第9話 即バレです
夕食を食べ、風呂に入り、寝る前の読書の時間を過ごしていると、
「お嬢様、入ります」
ノエミがやって来た。
最近はノックだけで済ませることが多かったので、珍しいなと思いつつ、「どうぞ」と適当に返事をする。
どうしたのと私が声をかける前に、ばたんとドアが閉まった。何が起こったのかわからなかった。
外で誰かと話している声が聞こえてきたのちに、ノエミがひとりで部屋に入ってきた。
最近ではあまり見ることがなかった、すごい形相をして、ずかずかと私のもとに寄ってくる。
「お嬢様! 皇帝陛下がいらっしゃると伝えましたよね!?」
「……え?」
額と額がくっつきそうなくらい顔を近づけて、ノエミは一息で言う。
「その返事、話を聞いてなかったんですか!? 私、何度か念を押しましたよ!!」
ノエミがそう言うのだから、その話をされたのだろう。
たが、私の記憶にないのも事実だ。
必死に思い出そうとして、目を閉じながら考える。
そういえば夕食前に読み切ってしまいたい本があり、それを一心不乱に読んでいるときに、声をかけられ、面倒くさくて適当にうなずいた記憶があるような、ないような……。
皇帝陛下という単語が聞こえたような、聞こえなかったような……!?
「あ……」
「今更思い出しても遅いんですけどね」
さっさと起きてくださいと急かされたので、反抗することなく起き上がる。
起き上がった瞬間、ノエミは乱れている髪をさっと整え、寝巻きの上からだぼっとしたワンピースをあっという間に着せた。
私の体に行われていた作業だったのに、何が起こったのか全くわからなかった。
「ほら、はやく座ってください」
あっけにとられている私などお構いなしに、次の行動を指示してくるので、それに大人しく従う。
「今度こそいいですね?」
「はい……」
ノエミに対する返事はそれしかなかった。
*
「……急に訪ねてきてすまなかったな」
皇帝が席につくやいなや、謝罪の言葉をかけられた。
一瞬のドアの開閉だったが、見えてしまったのだろう。その動体視力に驚く。
「いえ、こちらの方こそ申し訳ありませんでした。気が緩んでおりました。陛下が謝る必要などございません。重ねて申し訳ありません」
女性の薄着を見てしまったことを申し訳なく思ってるのだろうが、寝巻きとは言え一応服ではあるのだし、私個人としてはあまり気にしていなかった。
そもそも、私がよく準備もせずに返事をしてしまったのが悪いのだし、皇帝に非は一切なかった。
「気にしてないのなら良いのだが」
「気にしているなら、普段からあんな格好はしませんし、あの状態で侍女に返事もしません。お気づかいありがとうございます」
普通なら軽い挨拶を交わして、話を始めるのだろうが、トラブルから始まったのに加え、雑談をする間柄でもないため、会話が止まってしまった。
私も皇帝も相手が何を切り出すのか互いの様子をうかがう時間があり、それを経た上で、皇帝が口を開いた。
「そうだな。グラシア嬢に問題がなければ、肩の力を抜いてもかまわない。婚約してるのに堅苦しいのもあれだしな」
何を話すのかと思えば、形式的な堅苦しい挨拶はなくてもよいという話だった。つまりは社交モードをしなくていいと言うことだ。
「よろしいのですか?」
「ああ」
あんな格好を見られたし、今更だろうという考えもあるのかもしれない。
皇帝がこれからどのくらいの頻度で来られるかわからないが、そこそこ会うのであれば嬉しい話である。
「では、甘えさせていただきます」
そして、私はすっと令嬢スマイルをやめ、口角を中心に入れていた顔の力を抜き、改めて話を始める。
「最低限の礼儀は守るつもりです。が、噂の通り私は社交界に一切出ていないので、そこはよろしくお願いしますね」
「わかってる。昨日も緊張してるのが伝わってきたしな」
なんとなく気安くなった私を見て、皇帝も力が抜けたのか、けらけらと笑った。
怖い顔をしているとはいえ、美形なのには変わらないので、初めて見る笑い顔に思わずどきっとしてしまった。
そもそも昨日緊張していたのは、社交慣れしてないのもあったが、初めて会う皇帝の圧がすごかったのもあった。それをわざわざ言うつもりはないが、笑われるとちょっと反論したくもなる。
