第6話 待ち合わせ

 そんなことを考えていると、そこに、待ち合わせをしていた遠藤探偵が現れた。

 遠藤探偵は、何を考えているのか、前の日のように、含みを感じさせるものはなく、どちらかというと、無表情ということであった。

 相手が無表情ということであれば、そこに、恐怖心のようなものを感じるというのは、まどかにとって初めてのことではなかった。

 むしろ、

「父親にそういうところがある」

 ということから感じたことであった。

 そう、

「まったく自分の考えを表に出さない。相手に知られることが自分にとって一番危険だということを感じる」

 というようなものだったのだ。

「お父さんで慣れている」

 というものの、それが他人ということになると、自分でもびっくりしてしまう。

 実際に、父親というものが、自分にとって、どういうものであるかということを、今回の遠藤探偵と出会うことで感じたということであった。

 遠藤探偵が現れても、会話らしいものはなかった。それこそ、

「心ここにあらず」

 と言ったところであろうか。

 会話の中心はおのずとまどかの方になり、考え込んでいるのか、声を掛けると、急に我に返ったかのようになって驚きの声を上げる遠藤探偵であった。

「何を考えているのですか?」

 ということであるが、

「それは、まどかさんが、想像もつかないこと」

 ということであった。

 実際に、その場で話をしていても、らちがあかないということで、そそくさと喫茶店を出て、問題の、

「バー「メビウス」

 に向かうことになった。

 遠藤探偵の足は、最初こそ、順調であったが、次第に、その足並みが少しずつずれてくるかのように感じられた、

 そこに見えているのは、

「まるで、酒に酔って足踏みをしている」

 という感じだ。 

 前を向いて歩いているのに、その先に見えているものは、まるで後ろ向きのようだ。。

 ということで、これこそ、

「上下が反転しない鏡の発想」

 といってもいいだろう。

 実際に、前を見て歩いているとして、自分が進んできた道を後ろを振り返ってみると、

「こんなにも歩いてきたのか?」

 ということを感じさせるというものであった。

 どれほどの道のりを歩いてきたのかということを感じると、

「百里の道は九十九里を半ばとす」

 という言葉を思い出した。

 実際には、少し意味が違って解釈されるものなのだが、この時の感情というのは、まさにそれにふさわしいものだった。

 表現というものは、その時々で違ってもいいのだろうが、本当は、

「その場に適した言葉がある」

 というのが、本当のことなのに、このような錯覚を感じさせるものであれば、その違いというのも、間違ってはいないと感じさせられるのであった。

 それを思えば、

「遠藤探偵が歩いているその姿を見て、どこか影が薄いと感じていたのは、ただの錯覚だと言えるのだろうか?」

 ということを感じていたのだ。

 前を進んでいる遠藤の後ろをついて歩くだけのまどかであったが、その後ろ姿が、次第に大きくなってくるのを感じた。

 それは、次第に距離が近づいているということであり、その感覚は、

「父親に感じたことがある」

 というものであった。

 そう感じながら、遠藤探偵の後ろ姿を見て歩いていた。

 それこそ、

「お父さんのようだ」

 と感じた。

 その時、遠藤の後ろ姿が、本当に父親に見えたのだ。

 すると、まったくの無意識だが、意識をしてのことだったように、

「お父さん」

 と思わず声を掛けてしまった。

 すると、遠藤は振り返ったのだが、その顔を見ると、本当に一瞬だけだったが、お父さんに見えたのだった。

 その表情は、まどかの知っている父親ではなかった。そう、

「まるで青春時代の父親」

 というものを見ているかのようだったのだ。

「こんなお父さん、見たことない」

 というような表情で、

「お兄さん」

 といってもよかった。

 実際に、お父さんの表情は、妹を見るかのような表情ということで、あきらかに、娘を見るという目で歯なかったのだ。

 それを感じた時、

「お父さんは、どうしてしまったんだろう?」

 と感じた。

 しかし、それ以上に感じていたのは、

「自分がどうしたんだろう?」

 という思いで、それは、感情というよりも、

「意識の方だった」

 ということである。

 ということは、そこには、

「無意識」

 ということがあり、それが潜在意識ということであるということからも、

「これこそ、夢ではないか?」

 と感じたのであった。

 夢というものが、

「潜在意識がなせるわざ」

 ということで考えると、

「いつからこの夢は始まっているのだろう?」

 と思うのだった。

 今日、遠藤探偵と待ち合わせをして、出会った瞬間というのは、どうだったのだろうか?

 それを思えば、

「あの時は確かに、現実だったと思う」

 と感じるのだった。

 遠藤探偵というのは、ただ無表情だったというだけで、どちらかというと、

「遠藤探偵の最初の素振りが、自分を何かの幻に誘い込むかのような感じだったのではないだろうか?」

 と感じさせた。

 だから、遠藤探偵が、この夢とは何ら関係がないものではないかと感じたのだった。

 遠藤探偵の後ろを歩いていると、確かに父親を感じさせたというのは、

「匂いというものが、子供の頃に感じた父親そっくりだった」

 ということから感じたことであった。

 それが、自分にとって、そのようなものだったのかを感じていると、

「ほら、もうすぐ、お目当ての場所につくよ」

 と、遠藤探偵から言われたのだ。

 しかし、それを聞いて、

「やっとついた」

 という気分にはならなかった。

 むしろ、

「彼の言っていることは、本当なのだろうか?」

 と感じたほどだった。

 というのは、次の角を曲がった時に分かったのだ。

「あれ?」

 と遠藤探偵はいう。

「どうしたんですか?」

 と声を掛けたまどかだったが、まどかには、その理由が分かっている。

「実は、店はここにあったんだよ」

 というではないか。

 それを聞いて、

「やっぱり」

 とまどかは感じた。

 まどかには最初から分かっていた。

 それは、

「夢に出てきたから」

 ということであるが、もっと自分の中でれっきとした理由のようなものがあったのだ。

 それが、

「同じ夢を二度見た」

 ということであった。

 最初は、

「遠藤探偵と出会う前」

 ということであり、その時には、店の存在など知らなかったので、

「まったく知らないことの夢を見た」

 ということから、正夢ではないかと思ったのだ。

 しかし、それが、遠藤探偵から聞かされた夢ということで、納得がいったその夜に、

「まったく同じ夢」

 というものを見たのだ。

 その時は、

「行ったことがあるバーが消えていた」

 ということで、実際のシチュエーションとは少しの違いがあるが、大きく考えると、

「正夢だ」

 ということになるのだった。

 そして、これからの展開というのは、

「後編に続く」

 ということになるのである。


                 (  完  )

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数学博士の失踪(前編) 森本 晃次 @kakku

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