ルピナスを飲んで死ぬ
荒木明 アラキアキラ
第1話
小説家になりたいのなら、死んでしまおう。十六歳の私は、制服を着て、鼻緒の外れかけたサンダルを履き、電車に乗った。
とりあえず終点まで行こう。熱海か、入水自殺だな。シャツが濡れて透けて、黒いキャミソールが見える、そんな死体。
私はずっと死を口にするのを拒んでいた。インターネット上でよく使われる、脳死で〜というのも嫌いだった。
ある日口にしてしまってから、しにたい、の4文字はいきたい、よりも言いやすいことに気がついてしまった。いきたい、はきっと、き、のあたりが言いづらい。無駄に強い音だ。
死にたい。死にたい。このまま死ねば、私の作品は十六歳の少女の遺作として話題になる。
熱海は隣の県なのに、案外近くにある。
私は拍子抜けだった。心底がっかりした。
そして海に向かうつもりだった。
ホームの向かい側に2分後に出発する東京行きがあった。東京の文字は無機質な電光掲示板なのに、オレンジがやけに暖かくて。
熱海駅の、夜十時をすぎた電車はボタンを押さなければ扉が開かない。
ここでこの電車に乗って帰れば、もう小説は書かない。書きたければ、死ね。
私はボタンを押した。私は死ねなかった。
言葉を選ばず生きる道を進む。
私はもう小説を書かない。
ルピナスを飲んで死ぬ 荒木明 アラキアキラ @ienekononora0116
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