第10話 何かが垣間見えたっ!
それからというもの、皇帝はほぼ毎晩、離宮を訪れるようになった。
約束通り、夕食を終え少し経ったころに来てくれるので、仕事の時間がわずかだが短くなっているようだ。
私も社交モードを保たなくていいし、話し相手ができたので、楽しみのひとつになった。
社交に関係ない、趣味や互いのことを聞けるので、力を入れることなく楽しむことができるのがありがたい。
皇帝も「気が楽でいいな」とこぼしており、苦痛な時間になっていないので、一安心した。
*
「今日はいろんな茶葉を持ってきた。好きなものがあるといいんだが」
ささやかな交流が続いたある日、皇帝が初めて手土産を持ってきた。
「ありがとうございます。でも、どうして急に……?」
「紅茶は苦手か?」
「いえ、苦手ではないです。嬉しいですよ。ただ、驚いてしまって」
手土産という概念を知らないことは疑っていなかったが、婚約者のもとを訪れるときにプレゼントを持ってくるといった発想があるとは思っていなかったからだ。
私たちは良好な関係を築けつつあると思うが、愛し合っているわけではない。
まあ、婚約者へのプレゼントではなく、いつもお世話になってます的な手土産であることは間違いないので、私の気にしすぎではある。
「ライネリオに贈り物ひとつ持っていけないんですかと苦言を呈されてな」
「私は気にしてませんよ」
婚約者というだけで、仕事をせず、社交もせず、離宮で気ままな引きこもり生活をさせてもらっているので、十分だった。
これ以上何かもらうことなんて考えもしなかった。
「こういう贈り物は迷惑か?」
「いえ、贈り物は普通に嬉しいですよ。ただ、それが負担になるのであれば、無理にしなくて大丈夫ですよって話です」
私の言い方が悪く、贈り物自体嫌だと思われてしまったので、訂正をしておく。
「ありがたくいただきます。早速入れさせますね。この中に苦手な茶葉はありますか?」
「ない」
「では、一緒にいかがでしょう?」
「そうしよう」
紅茶を一緒に飲むことになったので、部屋の外で待機をしていたノエミに茶葉を渡し、種類は任せるから二人分の紅茶を淹れるよう指示を出す。
「ふむ。紅茶を持ってくると一緒に飲むことができるのか」
私が指示を出し終え戻ってくると、皇帝はどこか満足そうに言った。
「てっきりそういうことも含めて、茶葉を選んだと思ってましたが、違いましたか?」
「その発想はなかった。グラシア嬢はドレスや宝石の類はあまり好まないだろう? 夕食を食べ終えた後に菓子を渡すのも違うなと思い、茶葉にしただけだ」
「そうですね。社交界に出ないので、着飾る必要は一切ないですから」
社交界に苦手意識があるため、派手なドレスや装飾品にも苦手意識がある。
派手なものはそれに伴って重い場合が多いので、そんなもの身につけてられないというのとある。
私のことを考えて選んでくれたものらしく、その気持ちが何より嬉しかった。
「私はアクセサリーとかを持ってきても良かったんだけどね」
「そうなのですか?」
意外だ。アクセサリーに興味があったのか。
「自分があげたものを、相手が身につけているのを見るのは、かなり好きだからな」
「……え?」
怪しげに笑う皇帝に漂う色気と狂気はそれはもうすごくて、言葉を失った。
ちょっと待ってほしい。
ただの手土産だと思っていたが、皇帝は婚約者に対する贈り物だという意識はあったということだ。
婚約者というのは考えすぎかもしれないが、その発言が出るのはそれなりの関係を持っているはずで。
つまり、どういうことだ……? わからない!
混乱で何を言えばいいのかわからなかった。
皇帝はその発言を何も問題に思っていないようだったので、余計にどうすればいいのかわからなかった。
そこにタイミングよく、ノエミが紅茶を持って戻ってきてくれたので、気持ちをリセットし、落ち着くことができた。
「あ、美味しい」
流石は皇帝が持ってきた茶葉なだけあって、上品な香りと味がした。
あまり紅茶に詳しくない私でも、これが良いものだということがはっきりわかった。
「……人と飲む茶はこんなに美味しいのだな」
皇帝も満足そうにつぶやいていた。
ささやかな贈り物だったが、ふたりで紅茶を楽しむ良い時間になった。良い贈り物だ。
「そういえばグラシア嬢」
「なんでしょう?」
「ずっと言うタイミングを逃していたのだが、私のことを名前で呼んでかまわないぞ」
「名前、ですか?」
「婚約者なんだから、気にすることもないだろう」
婚約者同士、名前で呼ぶことは何もおかしくないし、皇帝だって私のことは最初から『グラシア嬢』と呼んでいる。
ただ、相手は皇帝陛下であって、気軽に名前を呼べるわけがない。許可をもらったからといって、呼べるかどうは別問題である。
あと、『陛下』が短くて言いやすいというのも少しあるが。
「ライネリオのことも名前で呼んでいるだろう?」
「それはそうですが」
ライネリオのことを名前で呼んでいるのは、伯爵令嬢呼びを拒否した手前、私が公爵子息呼びをするのは格好がつかない。
身分上私だけがそう呼ぶことが当たり前なのだが、ライネリオは最初から私を皇帝の婚約者扱いをし、丁寧に接してくれたので、ますます公爵子息呼びをすることができなくなった。
「なら、何の問題もないだろう。むしろ、今のままの方が問題があるとは思わないか?」
「それは、そうですね……」
皇帝を『陛下』呼びしているのに、ライネリオのことは名前で呼んでいることは、確かにおかしい。
これではライネリオが婚約相手に見えてしまう。
公的な場に今のところ出る予定はないのだし、そんな些細なことを気にするのかと思った。
しかし、さっきの「自分があげたものを、相手が身につけているのを見るのは、かなり好きだからな」といった発言を思い出し、案外気にしそうだなと思い直した。
名前で呼べと言われてしまった以上、覚悟を決めるしかない。
「テオバルド様、で、よろしいですか」
名前は呼べたが、顔を見ながら言うことはできなかった。
なんだこれ。初めて恋人の名前を呼ぶ空気感になってないか。おかしい。
今日の空気はどこか浮ついている。
「ああ。これからもそう呼んでくれ」
「……わかりました」
「できれば顔を見ながら言ってくれると嬉しいな」
「……っ!!」
テオバルドは意地悪い笑みを浮かべていたし、たぶん私の顔は真っ赤だっただろう。
ヤンデレ皇帝と引きこもり令嬢〜政略結婚ですが案外相性はいいかもしれません〜 聖願心理 @sinri4949
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