「……わざわざこんな遅くにどうしたんですか?」
「諸々が落ち着いたのがこの時間だっただけだ」
意趣返しとは言わないが、少しぶっきらぼうに尋ねてみたが、そこに気に留めることなく、皇帝は質問に答えた。
「朝から仕事しているんですよね? 働きすぎですよ!」
私が夕食を食べ、風呂に入り、寝る支度まで完璧に終わらせている間も、皇帝は働き続けていたということになる。
これくらいしないと、たった五年で帝国を立て直せはしなかったのだろう。誰よりも働くからこそ、有能な部下がついてきたこともわかる。
ただ、情勢が落ち着いてきた中、混乱真っ只中と同じ働き方をしていることは、不安が勝る。
こんな働き方を即位当初、あるいはそれ以前から見ていたであろう、皇帝派の貴族たちが婚約を急かす理由がわかった気がした。
いつ倒れてもおかしくないし、相手を作ることで休息を取らせようとでもしたのだろう。
「ライネリオにも同じようなことを言われてな。だから、今日はここに来たのだ」
「……え? 普段はもっと遅くまで働いているんですか?」
「まあ、日によるな」
衝撃の事実である。
この言い方だと、もっと遅くまで仕事をしているときの方が多そうだ。
「それはライネリオ様も心配しますよ。休んでばかりいる私が言うのもなんですが、もう少し休むことを覚えてはいかがでしょう」
ずっとそばにいるライネリオの気持ちを想像すると、お節介とわかっていても一言言いたくなった。
「働いている方が何も考えなくてすむから楽なのだ」
皇帝が即位するまでの間、さまざまなことが起こったことは知っている。
嫌な思い出も、トラウマもあることだろう。
「それが良くないんですよ」
「良くない、とは?」
「余計に心がすり減ってますよ、それ」
好きなことに夢中になって、時間を費やすならともかく、働くことが嫌なことから逃げる手段になっている状態は、それはそれで心身を疲れさせている。
なるほど、令嬢を病ませてしまった過度な制限は、健全とは言いがたいこの状態も要因のひとつなのかもしれない。
皇帝は全く自覚がないらしく、眉間にしわをよせた。
柔らかくなった雰囲気が一瞬ぴりっとするくらいには怖かった。
「とにかく、休むことを覚えるのも大切なことだと思います!」
「休んでも何をしていいかわからない」
重症すぎる。
「そうですね……」
寝ろだとか、ちゃんと食事をとれだとか、そんなことはきっと、ライネリオをはじめとした、身近な人たちに口うるさく言われているだろう。
私だから、婚約者だから、言えることはというと。
「私に会いに来るなら、もう少し早い時間に来てください。夕食を一緒にとまではいいませんから、できれば寝る身支度を整える前に来てください。あ、午後のお茶の時間とかでもかまいませんよ」
離宮に来る時間をもう少し早くしてくれと我儘っぽくお願いすることだ。
言い方が愛する婚約者に言うやつになってしまったことに、言ってから気がついて、少し恥ずかしくなる。
「なるほど。わかった、そうすることにしよう」
ひっそりと照れている私のことは気にせず、皇帝はひとりで納得してくれたらしい。
納得してくれたならよかった。
「嫌でなければ、仕事を切り上げる口実にしてください。婚約者がうるさいんですとでも言っておけばいいんです」
「それだと、グラシア嬢に対して誤解が生まれないか?」
「心配しなくても、私は引きこもり令嬢ですよ。今更です」
ここまで言ってしまったのだから、開き直って言うことにする。
「それに噂とは言え、皇帝陛下を振り回しているなんて、ちょっとかっこいいじゃないですか」
わざとらしく胸を張った私を見て、皇帝はきょとんとした顔をする。
「はは、確かに違いないな」
そして、軽快に笑い出した。
意外と表情が豊かな人なんだなと新たな一面を見ることができてほっこりした。
その後、夜遅かったこともあり、少し雑談をして皇帝は帰っていった。
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