ハクシ
@koruzirine
第1話
「嗚呼、なんてつまらない日々なんだ。」
心の中でそう発狂した。目が死んでいることぐらい、自分でも分かっている。
人生とは実につまらないものだ。もう飽きた。中学校に行く価値は本当にあるのだろうか。ただ勉強をして、知人とのくだらない会話をして、時間を潰すだけの場である。いつもの偽りの笑顔は本当に、疲れる。
日差しがきつく晴天に苛立ちを覚える。
御覧の通り、私は性根が腐り切っている。自分でも自覚はある。だが、それの何が悪い。別に、他人に迷惑をかけている訳でもない。それに、最近では多種多様であることを良しとする風潮があるではないか。よって、直す気などない。
このようなことを、ブツブツと考えながらハクバ古書店へと向かう。
ハクバ古書店というのは、私の家と学校との丁度中間に、昔からある古書店のことだ。古書店という肩書きだが、一階には古書、二階には大量の文具が並べられている。個人経営らしく、従業員はゼロで規模は小さい。だが、値段が安く豊かな品揃えのためいつも学生で賑わっている。また、店長であるオジサンが、小中学生を相手に勉強を教えることがあった。そのため、とても信頼されており、親しまれていることも理由だろう。私も学校からの帰りによく訪れている。
今日、このようなハクバ古書店に来た目的は、シャー芯を買うためだ。
いつもの道順でやって来ると妙に、店内が混んでした。しかも、多くがというより視界に入る全員が、キラキラな女子中学生だ。
キラキラな女子というのは、根暗な私が苦手としている部類の女子たちのことである。何処からその活力と笑みが湧いてくるのか不思議な程に、いつもニコニコと騒いでいる。
私が、この人たちのことを苦手としている理由は、明確である。それは、単なる嫉妬と憎悪だ。別に、この人たちのようになりたい訳ではない。ただ、無邪気で純粋な笑顔に何故か、心が締め付けられた。自分勝手なことくらい分かっているつもりだ。
ただ、青春は青、という固定観念がどうしても嫌いだった。「漆黒や透明でもいいんだよ」と言ってほしかった。別に、誰でもよかった。
また、どうでもいいことをブツブツと考える。
物思いにふけ過ぎてしまい、階段で転けかけたとき、店が混んでいる理由がわかった。それは、階段の横にあるレジが見えたからである。いつもはオジサンが、本を手に座っている。だが今日は違い、若者がいた。
若者といっても、大学生くらいの人だ。何というか、容姿端麗である。ただ、それを自慢する訳でもなく、何処か抜けていて、柔和という感じが伝わってくる。キラキラな女子たちが集合するのも納得できる。
そんなことを余所にいつもと何ら変わりなく、二階でシャー芯を手に取った。そして、いつもと同じように階段を下り、レジへと向かう。その頃にはもう、誰もいなかった。
いつも通りに支払いをしていると、突然あの若者がニコニコしながら話し掛けてきた。
「僕はねぇ、いつもいるオジサンの子供なんだ。あのオジサン、体調を崩しやがってね、その代替として来たんだ。僕、大学生でね、授業の関係で日曜日と火曜日しか来られないから、他の曜日は休みなんだ。ごめんね。」
私は、こう思った。「この人、見た感じは優しそうなくせして、なかなか言ってることは、どぎついな。」と。
私は、思わず苦笑しながら
「そうなんですね。」
と言う。ふと若者を見ると目が合った。目はとても穏やかだ。ただ、瞳には冷徹と冷酷の色が見えた。
私は、思わずニヤニヤしてしまった。何故なら、初めてだったからだ。同類と出会ったのは。
支払いを済ませ店を出た。「ちょっとは面白くなりそうじゃないか。」と、暗い曇天に告げる。
それから、何千時間も過ぎ、鼻に入る空気が何とも言い表せない冷たさを帯び始めた頃、学校で騒動が起きる。
簡潔かつ端的に担任の話をまとめると、とある生徒がクラス内でのイジメを苦に、自殺をしようとしたというものであった。衝動的に行なったことらしく、結果は未遂に終わった。しかも、その生徒が部活でのキラキラな後輩ときた。
「嗚呼、さいあく、本当にさいあく。何でよりによって後輩なんだよ。」
そう思わずにはいられなかった。一ミリも悲しみや哀れみという言葉はない。別に、親しかった訳でもない。そもそも、私は今年の五月にすでに引退しているので、関係ないが。
ふと、周囲を見ると担任を初め、多くの生徒がしんみりとした雰囲気であった。妙に嫌である。
ただ、本当の騒動はそれから二日後に起きた。自殺しようとした生徒の親が、テレビカメラに向かって色々と話したことが、原因である。具体的には、「愛する娘が自殺しようとした原因は、学校側の対応が不十分であったからだ。」と。
