

　おじさんは腰に手を当て、しっかり身体を反らせて僕を見た。

　なんか、変だ。

　おじさんは笑っていた。口の端がいっぱいに上がり、大きな細い三日月みたいに笑ってる。

　でも、変だ。

　おじさん、さっきとおんなじだ。

　おじさんの顔、さっきと同じ向きだ。

「おや～？カズキ君は、ラジオ体操さぼってるのかな？」

　おじさんの口が開く。さっきしゃべったのとおんなじ形だ。

　おじさんの首はぐにゃ～っとねじれていた。前と後ろが逆になってる。

　～♪身体をひねる運動～！！♬～

　次の運動になっても、おじさんはこっちを見たままだった。おじさんは腕を左右に回して回して、その勢いで身体もねじれていく。どんどん、どんどん、おじさんの身体がねじれていく。

「あ、カズキ！ギリギリに来たのに不真面目だな～」

「ハンコ貰えないよ！」

　隣のユウトとマモルも笑顔だった。ねじれた胴体と首で僕の両隣で一所懸命にラジオ体操をしている。

　みんな、一所懸命にラジオ体操をしている。

　あ、僕がおかしいんだ。不真面目にさぼってる僕がへんなんだ。

　～♪それでは次は首の運動です！前後に曲げる運動から…はい！♬～

　ラジオからは元気なお兄さんの声が聴こえる。

　僕は両手で頭を持って、首を前におもいっきり曲げた。

　…まだだ。これだとふまじめなかくどだ。もっとまげないと。

　僕はもっと力を入れて首を前にぐぐっと押す。

　首の後ろがみちみちっていってる。

　おじさんも、ユウトもマモルも、ぼくがまじめにらじおらいそうをしてるから、えがおでこっちをみてる。

　ぼくのくびは、ぼきっとまがった。