きらめきの通知

堀川花湖

 

「ねえねえお兄ちゃんやばい! やばいことが起こった!」

 蝉がけたたましく鳴く夏のことだった。

 ぼくが学校の課題を済ませたところで、妹のアリサがどたどたと足音を響かせながら、部屋に駆け込んできた。ぼくは机の上に置いていたグラスを傾けて、コーラを一口飲み、喉を潤す。そして、おもむろに口を開いた。

「うるさいなぁ、なんだよ」

「これ見て!」

 アリサがウラシマ・デバイスの画面をぼくの眼前に突きつける。そこには、『L・A・N・A星宇宙航空機乗組員試験・合格』と書かれていた。L・A・N・A星とは、地球から少し離れたところにあって、高度な文明を有する惑星だ。現代の日本では、そんなL・A・N・A星の宇宙航空機の乗組員を随時募集している。

 ぼくは思わず目を見開いた。

「合格ってことか! アリサすごいじゃん!」

「でしょー! わたし、めちゃくちゃすごいよね!」

 アリサが腕をしゃかしゃかと振って、小躍りする。そりゃそうだろう、アリサはこの試験のために、何年も何年も頑張ってきたのだから。双子の妹の努力が報われたことに、ぼくはなんだか安心した。しかしそれと同時に――ぼくの心に、さみしさが押し寄せた。アリサが乗組員として働くのならば、彼女は数年のあいだ、地球を離れなければならないのだから。

「……なあアリサ、いつから宇宙にいくんだっけ?」

「来週の月曜日からだよ」

「そっか」

 ぼくは自分の気持ちを落ち着かせるように、コーラを飲み干す。

「なんかさ、地球でやりたいことないの? しばらく帰ってこれなくなるんだからさ」

 ぼくのことばに、アリサが腕を組んでうなる。

「うーむ……どうだろう、そりゃ、やりたいことは山ほどあるけど……強いていうなら……うーむ……あ、そうだ」

「何?」

「えっとね……」

 アリサがにやっと笑った。



 夜、ぼくとアリサはスーパーのビニール袋を手にして、自宅の庭にいた。

 ぼくは雑草の生えていない場所に金皿を置き、その上に一本のろうそくを立てる。そして、マッチを擦って、ろうそくに火を点けた。

 その様子を見たアリサがいった。

「おお、さすがはお兄ちゃん。ボーイスカウトやってただけあるね、マッチの扱いがうまい」

「アリサだって出来るだろ。こういうサバイバル術というか、そういうもの、乗組員なら必修なんだから」

「バレたか」

 アリサがぺろりと舌を出す。その顔が、揺れるろうそくの炎の明かりに照らされている。

 アリサはスーパーのビニール袋からパックに入った線香花火を取り出して、近くにあったガーデニング椅子の上に並べ始める。そんな横顔を見つめながら、ぼくはふと呟いた。

「……最後に花火がしたいって、そんなことでいいのか? もっとさ、回転寿司とかそういうのじゃなくていいの? 母さんたちだって、いったら連れていってくれると思うけど――イッタッ!」

 アリサに背中を強く叩かれ、ぼくは短い悲鳴をあげる。

「お兄ちゃん、判ってないねぇ。そういう小さいことでいいのよ」

 アリサはそう語りながら、線香花火を一本手に取り、その先端を炎に近づけた。

 線香花火の先端に火がつく。

 アリサは火の玉が出来るのを、静かにじっと待っている。

 すると次の瞬間、先端から閃光がきらめいた。きらめきは夜の闇の中で、まるで彼岸花のような形に広がる。

 そのとき、ぷ~んというわずかな音が耳のすぐそばでしたかと思うと、アリサの腕に一匹の蚊が止まった。

「アリサ、そこに蚊いるけど」

「え? あ、ほんとだ、いるね」

 しかしアリサはそういったきりで、再び線香花火に興じようとする。

 ぼくが蚊をとってあげようと手を伸ばしたとき、アリサに止められた。

「いいのいいの、お兄ちゃん。しばらく蚊にも会えないんだからさ」

 はっとした。

 ぼくにとっては鬱陶しい存在である蚊だが、もうすぐ地球を旅立つアリサからすれば、それさえもいとおしい日本の夏のかけらなのだと気づいた。

 ……そんなことを考えたとき、ぼくの頬を一筋の涙がつたった。

 ぼくはあわてて涙をぬぐう。

「なんで泣くのよ!」

 アリサが笑って、ぼくの背中をさする。

 ぼくは泣きながら笑った。

 蚊に泣かされるなんてことあるのか、と思うと、なんだか、ぼくは笑えた。



 だからぼくは、毎年夏になると、庭で線香花火をするようにしている。

 宇宙船の中のアリサに、きらめきが届かないかな、なんてことを考えながら。

 おまえのお兄ちゃんは元気にやっているぞ、という通知を送るみたいに。

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