一次創作一部刷り

白川津 中々

◾️

「さて、困った」


 机に並べた夏休みの宿題。どれも完璧にやり尽くしたはずだったが、絵日記がある事をすっかり忘れていたのだった。まさか初日から終わりまで一切書かれていない日記を本日一日で埋めなくてはならないとは、これはヘビーである。


 しかし所詮は日記。やってできない事はない。


「いちいちなにやったとか覚えてないが……まぁ、適当にでっちあげるか」


 誰が見ていたわけでもないのだ。なにを書いても許される。とりあえず初日は家でテレビを観ていたことにしよう。"昼のワイドショーが存外面白かった"記念すべき最初の一ページ完了である。


 ……


 ……いいのか、これで。


 俺の夏休みの最初が、"ワイドショーが面白かった"などというクソどうでもいい内容でいいものなのだろうか。いや、いいはずがない。導入は顔である。もっと壮大で厳かな奥行きがなければ読む人間の心を掴めないだろう。一行読んでワクワクする、そんな始まりでなくてはならない。それを踏まえて、書き直す。


"この夏、僕は彼女と出会った"


 ……いいね!


 夏休みに謎の少女と出会う。

 ありがちだがこれは王道。擦られつくしてなお需要ある展開。古今東西老若男女、人間は何故か少女との出会いが好きなのだ。出だし百点満点。これは惹かれる。だがどうも俺の絵心では力及ばない。これは助っ人急務。奴を呼ぶしかない。


「あ、もしもし、俺なんだけど……ちょっと家まで来てくんない?」


 一時間後。そいつはノコノコやってきた。


「いきなり電話して呼び出すのやめろよ」


「いいじゃんオタクくんと俺の仲なんだから」 


 オタクくんは社交的で割と友達が多い。もちろん俺は親友だ。


「で、なに」


「オタクくんさぁ。漫画描けんじゃん」


「まぁ……」


「それでさぁ。作画やってくんね?」


「なに。冬コミでも狙ってんの?」


「いや、コミケットとかじゃなくて、絵日記」


「……夏休みの宿題の?」


「お、察しがいいじゃ〜ん! ビジュいいじゃ〜ん!」


「やめろよそのノリ……ビジュいいじゃんなんて最近誰も使ってねぇよ……」


「というわけで、オタクくんが来るの遅いから原作は半分くらいまで終わってるんだ」


「絵日記の……原作……?」


「これに沿って、絵だけちょちょっと描いてくればいいから、ね?」


「とりあえず、読ませてみ?」


「はいよ」


「……ふぅん」


「どう?」


「悪くはないね。ただ、途中整合性が取れてない部分あるから、そこだけ描きながら調整してくか」


「って事は?」


「今日は徹夜で作品作りだ馬鹿野郎!」


「イェーイ!」


 オタクくんの助けでなんとか朝には絵日記完成。全三十一ページからなる薄い本ならぬ薄い絵日記(全年齢)をしっかり納品したのだったが、担任の講評は辛口だった。


“やりたい事は分かるがキャラクターがそれに引っ張られ過ぎている。一人一人が生きているという意識を持ってセリフからポーズまで落とし込むべき。作品としてはまとまっているが、逆にいえばまとめるために展開が進んでいる。絵日記という枠組みはあるものの、別にそこを飛び出したっていい。発想を飛躍させよう。後、良し悪しはあるけど、今の時代アナログってのはちょっといただけない。クリスタ使え"


 来年こそは、しっかり描こう。そう思わせる夏だった。日記は普通に再提出くらった。

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