その所為で、校門の前に津々浦々の様々なメディアが、集合している。これにより、教師たちはより一層、慌てふためく。また、生徒たちも事の大きさを実感している。
この一件に関して、当の私はどうかと尋ねられると、「極めて遺憾である。」と答えるだろう。何に対して遺憾かというと、すべてのことに対してである。
第一に学校。「イジメへの対応は、適切であった。」という主張をしている。確かに、この学校は親身な教師が多く、生徒との関係はとても良好といえる。被害者とその担任の関係も然り。当クラスの状況までは知らないが、部活ではいつも友人と仲良さげに話している印象であった。私を初め多くの生徒が、今までにイジメられたり、イジメの現場を見たりしていないだろう。
また、学校全体でイジメに関する授業を、年二回行っている。これはやる意味が分からない程、典型的でとてもつまらないヤツだ。
私は、以上の点から学校側はある程度の対応は行ったと考える。だが、この様な事態を招いた責任は重い。
第二はメディア。メディアはこの一件を大きく報じている。それは、イジメによって一つの命が消えかけたことと、比べられない程大きく。まるで、新しいオモチャを貰い、はしゃいでいるようだ。その様子を見て微笑んでいる世論も、実に馬鹿馬鹿しい。
また、校門で行われた取材は劣悪を極め、生徒たちの心を抉るような質問ばかり飛んだ。被害者の味方という矛と、世論という盾を使って。
第三は、自殺しようとした生徒の親である。何故、被害者の親に不満があるのかというと、テレビカメラの前でベラベラと話した点である。確かに、この一件を世間に知ってほしいという気持ちも分からない訳ではない。
ただ、イジメに関して警察に相談していなかったらしい。また、学校側の対応の不満を一度も学校側に言っていないらしい。にも関わらず、いきなりテレビカメラを前に抗議し始めたのである。よって、学校はビックリ仰天となった。
過去の例から、無関係な人が巻き込まれることは容易に想像できるだろう。ただ、それでも自己の利益を優先した。少なくとも、私の目にはそう映った。だから、私には労わることができない。
「嗚呼、本当にくだらない。」
危うく、口から溢れるところだった。このように兎に角、すべてに苛立っている。
そんなこんなしている間に、メディアでこの一件を取り上げる回数は、徐々に減った。時間の力によって。
世間があの一件を忘れ切った頃、私はハクバ古書店にいた。理由は単純でノートが無くなったため、買いに来たのである。
シャー芯を買いに来た以来だ。いつもと全く同じノートを手に取り、レジに持っていく。まだ、オジサンの体調は悪いらしく、あの若者がいた。支払いをしているとまた、話し掛けられた。
「君の通っている学校ってこの前、イジメに関して色々あったところだよね。」
私は思わず「また、その話か。」と思う。
「そうですけど。」
素っ気無くそう言った。あの一件から、生徒たちの外出はめっきり減った。この店も例外ではない。
ところで、この人は不謹慎すぎやしないだろうか。私の思いを余所に、若者は続ける。
「自殺しようとした方法ってさあ、報道では薬物の乱用とされていたけど、本当なの。」
「本当です。」
担任からの説明はその通りであった。
やはり、この人は不謹慎極まりないな。ところで何故、自殺方法に興味があるのだろうか。一体どれ程の変人なのか。若者は、しばらく何かを考えてからこう言った。
「薬物の乱用って、何だか徐々に体が蝕まれていきそうで嫌だな。君はどう思う。」
「私も嫌です。」
先程から、この人は何を言っているのだ。訳が分からない。兎に角、直ぐに答えて、直ぐに帰ろう。
私の気持ちを知らずか知ってか、この人はゆったりとした口調で言った。
「はらば、君は自殺をするとしたら、どのような方法を選ぶの。」
少し考えてから私は言った。目の端には薄汚れた階段が映っていた。
「大きい橋からの、飛び降り自殺、ですかね。」
若者は満面の笑みを浮かべる。
「なるほどねぇ。他の人たちにも同様の質問をしたんだ。でもね、みんな口を揃えて自殺なんてしない、と言ってね。つまらなかったところなんだよ。でも、君は否定せず僕の質問に明確に答えてみせた。」
私はその言葉を聞くと、無意識の間にうつむいていた。ただ、若者はそのことを知っても、さらに続けた。
「でも、僕も中学の頃はそう思っていたね。僕は君に出会えて嬉しいよ。」
私は力なく微笑する。彼の瞳はとても暖かかった。そして、彼は私の目の前にノートを差し出して言った。
「またおいで。待っているからね。」
それは、激しい雨でもよく聞こえる、透き通った美しい声であった。
ハクシ @koruzirine
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